バイバイ、黄色いチューリップ | ナノ

07 クロッカス




柳に避けられている。
この間は、こっちがいくら避けても気にせずにいたくせに、あの保健室の日以来、柳は俺を避けている。
しかも、柳らしくないあからさまな避け方で。
あまりにもあからさま過ぎるので、今日、ジャッカルに「お前、何かしたのか?」と聞かれたくらいだった。

何か、なら、した。
でも、それは、どちらかというと、俺じゃなくて柳がしたんだけど。

とにかく、理由も分からずに避けられるているのは、気持ちが悪い。
というか、好きなやつに避けられて、傷つかないやつなんていないと思う。
ま、柳を好きになってからは、傷つくことばっかりだから、慣れたといえば慣れたんだけど。

それでも何度も理由を聞こうとしたが、徹底的に避けられているから、話しかける機会すら無いのだ。


クロッカス
(私を信じてください)


「んあーっ!イライラする!」
「…なんじゃ、いきなり」
十分休みになった途端に叫び声を上げた俺に、仁王が怪訝そうな目を向けてきた。

「イライラすんだよ、すっげえ!」
「腹減っとんのか?」
「違う!…あーもー、決めた!行く!」
と俺は立ち上がる。
十分休みは、あと七分で終わる。
走り出した俺の後ろから、仁王が「行くってどこに?」と問いかける声が聞こえた。



廊下を走った勢いのまま、ドアを開けたせいで、俺は教室中から注目を浴びるはめになった。
他のクラスっていうのは、本当に慣れない。
でも、今の俺にはそのことも気にならなかった。

自分に集まる視線を無視して、教室を見回すと、窓際の前から二番目の席で、驚きに目を見張る柳と目が合った。
はっとしたような表情をして、即座に目線を外される。
その行為が、余計に俺をイラつかせて、俺はドアのところから柳のところに一気に駆け寄るとその腕をひっ掴んだ。

「…っな、に…!?」
「良いから来い!」
それだけ言って、無理矢理腕を引っ張りながら、柳を教室から連れ出した。
無言で廊下をずんずんと歩いている最中に、十分休みの終了を告げるチャイムが鳴った。



どこに行こうかなんて考えていなかったので、俺はちょうど思い浮かんだ屋上に、行くことにした。
足早に歩いている間、柳は何も言わず、ただ黙ってついて来ていた。


屋上に着いてすぐに、柳の身体を、金属のフェンスに叩きつける。
フェンスが、ガシャンと音を立てた。
肩の横に手をつき、俺よりも上にあるその瞳を睨みつける。

「避けてんじゃねえよ」
自分も前に避けていたくせに、勝手な言動だとは思う。
柳は、俺の視線から逃げるように、顔を斜め下に向けた。

なんでだよ。
何か言えよ。
ちゃんと、俺の目を見ろよ。
俺のことを見ろよ。

「…何で避けんだよ」
さっきとは違い、優しい声色で言う。
それでも、柳は答えない。
「なあ…好きなやつに避けられるのって、結構きついんだぜい?」
そう言うと、柳はバッと顔を上げた。
ようやくかよ、と思ったのも一瞬で、柳は涙をたくさん溜めた目で、俺のことを思いっきり睨んだ。

「…っ好き、だ、なんて、簡単に、口にするな…!」
それが、いつもの冷静な柳でないことは明らかだった。
でも、俺だって、自分の想いを何度も否定されて、ああそうですかと笑っていられるほど大人じゃなかった。

「好きなんだから、好きって言って悪ぃのかよ」
「お前は、俺のことなんか、好きじゃない!」
柳は叫び続けた。
「たった数回、キスしただけで、好きだなんて言ってきて…っ何をしても!何をされても!好きだって言えるのか!あんな…っ俺は、男だぞ…っそれで…お前に…!お前に!俺の何が分かるんだ!何を知ってるんだ…!何も…っ何も知らないくせに…っ!」

「何も知らねえのは、お前の方だろい」
逆上する柳を、俺は妙に冷静な気持ちで見ていた。
「俺の気持ちを、お前が勝手に決めるなよ」

そうだ。
俺が好きなのは柳だけど、この気持ちは、俺だけのもののはずだ。
誰にも否定はさせない。
たとえ、柳にだって。
…いや、柳だからこそだ。
俺は、他でもない柳に、俺がお前を好きなことを認めて欲しいんだよ。

柳がこんな風になってしまったのには、きっと何かがあったんだろうな、と俺は思った。
それを知りたいとは思わなかったけど、理解したいとは思った。
二つは、似ているようで、まったく別のところにある感情なんだと思う。


「俺は、お前が好きなんだよ」
「…っ」
柳の目から、今度こそ本当に涙が流れるのが見えた。
俺はその涙をすくうように、頬に指を添わせる。
「…俺を信じろよ、柳」

柳が頷いたかどうかは分からない。
でも、彼は涙をぼろぼろと零しながら、なんだかとても大切なもののように、俺の指をぎゅっと握り締めた。



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