17 われもこう 次の日、学校に来た柳の顔の痣は、それなりに話題をさらった。 しかし三日もすると終息に向かい、やがて誰も噂を話すことはなくなった。 噂。 親に殴られたとか、他校の不良と喧嘩したとか、階段から落ちて強打したとか。 誰が言い出したのか、そのどれもが信憑性に欠けたせいかも知れない。 俺が耳に挟んだ限りでは、本当のことを口にした人間は一人もいなかった。 本当のこと。 付き合ってた男にレイプ未遂で殴られた。 柳と俺と、明石さんと、犯人だけの秘密。 犯人はもちろん裁かれなかった。 柳がそれを望まなかったから。 だから俺が男を見るたびガンを飛ばすのも、明石さんが男の悪い噂(根も葉もないやつ)を女子のネットワークに流したのも、決して罰ではなかったはずだ。 幸村くんの一声で、部活が休憩に入った。 俺は木陰で水を飲んでいる柳の元に向かう。 気付いた柳が顔を上げた。 「どうした?」 痣はもうすっかり治っている。良かった。 隣に同じように腰を下ろす。 「ちょっとお訊ねしたいんですが」 ふざけた口調で言う。 訊きにくいことや言いにくいことを言う時、どうするのが正解か分からないのが、俺の欠点だ。 柳が笑って答える。 「どうぞ?」 「なんで付き合ってた奴ら全員と別れることにしたんだよ?」 俺は声を潜めて言った。 小さくても聞こえていただろうが、柳は大きく間を置いた。 言い淀んでいるようにも見えた。 珍しいな、と思う。 しばらくして、柳はゆっくりと口を開いた。 「どうしてだろうな?」 と俺の方を見て、心底困った顔をする。 これもまた珍しい。 「俺に訊かれても分かんねーよ」 こっちだって困ってしまう。 柳が何も明確な理由なく動くとは思えないんだ。 けれどそれ以上何も喋らないので、俺も諦めるしかなかった。 休憩の終わりを告げる、幸村くんの声が響いた。 俺達は同時に立ち上がる。 歩き出そうとした柳に向かって、慌てて声をかける。 「今日一緒に帰ろうぜ」 「分かった」 今度は少しの間も空けず、柳は言った。 われもこう (移ろいゆく日々) [←] | [→] |