03月01日(木)03時14分 の追記
ぼうっと、財前は目の前の光景を眺めていた。 足、足、足。また足。ボール。 足、と思ったら今度は目の前にペットボトルが差し出されていた。 「お疲れさん。ようやく勝てたなあ」 ペットボトルを受け取りながら財前が視線を上げた先で、白石は汗を拭いながら言った。 「ほんま、やっとや」 「お、機嫌悪いな」 からかうような口調で、心底愉快げだ。 「そりゃ、二千円払いましたから」 「せやなあ」 「謙也さんのせいや」 「ほんまになあ」 「なんっで、あの人、敵チームにおんねん」 吐き出すようにしてそう言うと、白石はまた愉快げに笑った。
大学で月に一度行われるスポーツ大会がある。 『三連盟主催、サークル対抗』と書かれた垂れ幕の下には、毎月違う競技名を書いた画用紙が貼り付けられる。 負け上がりのトーナメント形式で、負けるごとに、一人千円ずつ支払わなければならない。 そうして集まったお金がそのまま打ち上げ代になる、そういう大会だ。 勝てばタダ食い、負ければ奢り。 そのうたい文句につられてか、体力自慢サークルがそれなりに、楽しけりゃ良しのお祭りごと好きサークルがかなり集まるので、毎回そこそこの盛り上がりを見せる。
大会を主催しているサークル『三連盟』は名前の通り、更に細かい三つのサークルに分かれていた。 うち一つ、『サークル総括会』は、一部では星の数ほどと噂されるサークルの全てを把握し、管理する役を担っている。 学生の代表として式典や細かいイベントを取り仕切るのは、『学生友の会執行部』の役目だ。 そして『学園祭実行委員会』は、一大イベントの学園祭にのみ尽力する。 三つのサークルはそれぞれ独立しているが、きちんとまとまってもいる、というのは財前をこのサークルに誘った時の謙也の言葉だった。 嘘や、てんでバラバラじゃねえか、というのは一年と半年そこに在籍した財前の言葉だった。
財前は『学園祭実行委員会』に所属している。 しかしだ。 三連盟の一つに所属しているにも関わらず、それ以外二つのメンバーに会ったことがない。 もしかしたら、去年の学園祭の打ち上げで会っていたのかも知れないが、きちんと紹介されたわけでもないし、されていてもあの日は最初の「かんぱーい」以降の記憶がないので分からない。 そもそも『学園祭実行委員会』のメンバーにも全員会っているか怪しい。 大きなサークルだから、と言ってしまえばそれまでだが、要するに三つのサークルの連携はガタガタで、一つずつ完全に独立しているのだ。
そしてこのスポーツ大会である。 三連盟主催と冠しているものの、実際の計画と実行は『学生友の会執行部』のみが行っている。 しかも当たり前のように、それぞれが三つのチームで出場している。 やから、さっさとバラけろって、と言いたかったがそんな権限もないので、財前も黙って『学園祭実行委員会』チームで出場した。 そこでとんでもない裏切りに合ったのだ。
今回の競技はサッカーだった。 連絡係の金色からのメールには「一戦目からお願い。集合は朝十時」とあった。 競技によっては人数の関係で、二戦目、三戦目からのこともある。 ちなみに何戦目から出ても同じように負け金は取られる。 そのせいで、十時の時点では気付かなかった。 大体見たことのあるメンバーの中に謙也の姿が無くても、二戦目から出るんだろうと思っていた。 しかし二戦目、『世界軟体動物愛好会』との試合でピッチに立った瞬間、裏切られた!と財前は思ったのだ。 緑色のビブスを着た財前の前で、謙也は敵チームの白いビブスを着ていたからだ。
「なんで謙也さんそっちにいるんすか」 意味分からん!と怒れる財前に対し、「おー」と謙也は呑気なものだ。 「助っ人頼まれてん」 「ありなんですか?それ」 と横の白石に確認する。 「知らん。管轄外や」 学園祭実行委員長の癖に、白石はそんなことを言う。 「ありや、あり。俺こっちにも入ってんねんもん」 「そうでしたっけ?」 「ちゅうか、財前も入ってるはずやで、ここ」 「いつの間に」 知らなかった事実に驚愕する。 そういえば一年の最初の頃、歓迎会に行った気もする。 そしてよく思い出してみれば、そこに財前を連れて行ったのも謙也だった。 世界中の柔らかい生き物を讃える、という活動内容は財前に理解できるものではなかったので、いくら謙也の誘いでも入るものかと思っていたはずだが、知らない内に入っていたとは。 なんじゃそりゃ。
「ってか勝手やん。なんで謙也さんあっちやねん」 ピーヒョロロ、という間抜けな笛の音で試合が始まってからも、財前は近くにいた一氏に文句を垂れた。 「なんや寂しいんか」 「やなくて、あの人無駄に運動神経ええから。俺今月ほんま厳しいんすわ。金ない。負けたら終わる」
運動神経の良い謙也がいないということは、負ける確率が上がる。 負けたら千円だ。 そう。お金がなくなったら困る。 勝つ確率の方を上げるためにも、謙也にはいてもらわなければならない。 あくまで勝つためだ。 別に寂しいからじゃない。断じて。断じてや、と財前は誰にでもなく心の中で言い訳をした。
「なんでそんな金ないん?」 「今月ゲーム出すぎなんすわ」 「我慢せえよ」 「発売日に買わんとか非国民ですやろ」 「どこの国のや」 呆れたように呟いた一氏にボールが渡り、彼も攻め上がって行った。 そして二戦目も負けた。 というわけで、ようやく三戦目で勝てたものの、財前はすこぶる機嫌が悪かった。
「ごめんやって」 「…何が」 白石の去ったところにやって来た謙也は、ほい、と財前にカップアイスを渡した。 「別のチームで出るの黙ってたこと?ほれ、あずき味、好きやろ?」 「別にー」 と間延びした声を出し、たぶんご機嫌取りであろうアイスを受け取る。 うん、美味い。しかしこんなもので騙される財前ではない。 そして断じて、黙られていたことが寂しかったのではない。
横でソーダ味の棒アイスを食べ始めた謙也に、はい、と手を出す。 「謙也さんおらんせいで負けたんで、二千円ください」 「そ、そりゃないやろ!」 「ありや、あり」 「アイスで勘弁せえや!今度からは絶対!財前と同じチームで出るから!」 な?と小首を傾げられても、女の子でも、柔らかくもない謙也なので可愛くない。 しかし心優しい財前は、彼のソーダアイスを一口、がぶりとかじることで許してやることにした。 ほだされたわけではない。断じて。
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