バイバイ、黄色いチューリップ | ナノ

16 カキツバタ



「で、お前は今日、それだけを言いに来たのか?」
柳が訊ねた。
「あー…えーと、あとは、お見舞い…?」
「お見舞い」
「その…昨日、あれで…えーと、大丈夫か?って大丈夫なわけないよな、けど、うん…お見舞い」
しどろもどろに俺が答えると、柳はもう一度繰り返した。
「お見舞い」
「うん…。あっ、あと、明石さんがすごく心配してたって伝えにも、来た」

明石さんとは、今日学校で会った。
その時に少し話をした。
俺が柳の家に行くと言うと、彼女は「無理しないようにって伝えて」と言っていた。
自分で言うつもりはないようだった。

「無理すんなって言ってた」
「そうか。明石さんが」
柳が頷く。
「なら、心配をかけてすまないと伝えてくれ」
「…え!?俺が!?」
「そうだ」
柳は、さも当然のように言う。
「なんで!?」
「丸井は明石さんと仲が良いようだから」
「ええー…」
別に仲良くないけど。
むしろ昨日、初めて話したんだけど。
「嫌なら、明日直接伝えるから良いが」
柳のその言葉に、俺は一瞬、自分の耳を疑った。

「明日…?」
「ああ」
「もしかして、明日、学校来るつもり…」
「いけないか」
「だって…昨日あんなことがあったのに…」
俺はまた視聴覚室のシーンを思い出し、嫌な気持ちになる。

「特に大きな怪我はしていないし、もう大丈夫だ。あ、顔の痣、まだ目立つか?」
「そういうんじゃねえよ…!」
軽く言う柳の言葉を遮るように、俺は大きな声を上げる。
「そういうんじゃなくて…だって、お前…」
なんて言ったら良いのか分からない。
でも、柳は本当に、もう大丈夫なのか?

「丸井」
「…なに」
どくどくと心臓が鳴っていた。
良くない。
冷静になれない。
だめだ。
「あれは俺にも非があった」
「…っだとしても!」
「悪い事をしたら、悪い事が返ってくるんだ。当然だろう?」
柳は静かにそんなことを言った。
「昨日考えたんだ。たぶん、俺はたくさん傷つけたんだろうな、と思う。彼もきっと可哀想だ」

可哀相だなんて思えない。
俺は柳とは違う。
そんな風に許すことが信じられない。
俺が怒るのが筋違いだとしても、今でもあの光景を思い出すと、煮えたぎるような怒りが湧いてくる。

『悪い事をしたら、悪い事が返ってくるんだ』
柳の言ったことが本当なら。
柳に良い事が返ってきたって良いはずだ。
だって、柳はあの先生のことで、たくさん我慢したんだから。


「お前がそんな顔をするな。俺はもう大丈夫だ」
と柳は言った。
「…本当かよ」
「本当に大丈夫だ。勉強もしたいし、部活にも出たい」
「なんだよ、それ」
俺は涙目になっていたのがばれないように、目をがしがしと擦った。
「明石さんにも謝らなければ」
「…うん」
俺が頷いて、無理矢理に笑ってみせると、柳もその無表情を崩して、小さく微笑んだ。
「大丈夫だ」
呟いた柳は、俺に言っているというよりは、自分に念を押すようだった。


カキツバタ
(幸福が必ず来る)








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じめじめ丸井くんは一瞬で終わります。



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