・言ってご覧、薄いその唇で B組が体育の時間、F組は理科だった。 理科には一ヶ月に一度くらいの割合で理科室での実験があり、理科室は一階にあるので、校庭で体育をしていると、その中が見えた。 それは理科室からも同じことで、窓際に座った柳にも、仁王の姿は見えているはずだった。 仁王がそのことに気づいたのは、三年生になってすぐのことだった。 そして、秘密の暗号を送り始めてから三ヶ月、柳がそのことに気がついた。 柳からの返事が来てから四ヶ月、彼からの言葉は変わらない。 そして、今日も、仁王は窓際に座る柳に向かって、やや大袈裟に口を動かすのだ。 「す、き、じゃ」 柳はそれを見て、くすりと笑ってから同じように口を動かす。 「あ、ほ」 五ヶ月目、やはり状況は変わらない。 一ヶ月に一度のやり取りなので、また来月まで持ち越しだ。 そう思いながら、仁王は校庭を横切った。 校庭でサッカーをしながら、仁王は理科室を眺めていた。 柳がこちらを向くのを待っていた。 その横顔は、太陽の光を浴びて、キラキラと輝いているように見えた。 しばらくして、柳が窓越しにこちらに視線を向けた。 柳と視線が合うと、仁王は一ヶ月前と同じように口を動かした。 「す、き、じゃ」 この三文字が、どれくらい柳の心に届いているんだろう、と思う。 ややあってから、柳の口も一ヶ月前と同じように動いた。 「あ、ほ」 六ヶ月目、やはり状況は変わらない。 白線で描かれたトラックの周りを走りながら、仁王は理科室を眺めていた。 柳がこちらを向くのを待っていた。 ふいに、柳が校庭に目を向けた。 柳と視線が合うと、やはり仁王は一ヶ月前と同じように口を動かす。 「す、き、じゃ」 それを見た柳は、少し考えるように眉間にシワを寄せてから、口を動かした。 最初の文字は、一ヶ月前に見たものとは違った。 「お」 思わず、仁王は立ち止まる。 柳の口が動く。 「れ」 「は」 「ち」 「が」 「う」 仁王はその場に立ち尽くした。 柳の口元をじっと見つめ、馬鹿みたいにつっ立っていた。 初めて、あの二文字以外の言葉を見れた。 しかし、それは望んでいたものとは違った。 七ヶ月目、確かに状況は変わった。 最悪の形で。 なんじゃ。 こんなに、あっさり、終わってしまった。 苦しい。どうしよう。 泣きそうじゃ―。 唇を噛み締めて俯いた仁王の耳に、コンコン、という音が響いた。 思わず顔を上げると、可笑しそうに笑う窓越しの柳と目が合った。 柳が窓ガラスを叩いたようだ。 教師に何か言われたようで、柳はそちらに謝るような姿勢を見せてから、再びこちらを向いた。 そして、柳の口が、やや大袈裟に動く。 「あ」 「―――仁王?顔赤くねえ?走りすぎ?」 やってきた丸井の言葉も、仁王の耳には届いていなかった。 「…なんじゃ、それ」 呟いたところで、窓の向こうの柳には聞こえない。 聞こえないはずなのに、ガラス越しの柳は、悪戯が成功した子どものような顔をした。 クスクスという笑い声が、どこかで聞こえた。 言ってご覧、薄いその唇で (あ、い、し、て、る) -----キ---リ---ト---リ----- 某四畳半アニメで明石さんが言う「あ、ほ」が余りにも可愛くて…! 柳さんに言わせたかった。 そしたら…すごく…意味不明です… [←] | [→] |