放課後、区役所への道を柳と歩いていた。 学校から区役所に行くには二通りの道があったが、俺はわざと遠回りの道を選んだ。 柳と一緒だからではない。 いや、それも少しはあるけど。 どっちにしろ、区役所に行く時は、いつもこっちの道を選んでいた。 海の横を通るからだ。 「すごいな。海が綺麗だ」 日の光のおかげで、海はきらきらと輝いて見える。 「近くで見たら汚いんよ」 「そうなのか?」 柳がくすくすと笑う。 俺はコンクリートの堤防の上を歩き、柳はその横の歩道を歩いている。 堤防の下は砂浜、その先に海が広がっている。 「潮風がすごいじゃろ」 「いや、気持ちいい」 柳の黒い髪が風で揺れる。 貼り付いた前髪を少し鬱陶しそうに払った。 「春の海は冷たいんよ」 俺は思わずそこから目を逸らし、意味の無い話をしている。 「冬の海よりも?」 「春が一番じゃ」 昔、父親が言っていた。 本当かどうかは分からないし、どこでどんな風に言っていたのかも覚えていないが、だから春の海には入ってはいけないよ、とも言っていた。 そのくせ、自分は不倫相手の恨みを買って冷たい海に放り出された。 だからだろうか。 俺は海を見るたびに、そこにゆっくりと沈んでいく自分の姿を思い浮かべてしまう。 そんなのは単なる妄想に過ぎないけど。 「区役所に何の用事があるんだ?」 柳がこちらを眩しそうに見上げる。 「荷物持ち」 「荷物持ち?」 「母親が区役所で働いとるけぇ、たまに大きな荷物がある時呼び出されるんよ。うち、高台の上に建っとるから、坂道きついって」 「…なるほど」 「前、パソコン一台運んだ」 「それは重そうだな」 「次の日、ラケット持てんかった」 「…っふ」 柳が目を細める。 猫みたいだ、と思った。 [←前へ] | [次へ→] |