バイバイ、黄色いチューリップ | ナノ

15 アイリス



部屋のベッドに寝転がり、目を閉じた。
するとはっきりと、視聴覚室で見たあのシーンが、流れるように再生された。

柳、柳に覆いかぶさる男、声、柳の声、嫌だという声、シャツ、殴られた跡、泣きそうな柳の顔。
どれも頭の中にこびりついて、離れない。

次いで、この間、柳の家に行った時のことを思い出す。
同じだ、と思った。

視聴覚室であの光景を見た時、俺は怖いものを見たかのように、すぐには動けなかった。
ひどいことだと思った。
なんてことするんだと思った。
でもあれは、この間俺が柳にしたことと違わなかった。

あの時も柳は、嫌だって、やめてくれって言ってたのに。
俺はやめなかった。
自分勝手な理由で、俺は柳にひどいことをしたんだ。
同じだ。最低だ。

ぱち、と目を開ける。
柳に謝らなければ。
俺は思った。
許してくれないかも知れないけど、それこそ自分勝手かも知れないけど、とにかく謝らなければ。


アイリス
(優しい心)


柳は翌日学校を休んでいたので、俺は放課後になってから直接、家まで行くことにした。
柳の欠席の理由は、一応風邪らしい。
部活中に幸村君が言っていた。

みんなそれを信じてるんだ、と思うと不思議な気持ちだった。
まさか昨日、柳にあんなことがあったなんて、誰も想像出来ないだろうけど。


柳の家のドアの前に着くと、俺は大きく息を吸った。
吸って、吐く。
また吸う。
吐く。
緊張でどうにかなりそうだった。
吸う。
吐く、と同時に、インターホンを押した。
ピン、と深く押して、ポーンと一気に離す。

少しして、インターホンから柳の声が聞こえてきた。
「はい」
柳の声は俺が想像していたより、ずっとしっかりしていた。
「俺、丸井」
むしろ俺の声の方が弱々しく聞こえた。

すぐにドアが開いた。
顔を出した柳は、俺と目が合うと、僅かに笑った。
柳が笑ったことにほっとすると同時に、顔に残る痣に心臓が、ズキ、と痛んだ。
俺も一応笑おうとしたけど、口元が引きつってだめだった。


柳について、彼の部屋に入った。
柳がクッションを差し出してきたのを断って、固い床に腰を下ろす。
柳も俺の前に座った。
「風邪って」
「母親がな、勝手にそういう理由にしたんだ」
「そういえば今日、お母さんは?」
インターホンに出たのは柳だったし、玄関から彼の部屋まで、今日は誰にも会わなかった。
「母さんはおはなの先生方と食事会に行った」
「おはな?」
「華道をやっているんだ。毎週水曜日」
「おお」
俺は関心するように、声を漏らした。
華道、すごく柳の家って感じだ。

「って…こんな話しに来たんじゃねえんだ」
そう、俺は世間話がしたいわけじゃない。

ふー…と息を吐いた。
自分が緊張しているのが良く分かった。
柳の目をじっと見つめる。
柳に見返されると、そらしたい気持ちになったけど、堪えてそらさない。
謝りにきたんだろ、と自分を叱咤する。
「ごめんって」
「…え?」
「ごめんって、言おうと思って来たんだ、俺、今日」
「ごめん?」
柳が不思議そうな顔をする。

俺は続ける。
「この間のこと」
口の中がパサパサに渇いて、上手く言葉が出てこない。
「この間、この部屋で」
ぐ、と息が詰まり、苦しくなる。
「俺が、柳にしたことを、謝りたいと、思ったから、ここに来たんだ」
ごめん、ごめん、と何度か繰り返してから、俺は頭を下げた。
ごめん、柳、ごめん。
ひどいことして、ごめん。

どのくらいそうしていたか分からない。
俺はすごく長い時間に感じたけど、実際は十秒ぐらいだったかも知れない。
部屋を包む重い沈黙を、柳が破った。
「…俺は今日、絶対に丸井が来ると思っていた」
柳は脈絡もなくそんなことを言った。
許すとか許さないとか、そういうことを言われると思っていた俺は、「…は?」と間の抜けた声を上げ、ついでに頭も上げてしまう。
俺の話と、今の言葉に一体どんな関係が?
探るように柳の顔を見てみるが、これといった表情は無い。
「それで、もし本当に丸井が来たら、言おうと思っていたんだ」
なんて?
「昨日はありがとう」
柳の言い方は素っ気なかった。
顔も相変わらず無表情だ。

でも俺は、あ、と気付いてしまう。
鼻の奥がつんと痛んで、喉が震えた。
それでもなんとかして声を絞り出す。
「…うん」

こんなことくらいで、許された、と思うのは間違いなのかも知れない。
でもさっきの言葉が、柳の優しさなのは絶対だった。
絶対そうだ、と気付いてしまった。
俺はもう一度、うん、と頷くと、顔を下に向けたまま、もう柳の方を見ることが出来なかった。
優くされると、泣いてしまいそうな俺は、きっと卑怯者だ。



[] | []


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -