04月19日(火)23時21分 の追記




日曜日の朝は遅い。
いつも昼過ぎまで寝て、何か簡単なものを口にして、それからやっと活動を開始する。
活動、といっても、だらだらする場所がベッドからソファに変わるだけだけど。
仁王も柳も、雑誌や本を読んだり、映画のDVDを見たり、その合間にお菓子を摘んだりと好き勝手に過ごす。
いつもはそうして、柳の作った夕食を食べて、風呂に入って、一緒のベッドで眠って一日を終える。
それなのに、今日は違った。


ある春の日曜日


朝の九時に叩き起こされて、仁王は機嫌が悪くなるよりも、訳が分からなかった。
一体どうしたんだ、こんな時間に起こすなんて。
「え、火事…?」
「何を寝ぼけているんだ、起きろ」
と鋭い声が降ってくる。
「なん、え、なんで?まだ九時じゃろ?」
時計を見間違ったのか。
もしかしてもう一時くらいとか?
「そうだな。九時だ。でも起きるんだ」
「な、なんで…?」
「なんでだと?忘れたのか?今日は横浜でやっている『世界不思議生物発見!』に行くと先週から約束していたではないか」

あ、と仁王は思い出した。
そういえば、そんな約束をしていたような気がする。
世界中の珍しい生き物の生態を暴くという、珍妙な展示会に行く約束を。

「というわけでさっさと起きろ」
柳が布団を剥ぎにかかってくる。
その姿が、仁王には極悪非道な悪魔に見えた。
こんな気持ちの良い朝の熟睡時間を邪魔するなんて悪魔だ。鬼だ。

「無理。後三時間…」
「三時間!?せめて三十分にしろずうずうしいやつめ!」
「ずうずうしいやつでええもん…」
と再び布団を被る。
「仁王!早く行かないと、混んで入れなくなるだろう!?」
柳の大声が頭に響く。
勘弁してくれ、そんな変てこりんな展示会に行くより、ここで寝てたい。
仁王はよっぽどそう言いたかったが、柳を見ると、彼はもう着替えも済ませ準備万端、全身から、楽しみでーす、という雰囲気である。

「じゃあ、後三十分…」
「よし、三十分後にまた起こしにくるからな」
そう言って、柳は出て行った。
仁王は再び眠りの世界に落ちていく。


「んー…」
もぞもぞと布団を這い出る。
時計を見てはっとした。
がばっとベッドから起き上がり、勢い良くドアを開ける。

ソファで、柳が一人で本を読んでいた。
「あー…柳…?」
呼んでみても、答えてくれる気配は無い。
完全に怒っている。
当然だ。
部屋の時計は四時を示していた。

仁王は柳の前にまわって、その顔を覗き込む。
「ごめん」
「…」
「い、今から行く?」
「もう間に合わない」
ぶすっとした表情で返される。
「あー…本当すまん。でも一人で行っても良かったんに」
言った途端、もの凄い剣幕で睨まれる。
仁王が、しまった、と思うよりも早く、柳はふいと逃げるように横を向いてしまった。
「嘘、嘘ごめん柳。一人で行ってもつまらんよな」
柳は何も答えない。
顔を思いっきりしかめたまま、本をじっと見ている。

どうしたもんか、と仁王は頭を抱える。
柳はめったなことでは怒らない。
けれど一度機嫌を損ねると、中々直してはくれないのだ。

「よし!」
と仁王は立ち上がる。
急に立ち上がった仁王に、驚いたように柳も顔を上げた。
「今からサティじゃ!」
「サティ…?」
「サティでデートじゃよ!」
「はあ…?」
柳は意味が分からない、という顔をしている。
「コンディショナー切れそうやったじゃろ。あれ買いにサティ行こ」
「別に今じゃなくても…というか出掛ける気にならない」
「今じゃなきゃダメ」
「なんでサティなんだ」
「いっつも俺ら近所のオーケーしか行かんじゃろ。やから、ちょっと遠出してサティでデートじゃ」
まだ状況を掴めていないらしい柳は、顔をしかめたままである。
でも、仁王はそんなことお構い無しだ。
「着替えてくるけ、五分後に出発な」
と言って、ドタバタと寝室に走っていく。

遠出、といっても、サティは隣の駅だから、服装に気を使う必要もない。
適当にその辺にあったチノパンと長袖のティーシャツに、ジャケットを羽織って、財布を引っ掴む。

「よし、行こ」
部屋で所在無さげに突っ立っていた柳の腕を引く。
「…っ仁王!」
「なんじゃ」
「もう怒っていないから良い!わざわざコンディショナーだけのために行くなど…」
「嫌じゃ。俺がデートしたいんじゃから」
サティのどこがデートなんだ、と柳がぶつぶつと言っているのが聞こえる。
「それにサティを甘く見たらいけんぜよ。なーんも買わん気で行ったのに、気付いたらかごが一杯になっとるけえ」
「…それ、騙されてないか?」
と言って、ようやく柳がクスリと笑ったので、仁王もようやくほっとする。
アパートの階段を下りながら、「はつっかさんじゅっにっち」とふざけて口ずさむ。





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