03 ブーゲンビリア 「いい天気だなあ」 俺がそう言うと、柳は「そうだな」と答えた。 ブーゲンビリア (あなたしか見えない) 「な、俺のこと好きになった?」 「お前の話は、脈絡というものがまるで無いな」 柳が呆れたように言う。 「そんなん良いんだよ。俺は、言いたいことを、言いたいときに言うんだから」 柳が小さくため息を吐く。 「お前らしいよ」 「だろい?って、んなことはどうでも良いんだよ。好きになったかって聞いてんの!」 「ならない。昨日の今日で、そんな風になるわけないだろう」 「あれー?おっかしいなー」 「どこから来るんだ、その自信は」 「さあ、どっからだろ。俺にもわかんね」 そう言ってから、横に座っている柳の細い首に手を回す。 「な、キスして良い?」 「だめだ」 即答だった。 あれー?俺の思ってた答えと違う。 「なんでだよ」 と俺は大げさに頬を膨らませる。 「この間、言ったことを忘れたのか?俺は、本気のやつと、しつこいやつと、割り切れないやつとは、そういうことはしないんだ」 その答えに、俺は嬉しくなる。 「なんだ、柳、分かってんじゃん。俺が本気だって」 「違う…お前はしつこい方…っ」 言いかけた柳の唇に、半ば強引に口付ける。 柳は、一瞬拒絶するような素振りを見せたが、すぐになされるがままになった。 唇を舌でつついて、口を開けるように促すと、その薄い唇が開かれた。 すぐに、中に舌を侵入させ、好き勝手に動き回る。 柳の口の中は、温くて、丁度いい温度だと思う。 舌に舌を絡ませる。 ざらざらとした舌の感触が、気持ち悪くて、気持ち良い。 動かすたびに、ぐちゃぐちゃと卑猥な音が響いた。 ゆっくりとそれを離すと、透明な唾液が糸みたいに俺たちの舌を繋いで、そして切れた。 「どうだった?」 と俺は聞いてみる。 「平凡なキスだったな」 と柳は答えた。 「なんだよ、それ。あーあ、俺に、もっとすげえテクとかあればなあ」 ふざけてそう嘆いてみれば、柳は可笑しそうに笑った。 「それは、残念だったな」 「…いい天気だなあ」 「さっきも聞いたぞ、それ」 「だって、お前と話す話題って思いつかねえんだもん」 そうだ。俺と柳の共通の話題といえば、テニスぐらいだ。 でも、そんなことは、昼休みに屋上で話すにはふさわしくない気がする。 結果、俺たちには、こういう場で話すことがあまり無い。 「そうだろうな。だが、よく分かるだろう。俺たちは、まったく気が合わないんだ」 「だから、逆に好きになったのかも知れねえだろい」 「はあ…一体、どうして好きになったんだ。きっかけは何だ。昨日までは、嫌いだと言っていたじゃないか…」 言われて、俺は考えてみる。 どうしてだろう。 「やべえ、何も思いつかねえ」 「ほらな。理由が無ければ、その気持ちも勘違いだ。一時の気の迷いだ」 「なんで理由が無きゃいけねえんだよ」 「人の行動には、必ず理由があるからだ」 柳らしい、理屈っぽい考え方だと思った。 「んじゃさ、どうして好きになったのか理由が分かったら、俺のこと好きになってくれるわけ?」 「それは横暴だな」 「そ、俺って、おーぼーなの。知らなかった?」 柳が、眉間に皺を寄せる。 その表情を見て、俺は言う。 「俺、柳が眉間に皺寄せてんのって結構好きだよ」 「は?」 「だって、お前って、人形みたいなんだもん。人間っぽい表情ってレアじゃん」 それだけじゃない。 柳の、細い腕も、長い脚も、それを静かに動かす動作も。 真っ黒な髪も、反対に白い肌も。 薄くて、意外と乾いた唇も。 四角い爪の形も、綺麗な首のラインも。 俺のことなんか、何とも思っていないようなその表情も。 全部、全部、好きなんだ。 好きなところなら、いくつだって挙げられるのに。 どうして柳を好きになったのか、それだけは、どうしても分からない。 たとえ分かったって、柳には教えたくなかったけど。 [←] | [→] |