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02月20日(月)00時44分 の追記 ※これとリンクしてます。 下駄箱に上靴をしまったところで、雨は急に降ってきた。 それが予報よりも早い降り出しだったので、柳は思わず顔をしかめた。 暗い青の中であなたを想う 「げ、いつ降ってきた?」 と隣にやって来た幸村が、空を睨むようにぎゅっと眉間にシワを寄せた。 ローファーの爪先を、トン、と床に叩く音が二回した。 「今さっき」 と柳は答える。 下駄箱を閉め、ローファーを履き、幸村と同じように爪先をトントンと鳴らした。 「これではきっと明日も雨だな」 「本当?嫌だなあ。屋上に行けないや」 「屋上に行けないのがそんなに嫌か?仁王に会えないからか?」 頭を抱えて大げさに嘆く幸村に向かって、畳み掛けるように柳は言った。 幸村と仁王がここ最近、たびたび屋上で喋っているのが気になっていたからだ。 屋上に向かう幸村、あるいは仁王の姿を見かけるたびに、心の片隅で、これ以上ライバルが増えるのは困るな、と思っていた。 一番厄介なライバルは他にいるが、それでも少ない方が良いに決まっている。 言われた幸村はやや驚いたような顔をしたが、すぐにこう言った。 「何言ってんの。仁王が会いたいのは蓮二でしょ」 「そうだな。精市が会いたいのは弦一郎か」 「もー、なんで自分が傷付くようなことをわざわざ言うかな」 「そういう性格なんだ」 「あ、そう」 幸村はあっさりと頷く。 「それより精市、傘を持っているのか?」 「持ってるように見える?」 「見えない」 「正解です」 なら、と柳は鞄から折りたたみの傘をだして言った。 「少し狭いが、入っていくと良い」 途端に、幸村にぱあっと笑顔が広がった。 その笑顔を見たいがために、俺が様々な試行錯誤をしていることを、懸命に頭を働かせていることを、お前はどのくらい知っているのだ、と柳は思ってしまう。 弦一郎ならもっと簡単に見られるのか、とも。 そのたびに一瞬、自己嫌悪に陥るのもいつものことだった。 「優しいなあ。だから蓮二って好きだよ」 「弦一郎の次に?」 「世界で二番目に」 幸村は優しく笑う。 自分が傷付くようなこと言わない方が良いよ、と優しく諭すように。 「というより、俺が蓮二を傷付けたくない」 「…身勝手だ」 「そんな俺が好きなくせに」 可笑しそうに笑う姿が、柳には眩しかった。 何を言っても、どんなことをしても、この男には一生敵わない、と思ってしまう。 そのことを少しも悔しいとは思わなかった。 しかしやがて幸村は、笑っていた顔を僅かに歪ませると、苦笑い気味になって言った。 「やっぱり傘良いや。走って帰ることにするから」 と傘をこっちに押し返す。 「風邪を引くぞ」 「平気平気!」 再び満面の笑みをもってそう言うと、幸村はどしゃ降りの雨の中へ、勢い良く飛び出して行ってしまった。 そのまま走り去っていく背中を、柳はじっと見つめるしかなかった。 突き返された傘を開いて雨にさらせば、ぱらぱらと雨粒が防水の布に当たる乾いた音がした。 幸村の背中は、もうとっくに見えなくなっていた。 そうして、柳は呟いた。 「お前の一番になりたかった」 -------- タイトルは「アメジスト少年」様から。 |