初恋




女の恋は上書き保存だという、そんなのは嘘だと思う。
何度好きな人が現れても、あの人といた時間は今でも胸の奥でキラキラとしているのだ。

同じ高校で知り合った千葉周一はとても高身長でモデルのような彼は学内で年上年下問わずモテていた。 剣道部の武道場にある小さな子窓には女の子がいつも見に来ていたし私はそれを横目で見ていた。

ふと開いていたドアから千葉くんと目が合いビックリした私は慌てて前を向いた。





「好きです」


ベタに屋上に呼び出され、千葉くんの言葉。
私は信じられなくて視線を地面のアスファルトに落とすと

「罰ゲーム・・・・・・?」
「いや、本気だけど」
「私と千葉くんそんなに接点ないよね?」
「接点無きゃ告白しちゃ駄目なのか?」

千葉くんはどうやらずっと私の事を見ててくれていたらしい。 5月の下旬、少し強い日差しの強さに目を細めた私を千葉くんは見下ろしながら

「知らないなら、これから俺の事知っていけばいいんじゃないのか」

何で千葉くんはこんな私の事を好きになったのか分からないけど、断る理由も無いし・・・・・・と私は小さく頷いた。




千葉くんと私は周りから冷やかされながらもお付き合いが始まった。
ちょっと俺様な所があったりするけど面白くて、部活が終わった後は待ち合わせして帰り道にあるコンビニのイートインスペースでアイスやホットスナックを半分こしたり、休みの日はショッピングモールへ行った。

はぐれるといけないから、と初めて握られた手は大きくて1ヶ月後気づいたら私は千葉くんが大好きになっていた。帰り道にそんな事を伝えると千葉くんは珍しく顔を赤くして嬉しそうに歯を見せて笑ってくれて、私も胸がぽかぽかして釣られて笑顔になった。

千葉くんの傷が入ったスクールバッグ、半袖からはシーブリーズの匂い、彼から来たメールは保護したり、親に早く寝ろと怒られた長電話。
俺様な千葉くんだったけど私を大事にしてくれて初めてキスをするのに1ヶ月は掛かったし、初めてお互い身体を重ねたのは3ヶ月後の夏休み。
異性と身体の作りが違う事や、幸せな痛みがあった事。全部教えてくれたのは千葉くんだった。

私はあの時かなり浮かれていて、今でもあの時の思い出は覚えている。


冬は2人で肉まんを半分こしたり、お正月は神社へお参りもした。
千葉くんは防衛大という所へ行って幹部自衛官になるのが夢だそうだ。私も県内の都心部にある大学に進学して遠距離が始まった。

しかし大学1年生の夏、別々の進路に行った私たちはすれ違うようになっていた。

お互い夏休みに入り、久しぶりに千葉くんがこっちに帰ってくる。と私は浮き足立って服を新調した。
数ヶ月ぶりに会った彼は遠泳訓練という海を泳ぐ訓練をしたらしく真っ黒に日焼けした顔になっていた。

高校生の頃から来ていた小さな喫茶店の、いつもの壁際の席に座る。 防衛大に入ってから千葉くんはまた身体が大きくなった気がしてピン、とした背筋を伸ばしながら

「別れてくれないか」

そう言った彼の顔はとても冷たい顔をしており、私は震えながら「何で?」と聞こうとしたが声が出なかった。
薄々分かっていた。 彼が行った学校は日本一忙しいと言われる場所でプライベートの時間もない。
それでも私は我慢して彼の負担にならないようにと頑張ってきたつもりだった。

「・・・・・・分かった」

出ようとした言葉とは違う返しをすると、千葉くんは「すまない」と頭を下げる。
それからはどうやって帰ったか記憶にないが、私は家に帰ったら大号泣し心にぽっかりと穴が空いた気持ちになった。

千葉くんとはそれっきり連絡をしていなくて、普段通り大学生生活に戻った私はそれなりに恋愛をした。
恋愛をしたというよりは、年相応の性欲を持て余していたため好きでもない大学生の同期や先輩、友達の浮気相手になったりと自暴自棄になっていた。
それでも心の中には千葉くんが居て、どんな人を好きになっても千葉くんだけは忘れられなかった。



就職して数年後、異動となり都心部の事業所に配属されて半年。
相変わらず多い人混みに揉まれながら改札に向かうと、とても背の高い青い迷彩服を着た男性が仁王立ちしている後ろ姿を見つけた。

190cmほどある身長はとても目立ち、改札に向かってくる人はチラチラとその人を見上げる。
私もICカードを取り出して改札を出ようとすると目の前から白い制服を着た学生が駆け込んできて思いっきりぶつかってしまった。

突き飛ばされた私はそのまま尻もちを付く。
もう20代半ばになるとこれくらいの衝撃でもだいぶダメージが大きく、うめいてしまった。

「大丈夫ですか!?」
「近藤、女性を頼む」

背の高い迷彩の男性はそう言うと何かの言い合いになり殴り掛かって来た所を腕を掴んであっという間に地面にねじ伏せてしまった。

何が何だか分からなかったが、あれよあれよと事態は収まり私を支えていてくれていた男の子を見て笑うと

「あの、私は大丈夫なので。これで」
「えっ、いや、我々のせいでもありますので、せめて治療くらいは」
「膝と手のひらを擦りむいたくらいだから大丈夫よ。 ありがとう」

私は立ち上がろうとすると目の前に大きな手が差し出された。
慌てて見上げて私は目を見開く

「千葉、くん?」
「お前・・・・・・」

千葉くんは目を見開くと介抱してくれた男の子を見ると

「近藤、こいつらを外に停めてある車に連れてってくれ」
「はい!」

近藤くんと呼ばれた子は私に会釈するとぐったりと伸びた学生の子を引っ張って行った。

「立てるか」

そう言って立ち上がらせてくれた千葉くんはあの頃より大人びていて、私は俯くと小さく頷いた。

「久しぶりだな」
「う、うん・・・・・・まさかこんな所で。 何だったのあれ」
「集団脱柵さ。 1学年にはよくある事だ。 嫌な予感がしてさっきの私服の学生と打ち合わせして待ち伏せしてたんだ」
「そっか」

脱柵という聞きなれない言葉だったがまあいいか、と千葉くんは私の服装を見て首を傾げると

「仕事か?」
「うん」
「そうか、止めて悪かった」

そう言うと千葉くんはスマホを取り出し、暫く考え込むと

「・・・・・・後から痛みが出る事がある。 念の為連絡先を聞いてもいいか」
「あ、うん・・・・・・」

昔とは違ってガラケーではない。スマホを弄る千葉くんがすこし不思議な光景に見えてしまう。
アプリを開いて連絡先を交換すると千葉くんは素早く仕舞うと

「何かあったら遠慮なく言ってくれ」

そう言うと駆け足で車へ向かい、学生の子と何か話し私をチラッと見るとエンジンを掛けてどこかへ行ってしまった。






「悪いな、呼び出して」
「ううん」

数日後、千葉くんから連絡が来て詫びがしたいと食事に誘ってくれた。
遠くには観覧車や遊覧船がゆっくりと走っており千葉くんはそれを眺めながら

「あの時は悪かった」

大学1年生の夏の事を話しているのだろう。
私はいいよ、と首を振ると

「千葉くんが忙しいの知ってたし、理解してたから」
「すまなかった。 あの時は目の前の事に精一杯で・・・・・・」
「うん。 分かってたよ。 それを理解した上で千葉くんと付き合ってたんだから」

結果的には振られてしまったが。
千葉くんは夜景から真っ黒な海に視線を落とすと

「・・・・・・都合のいい話かもしれないが、やり直せないか」
「え?」

私は驚いて千葉くんを見上げると

「私に彼氏居たらどうするの?」
「居るのか?」
「・・・・・・居ないけど」

言ってて悲しくなってきたな、と顔をしかめさせると千葉くんがクスッと笑った。

「不貞腐れる時の顔は相変わらずだな」
「そっちこそ都合良すぎない? 相変わらず俺様」
「千葉様だからな」

大人びた千葉くんが昔のように悪そうな笑みを浮かべる。
あれから随分と年月も経ち、お互いの価値観や考えが変わった。
それでも初めて告白された時の事を思い出して千葉くんを見上げる。

「私と千葉くん、そんなに接点ないよね?」

そう言うと千葉くんは目を見開いて少し笑いをこらえると、

「接点無きゃ告白しちゃ駄目なのか?」

千葉くんは1歩私に近づいて手を差し出すと

「知らないなら、これから俺の事知っていけばいいんじゃないのか」

相変わらず俺様な千葉くんの目は夜景に負けないくらい輝いていて、その大きな手を取るとあの日のように歯を見せて笑った。







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