結局俺の不安は外れて、次の日からも、柳とは普通に話すことが出来た。 普通に、とはいっても、俺は話すたびに緊張と嬉しさが一緒くたになって心臓がぎゅっと絞られるような気分だった。 そうじゃなくても、隣の席だから授業中はせわしなくちらちらと見てしまう。 たまに目が合うとラッキー、更に笑ってくれたりなんかしたらもっとラッキーだ。 ただ、嬉しい反面、見まくっているのがばれているのではないかと焦る。 もしかしたら、俺のこの気持ちにも気付いているんじゃないかとも思ったりして、そのたびに、ばれていて欲しいのか、それともばれたらやっぱり困るのかは分からなかった。 その日は、一時間目に間に合わず、じゃあ二時間目から出ようと思って屋上で寝ていたら、いつの間にか昼休みになっていた。 がら、と教室のドアを開ける。 「あ、仁王、おっそー」 自分の席で弁当を広げていた幸村が言った。 その向かいに柳がいた。 幸村の机に、自分の机をくっつけている。 「おはよう、仁王」 優しく微笑まれて。 心臓がどうにかなりそうだ。 「おはようさん」 自分の机に鞄を放って、柳の前の席の椅子を勝手に引っ張って座る。 「昼ご飯は良いのか?」 何も食べようとしない俺を見て、柳は言った。 「あー…今から購買行くのめんどいしええ」 昼休みはもう半分もない。 どうせ、食べても、菓子パンやカロリーメイトぐらいだし。 「信じらんない。俺、朝も昼も食べなきゃ死んじゃう」 幸村が大げさな声を出す。 「精市は、見た目に反してよく食べるんだな」 「あ」 「ん?」 いきなり、声を上げた俺に、柳が不思議そうに首を傾げた。 「いや、なんでもない」 と慌ててごまかす。 幸村のことは名前で呼んでるのか、とくだらないことを気にしている自分がひどく女々しく感じた。 「しかし」 と柳が急に神妙な顔をする。 「三食ちゃんと食べないと健康に良くないぞ」 そして、自分の弁当箱を、うーん、と眺めてから、蓋におかずをひょいひょい載せていく。 「はい」 「はい?」 その蓋を差し出されて、訳も分からず受け取った。 「え、なん?これ」 「俺の食べさしで悪いが、何も無いよりはマシだろう?」 「え、く、くれるん?」 「美味しいかは分からないが、昼ご飯を食べないと、午後倒れてしまうぞ」 「あ、ありがとう…」 しげしげとそれを眺めてしまう。 弁当箱の蓋に載った、卵焼き、ポテトサラダ、れん根の肉詰め。 「あ、でも箸が無いな」 柳が困ったような顔をする。 「や、平気じゃ」 と言って、手づかみで卵焼きを口に入れる。 甘い。 「…美味い」 「それは良かった」 柳がほっとしたような表情を作る。 「料理、上手いんじゃな」 「両親が共働きの人たちだったからな」 柳の言い方は、どこか他人事めいていた。 「美味かった」 あっという間に完食して、蓋を柳に返す。 「でも、足りなかっただろう?」 「十分じゃ。今日は部活もないし」 「あ、そうなのか」 「そうだ。今日部活ないじゃん」 いきなり、それまで黙っていた幸村が思いついたように声を上げた。 「ねえ、仁王今日暇?」 「暇じゃない」 「そうか暇か、良かった」 「おい」 ちょっと待て、と幸村を睨むが、無視される。 「蓮二は?」 「すまない。俺も今日は予定が」 「ええ!?そうなの?」 「ああ、区役所に行かなくてはならなくて」 「そうなのー?なんだあ、残念。しゃーねー、真田で遊ぶか!」 言うが早いや、幸村は立ち上がり、教室を飛び出していった。 「区役所行くん?」 空の弁当箱を風呂敷のようなものに包んでいる柳に、言う。 「ああ、少し提出しなきゃならない資料があって」 「ふうん。…場所分かるん?分かんなかったら、俺、案内しちゃるよ。ちょうど、今日、区役所に行く用事あるけん」 そこまでを、一息で言い切った。 「良いのか?」 「おん。弁当のお礼」 [←前へ] | [次へ→] |