バイバイ、黄色いチューリップ | ナノ

11 ゼラニウム




柳の家からの帰り道を、俺は妙にすっきりとした気分で歩いていた。
自己嫌悪やらなんやらは、もうとっくにどこかに行ってしまっていたんだと思う。

ここまでやってしまったのだから、後戻りは出来ない。
元々、するつもりもなかったけど。

勝手な決意を胸に燃やしながら、俺は長い坂道を駆け下りた。


ゼラニウム
(決心)


「あ、柳生、良いところに」
廊下でジャッカルと話していた俺は、ちょうどそこを通りかかった柳生を呼び止めた。
次が移動教室らしく、手には情報の教科書が見えた。

「なんですか?」
「いやー、人捜ししててさ」
「人捜しですか?」
「そ、ジャッカルが全然役に立たなくって」
「ちょ…っ…まあそうだけどよ…」
とジャッカルが苦笑いを漏らす。

「柳生なら知ってるかもと思って」
「私でよければお手伝いしますよ。一体、誰を捜しているんですか?」
「先生」
と俺は答える。
「先生?」
と柳生。

「中等部の先生で、俺たちが高校に上がったくらいに辞めた人。知らない?」

俺は、柳が言ったあの先生を捜していた。

「そうですねえ…」
と柳生は考えるような素振りを見せる。
「男なんだけど」
「…ああ、それなら」
と柳生が口にした名前は、俺にも聞き覚えのあるものだった。

「それって、クッキング部の顧問だった人じゃねえの?」
そう言ったのは、ジャッカルだ。
「お前、クッキング部入ってたのに、何で知らないんだよ」
「いや、知ってる。知ってる、けど、辞めてたのは知らなかった」

「なんで辞めたのか知ってる?」
と俺は柳生に聞く。
「いえ、そこまでは…すみません」
と柳生は申し訳無さそうな顔をした。


クッキング部の顧問、といっても、俺はその先生をよく知っているわけでは無かった。
顔もよく思い出せない。
どんな風に喋ったのか、とか、どんな性格だったか、なんてもってのほかだ。

そもそも、クッキング部というのは、部員が十人ほどの小さな部活で、そのほとんども、俺のように掛け持ちでたまにしか行かなかったり、名簿に名前だけが載っているような幽霊部員だったりして、まともに活動しているのはほんの一握りだった。
俺も、行っていたのは、せいぜい月に一回くらいだった。
だから、顧問がいつの間にか教師を辞めていたことも知らない。

ただ、一つだけ、やけにはっきりと覚えていることがある。
匂いだ。
その先生からは、よく煙草の匂いがした。
たまに家庭科室を覗きに来たときにも、その匂いをさせていたので、部長の片倉に怒られていたのは覚えている。

「…っあ…!そうだ片倉がいんじゃん!」
と俺は声を上げる。
「片倉?あ、そういえば、クッキング部の部長もやってたんだっけ」
思い出したようにジャッカルが言った。
「今もだよ」
と俺は言う。
「今もクッキング部の部長だ」


片倉は、なんでもやりたがる男だった。
中等部のころは、生徒会長、クッキング部の部長、それに国際研究部と射撃部にも入っていた。
それは今も変わらなくて、高等部でも生徒会長をやっている。
高等部にクッキング部を創設したのも、片倉だった。
部員数は規程の人数のギリギリ、五人しかいなかったし、活動するのも月に一度だけだったが。
かくいう俺も、その五人の中に入っている。


「そうですね、片倉くんなら、その先生がなぜ辞めたのかも知っていそうですね」
「だろい?今日、活動日だし、ちょうどいいぜい!」
俺は、月に一度の活動日が今日であることを思い出し、言った。


「ところで、どうして丸井くんは、その先生のことを知りたいのですか?」
「あ、それ俺も思った。なんで?」
二人に言われて、俺は、うーん、と考えてみる。

「興味50%」
俺がそう言うと、柳生が「興味?」と首を傾げる。
「単なるおせっかい40%」
今度は、ジャッカルが「おせっかい?」と首を捻る。
「残りの10%は秘密ー!」
顔の横でピースを作るお得意のポーズをしてみせる。
二人は、益々訳が分からないというような顔をした。

この残りの10%が重要で、それは、俺が柳のことを好きだからに他ならない。
他人からしたら、理由になってんのか?って感じだろうけど、俺にはそれだけで十分なのだ。

俺は知りたい。
柳に関することなら、なんでも。
そのためには、自分からどんどん動くしかない。
柳のいるところに、俺は少しでも近づきたいんだ。











-----キ---リ---ト---リ-----
片倉会長とクッキング部あたりは完全なる捏造です。



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