10月29日(土)02時07分 の追記


仁王は気まぐれな男だった。
気まぐれにやってきては、気まぐれに去っていく。
間隔はいつもまちまちだった。
半年訪ねてこないこともあれば、去って一週間後に来ることもあった。
彼がここにいない間、一体どこで何をしているのかは知らない。
それなのに来る度に、柳はなんとなく仁王を受け入れてしまうのだ。
だから、柳は自分のことを不幸だと思っていた。





柳が自宅のマンションのドアを開けると、玄関に見たことのない靴があった。
「おかえりー」
廊下の向こうのドアが開き、仁王がひょっこりと顔を出した。
「…ただいま?」
「おう、おかえり。パスタ作ったけど、食べるじゃろ?」
「ああ」
靴を脱いで、つま先が部屋の方を向いている仁王のものと一緒に揃える。
なんでいるんだ、とは訊かなかった。
仁王はいつの間にかこの部屋の合い鍵を作っていた。

「なんのパスタ?」
「きのこ?冷蔵庫にあったの適当に入れた」
「ふうん」
スーツを脱いでハンガーにかけながら、テーブルを覗く。
不味くはなさそうだった。
というよりも、柳はほとんど料理をしないので、手製の料理は有り難かった。

仁王の作ったパスタを食べ、柳は先に風呂に入った。
風呂から上がると、テーブルに放っておいたはずの皿がきちんと洗われていた。
テーブルの向こう側で、仁王は洗濯物をたたんでいた。
「お、上がったんか。ちゅーか、参謀、洗濯物溜めこみすぎじゃって」
確かに、仁王の前に広がる洗濯物の山は、二・三日のそれではない。
いつから洗っていなかったのか、柳には思い出せなかった。
「風呂に入るか?」
「誤魔化すのう」
けらけらと笑って、立ち上がり、仁王は廊下に消えた。

ベッドに座り込めば、濡れた髪の毛から垂れた水が、シーツにシミを作った。
ぼうっとそれを見ていると、ペタペタと足音がして、仁王が戻って来た。
どうしたんだ。
忘れ物でもしたのか。
柳がそんなことを考えているうちに、仁王の裸足は目の前で止まった。
そしてふわり、と上からタオルが降ってきた。
「髪、拭かな風邪引くぜよ」
とそのままタオルで優しく頭を拭かれる。
髪の毛や水滴が入り込まないよう、柳は目をつぶった。
しばらくして仁王の手が止んだ。
終わりか、と思って目を開けたら、てっきり上にあると思っていた仁王の顔が、すぐ傍にあったので驚く。
仁王の唇の先が柳の唇の先を、一瞬だけかすめた。
「続きは風呂出てからな」
そう言って笑うと、仁王は再び去って行った。

少しすると、シャワーの音に混じって、仁王のへたくそな歌が聞こえてきた。
風呂場に反響しているせいで、それは小さな虫の羽音のように聞こえた。
柳はそれを聞いていると泣きそうになってしまう。
いつものことだった。

ずっとここにいてほしいと。
俺以外のところに行くなと。
どうして言えないんだろう。
そう言ってしまったら、仁王は二度とここには来ない、柳にはそんな予感がしていた。
「…なぜお前など好きになってしまったんだろうな」
ベッドにごろんと横になり、呟いてみる。
虫の羽音より小さなその声は、仁王のへたくそな鼻歌にかき消され、誰にも聞かれることはなかった。






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柳さんが家事だめで仁王くんが完璧でも、その逆でも萌える
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