14 オダマキ 「明石さんって、柳と付き合ってる、よな…?」 無躾かも知れないと思ったが、どうしても聞かずにはいられなかった。 明石さんは、確かに、前に柳に告白していた女の子のはずだ。 あの時、柳は、付き合うことになった、と言っていた。 明石さんは目を数回瞬かせた後で、苦笑いを漏らした。 「うん、三日前まではね」 「三日前…?」 「フラれちゃったから。というか、なんで丸井君が知ってるの」 それに対し、俺は「あー…」と曖昧な返事を返す。 「まいっか。…でもね、柳君…柳君、付き合ってる人みんなと別れるつもりだって言ってたんだ。だから、仕方ないのかなって」 「え?」 俺は思わず間の抜けた声を上げた。 別れる? 全員と? なんでまた柳はそんなことを。 オダマキ (あの人が気がかり) 「…でも、柳君には危機感ってものが欠けてると思う」 と明石さんの口調は、少し非難めいたものに変わった。 俺はそれに対し、わずかに眉を潜める。 「危機感?」 「だって、柳君と付き合ってる人がみんな私みたいに聞き分けが良いとも限らないでしょう?」 「うん…まあ…」 答えながらも、明石さんが何を言いたいかは分からなかった。 「丸井君は、アンビバレンスって知ってる?」 と明石さんは言った。 俺は首を横に振る。 初めて聞く言葉だった。 「愛情が強ければ強いほど、同じように憎しみを持ってるってことでね。あるきっかけで、例えば、愛の欲求が満たされなくなったり、阻止されたりすると、それまで持っていた深い愛情が、憎しみに変わってしまうの」 「ああ…」 と俺は頷く。 「そういうことが無いとも言えない、というか、柳君の付き合ってる人にそんな感じの人がいたから」 「それって…今日のあいつ?」 「ううん、違った。だからこそ怖いなって思いもしたけど」 と明石さんは眉間にシワを寄せる。 「注意したの、私。余計なお世話かも知れないけど。気をつけた方が良いって」 「でも、柳君はあんまり気にしてないみたいだった。柳君って、他人と、ある一定の距離を取る人だと思うけど、その距離があれば安全だと思ってるような感じがするんだよね」 明石さんは続ける。 「信じはしないけど、疑いもしない、みたいな」 「それで、最近は、柳君のこと注意して見てたんだけど」 余計なお世話続行で、と明石さんは付け足した。 「まさか、10分休みに話をするとは思わなかったな。だって、10分で終わる話じゃないもんねえ」 と明石さんはやや自嘲気味に言った。 柳にとってはその程度だったとしても、言われた側としてはそう思うのは当然だろう。 「…なんで柳君は急に別れるなんて言ったのかな…」 と言って、明石さんは空を仰いだ。 「良かったけど」 「良かった?」 「悲しいけど、やっぱり、良かったっていう方が大きいかな私は」 明石さんの言っている意味が分からずに首を捻る。 「私ね、中学の時から柳君が好きだったの。…いや、違う、かな…憧れてたって言った方が正しいのかも」 「挨拶できただけで、喋れただけで、目が合っただけで嬉しかった。極端だけど、学校新聞で、名前が隣同士で載ってただけでも喜べちゃうような感じだったの」 明石さんは懐かしむように目を細めた。 「そんな風だったから、恋人になりたいとか告白したいとかは思わなくて。でも…高等部に上がって、三年生になった辺りで、噂を聞いて…」 「噂?」 「柳君は、告白されれば誰とでも付き合う」 それは噂ではない。 紛れも無い事実だ。 ただ、そんな噂が流れていたことには驚いた。 全然知らなかった。 「悔しかったし、悲しかったんだ、私。それ聞いて。だから、そんな噂はデマだって証明してやろうと思ったの」 「それで告白したのか」 ずいぶん遅くはないだろうか、と思った。 そんな俺の心情を察したのだろうか、明石さんは困ったように笑って言う。 「勇気がね、いるのよ。そんな告白でも」 「そしたら、本当だったから驚いた。驚いたし、悲しかった。柳君、何食わぬ顔で『他に三人いるけど良いか』って言ったんだよ」 俺には、その時の柳の表情が、はっきりと想像できた。 「だから、良かった」 明石さんはキッパリと言った。 「何があったかは分からないけど、柳君が、そういうことをやめてくれて良かった」 「だって、これで、また、思う存分、勝手に憧れられるもん」 その顔は、本当にすっきりとして見えて。 ああ、眩しいなあ、と俺は思う。 「ま、やっぱり、ちょっとは悲しいんだけどね」 明石さんは、あはは、と笑った。 -----キ---リ---ト---リ----- 明石さんのターンエンド! 次からはまた丸井くんと柳さんのターンになると思います アンビバレンスについてはかなり適当なんでヌルッとスルーしてください [←] | [→] |