11月19日(土)22時14分 の追記


後ろからやって来た幸村が、腰を思いっきり掴んできたので、柳は驚いた。
ラリー練習を終え、テニスコートの横で汗を拭っていた。
「赤也と付き合ってるって?」
うん?と幸村は背中から覗き込むような姿勢を取っている。
「なぜ知っているんだ」

「え、本当に?ヤバ、当たっちゃったよ」
「カマをかけたのか」
思わず顔をしかめれば、幸村は軽く肩をすくめた。
「なんとなくそんな気がしてたんだよね」
「ほう」
「てゆうかさ、駄々漏れだったじゃん。赤也は」
「そうだったか?」
「そうだよ。好き好きオーラ出まくりでさあ」
と幸村は言った。
オーラどころじゃなかったがな、と柳は思った。

柳と赤也は部活の後、一緒に帰っていた。
特別約束をしていたわけではない。
単に帰る方向が同じだったからだ。
そんないつも通りの帰り道で突然、赤也は好きだと言ってきた。
それが一番最初だった。
そして次の日から、部室を出て、校門を出て、あまり人気の無い道に入ると、赤也は決まって好きだと言ってくるようになった。
最初は冗談だと思い、軽くあしらっていた。
しかし毎日続けば、そうも言っていられなくなる。
毎日毎日、赤也は少しずつ言い方を変え、好きだ好きだとしつこく言ってきた。

「で、結局ほだされちゃったわけだ」
話を聞いた幸村が言った。
のろけじゃん、と不機嫌そうに顔を歪める。
「まあ、そうだな」
「今の、どっちに言ったわけ?」
「どっち、とは?」
「ほだされたのか、のろけなのか」
「両方?」
「へえ」
と幸村は薄く笑った。

「じゃあ、大きなきっかけみたいのは無かったの?」
「そうだな」
「ふうん」
「はっきり言うと、好きだと言われたのもそこまでは…」
「はい?」
幸村が柳の言葉に被せるように、聞き返した。
「好きだと言われたことで、ああ赤也は俺が好きなのか、と自覚はしたんだ。だがそれよりも、あの日以来、あいつが俺の名前を呼ぶ声が」
「声が?」
「すごく俺のことを好きな声だなと思えて」

柳さん、と呼ぶ声が、他と違うことにどうして気づかなかったんだろうと、柳は思った。
それどころか。
遠慮がちに触れる手が、
名前をかたどる唇が、
笑いかける歯が、
脚が、
指先が、
眼差しが、
赤也の全てが自分を好きだと訴えていると感じた時、柳は落ちたのだ。
ほだされたのではない。
柳は間違いなく恋に、ひゅーんと落っこちてしまった。

「自分を好きな声、ねえ。蓮二ってたまに良くわかんないこと言うよね」
そう言ってから、幸村はため息をついた。
「でも寂しいなあ。もう蓮二は赤也のものだから、今までみたいにイチャイチャ出来ないんだね」
「別に俺と精市は親友であり恋人ではないから、イチャイチャする必要は無いと思うぞ?」
「え?そうなの?」
幸村は本気できょとんとした顔をする。

しかしすぐに、コートの向こうに何かを見つけて、ぎゅっと眉間にシワを寄せた。
どうした?と柳が聞く前に、今まで密着していた体が離れた。
彼の肩にかかったジャージがひらりと翻る。
「さっ、俺はもうあっち行こうかな。なーんか赤也にすんごい睨まれてるし」
幸村が顎で指した方向に、柳も目線をやった。
少し遠いが、赤也が凄い顔をしてこっちを見ているのが分かった。
目をギラリと見開いて、口を真一文字に結んで。

「俺のことがそんなに憎いわけ」
「いや、違うな」
柳は呟く。
「あれは俺のことを好きな目だ」
と思って、柳はまた、ひゅーんと恋に落っこちる。
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