バイバイ、黄色いチューリップ | ナノ

01 アスチルベ




「好きなやつ、いる?」
二人きりの部室で、柳に聞いた。

俺はロッカーの方を向いていて、柳は机に向かっているので、お互いの顔は見えない。
柳の答えはこうだ。
「いない」

俺は言う。
「俺は、いるよ」

きっと、柳は、何とも思ってない、という顔をしているに違いない。
「誰だと思う?」
「さあ」
「お前だよ」
と柳の方を向いて言ってやる。
やっぱり、柳は、何とも思っていないような顔をしていた。


アスチルベ
(恋の訪れ)


一日前。

「なあ、柳、キスして良い?」
確認したいことがあるから、と続ける。
言われた柳は、少しも迷うような素振りを見せずに、「構わない」と答えた。
それがほんの少しイラついたが、気にしていないフリをして、柳に近づく。

顔を近づけていくと、柳の息が鼻にかかる。
きっと、俺の息も柳にかかっているんだろう。
お互いの息が、混ざるのが分かる。
そのまま、息をする柳の唇に、自分のそれを重ねた。
その息さえ食らうように。
でも、それは一瞬で、すぐに唇を離す。

「満足か?」
離すと同時に、柳が尋ねてくる。
その顔は、相変わらず無表情だ。
「満足だよ」
と俺は答える。

「満足だよ。お陰で、色々、確信したぜい」
自信満々にそう言ってみても、やはり、柳の表情が変わることはなかった。
それでも、俺は満足だった。
柳の知らないことを、俺が知っているということが、愉快でしょうがなかったのだ。


二日前

部室で、柳と二人きりになった。
きまずい。非常にきまずい。
二日前に、柳に「嫌いだ」と言ってから、一言も口を聞いていなかったからだ。

その二日間で分かったことがある。
関わらないようにしようと思えば、俺と柳は簡単にそう出来る関係だった。
そのことが、余計に俺をイラつかせていた。

「丸井」
いきなり、着替え途中の俺の後ろから、柳が声をかけてきた。
驚いた。
柳のことだから、俺が話しかけない限りは、話そうとしないと思っていた。

「なんだよ」
「これ、新しいメニューが出来たから、明日から使ってくれ」
と言って、紙の束を差し出してきた。
俺は、一瞬固まってしまった。
はあ?こいつ、意味わかんねえ。

「お前さ、俺が避けてるって分かってんだろい?」
「急にどうした。こんなあからさまに避けられれば、誰でも分かるぞ」
「それなのに、なんで普通に話しかけて来んだよ」

新しいメニューにしても、他の誰かに渡すように頼めばいい。
面と向かって嫌いだと言われた相手に、普通に話しかけるなんて、どうかしてる。
俺がそう思っていると、柳はため息を吐いてから、当然のようにこう言った。
「お前が避けるからといって、俺も避けるという理由にはならないだろう」

その言葉で、切れた。
俺の中で、ぎりぎりのところで保っていた糸が、ぶつんと切れた。
お前のことなんて、どうでもいいと言われたような気がしたから。

「お前さ、面倒事にならなきゃ、誰とでも付き合えんだろ。だったら」
と俺は、既に着替え終わっている柳のネクタイを掴み、引き寄せる。
「俺ともキスできんのかよ」
柳は少しも動じなかった。
少なくとも、俺にはそう見えた。

「いいよ」
すぐに、柳の顔が近づいてきて、驚く暇も無く、唇が合わさった。
一拍遅れで驚きが俺に追いついたときには、舌を絡められていた。

なんだこれ、ふわふわする。
頭が、おかしくなりそうだ。
このまま、死ねそうな気がする。

俺は、もう夢中になって、柳の舌に自分の舌を絡めた。
唾液が混ざり合う音がする。
二人分の、荒い息使いが聞こえる。
脳がぐちゃぐちゃになって、溶け出したみたいだ。

「は…っ、はあ」
息が乱れて整わない。
俺よりはそうでもないけれど、柳もわずかに息を乱していた。

「どうだった?」
柳が妖しく笑って、問いかけてくる。
「変な気分になった」
「そうなるようにやったんだ」
柳が得意げに言った。

「なんなら、こっちも口でしてやろうか?」
と言って、膝を俺の股間に押し付けてきた。
俺は、その何とも思ってない、というような顔を睨みつける。

「他のやつのをしゃぶった口でなんて、ごめんだ」
「キスはしたくせに」
「俺も、キスは誰とでもする主義なんだよ」
「初めて聞いたな。データに加えておこう」
柳が、いつものように言う。

すげえ、むかつく。
むかつくけど、俺は分かってしまった。
柳のことが、嫌いな理由。

もしかすると、俺は、この男のことが好きなのかもしれない。
ああ、最低の気分だ。



[] | []


第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -