09月13日(火)00時59分 の追記


「探偵役を引き受けたのなら、最後までやり遂げるべきだ」
そう言ったのは、私のかつての師匠、柳蓮二さんでした。
私はその時のことをよく覚えています。


さて、今回は少し昔話をしましょう。
私がまだ探偵になる前、探偵見習いをしていた頃のことです。
事件は偶然招かれた古い洋館でのパーティーの最中に起こりました。
いえ、はじめ、私たちは偶然そこに居合わせた招待客のはずでした。
しかし、これは全て仕組まれたことだったのです。
彼が自ら、この私を探偵役に選んだのですから。
結果として言えば、私はその役を最後までやり遂げました。

これからお話するのは、私、名探偵柳生比呂士の最初の事件です。
この物語は私の物語ですが、同時に、彼の物語でもあります。
そう、名探偵柳蓮二、彼の最後の事件でもあるのです。


「山奥洋館密室暗号連続殺人事件」


〜ほぼ略〜


柳蓮二さんの目が私をとらえています。
しかし、その目は私をこえて、遠いどこかを見つめているようでもあります。
「いつから俺が犯人だと疑っていた?」
彼は小さな、しかし不思議とよく通る声で問いました。
私は少し息を吸って、答えます。
「冷凍庫で真田さんの死体を見つけた時です。あなたはあの時、ポケットを見ろと言われて、ズボンの方を真っ先に探りました。真田さんのコートに付いた大きなポケット、あれがダミーであることを以前に知っていたからでは、と思ったんです」
「なるほど」
「しかし、最初におかしいと思ったのは、この洋館に来る前です」
「ほう?」
「普段のあなただったら、招待状をもらったとして、せっかくの休暇にこのような山奥には来ません。なにか、ここに来なければいけない事情があるのではと勘ぐっていました」
「そうか。…お前は素晴らしい探偵になったな」
と彼は微笑みました。
その微笑みは、この山奥の洋館で二人を殺した人間には見えません。
いつも通りの、私の師匠である、名探偵柳蓮二の顔でした。

「しかしあれは誤算だった」
と彼は今度は苦笑いを浮かべました。
「あなたの連続殺人に乗じて、仁王と丸井がそれぞれ殺人を犯したことですか」
「ああ」
「確かに、あれのせいで私もいくらか混乱しました」
「だが、お前は見事、事件を解決した」
「はい」
私は頷き、それから、彼のことを真っ直ぐ見つめました。
「…なぜこのような事件を?」
私の言葉に、彼は一瞬考えるような素振りを見せましたが、やがて同じようにしっかりと私のことを見て、こう答えました。
「完璧な事件を作ってみたかった」
「完璧…」
「そう、完璧な事件、美しい犯罪」
彼は心底楽しそうに言いました。
「そんなものはありませんよ」
私は拳を固く握ります。
「どんな事件であっても、その前につくのは、完璧な、ではなく、卑劣な、です」
「そうだな」
彼は意外なほどあっさりと認めました。
「その通りだ」


ジャッカル警部へと身柄を引き渡す手前で、私は彼に訊ねました。
「完璧な事件を目指していたのなら、なぜ、私を呼んだのですか?」
実は私が一番気になっていたのはそこです。
完璧主義者の彼が、そのような不安要素をわざわざ用意したのはなぜか。
「なぜなら」
と彼は口角を上げます。
「完璧な事件こそ、完璧に解かれるべきだからだ」
そして優しく微笑みました。
「お前は完璧だったよ。名探偵柳生比呂士」
この日、柳蓮二は名探偵の座を降りました。
その役に新しく就いたのはこの私です。
しかしどうでしょう。
名探偵とはなんと孤独で淋しいことか。
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