02月19日(土)22時47分 の追記


・言ってご覧、薄いその唇で


B組が体育の時間、F組は理科だった。

理科には一ヶ月に一度くらいの割合で、理科室での実験がある。

理科室は一階にあるので、校庭で体育をしていると、その中が見えた。
それは理科室からも同じことで、窓際に座った柳にも、仁王の姿は見えているはずだった。

仁王がそのことに気づいたのは、三年生になってすぐのことだった。

そして、秘密の暗号を送り始めてから三ヶ月、柳がそのことに気がついた。
柳からの返事が来てから四ヶ月、彼からの言葉は変わらない。


そして、今日も、仁王は窓際に座る柳に向かって、やや大袈裟に口を動かす。

「す、き、じゃ」

柳はそれを見て、くすりと笑ってから口を動かす。

「あ、ほ」

五ヶ月目、やはり状況は変わらない。

一ヶ月に一度のやり取りなので、また来月まで持ち越しだ。
そう思いながら、仁王は校庭を横切った。



校庭でサッカーをしながら、仁王は理科室を眺めていた。
柳がこちらを向くのを待っていた。
その横顔は、太陽の光を浴びて、キラキラと輝いているように見えた。
しばらくして、柳が窓越しにこちらに視線を向けた。

柳と視線が合うと、仁王は一ヶ月前と同じように口を動かした。

「す、き、じゃ」

この三文字が、どれくらい柳の心に届いているんだろう、と思う。

ややあってから、柳の口も一ヶ月前と同じように動いた。

「あ、ほ」

六ヶ月目、やはり状況は変わらない。



白線で描かれたトラックの周りを走りながら、仁王は理科室を眺めていた。
柳がこちらを向くのを待っていた。
ふいに、柳が校庭に目を向けた。

柳と視線が合うと、やはり仁王は一ヶ月前と同じように口を動かす。

「す、き、じゃ」

それを見た柳は、少し考えるように眉間にシワを寄せてから、口を動かした。
最初の文字は、一ヶ月前に見たものとは違った。

「お」

思わず、仁王は立ち止まる。

柳の口が動く。

「れ」

「は」

「ち」

「が」

「う」

柳の口は、確かにそう形取った。

仁王はその場に立ち尽くした。
初めて、あの二文字以外の言葉を見れた。
でも、それは望んでいたものとは違った。

七ヶ月目、確かに状況は変わった。

しかし、仁王にとっては最悪の形で。

なんじゃ。
こんなに、あっさり、終わってしまった。
苦しい…。
どうしよう。
泣きそうじゃ―。

唇を噛み締めて俯いた仁王の耳に、コンコンという音が響いた。
思わず顔を上げると、可笑しそうに笑う窓越しの柳と目が合った。
柳が窓ガラスを叩いたようだ。
教師に何か言われたようで、柳はそちらに謝るような姿勢を見せてから、再びこちらを向いた。

そして、柳の口が、やや大袈裟に動く。

「あ」

それは、過去に六回見てきた、あの一文字だった。





「―仁王?顔赤くねえ?走りすぎ?」
やってきた丸井の言葉も、仁王の耳には届いていなかった。

「…なんじゃ、それ」
呟いたところで、窓の向こうの柳には聞こえない。
聞こえないはずなのに、ガラス越しの柳は、悪戯が成功した子どものような顔をした。
クスクスという笑い声が、どこかで聞こえた。



(あ、い、し、て、る)





-----キ---リ---ト---リ-----
某四畳半アニメで明石さんが言う「あ、ほ」が余りにも可愛くて…!
柳さんに言わせたかった。
そしたら…すごく…意味不明です…
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