モテる同期






2月14日、それはバレンタインでこの忙しい防衛大も少し浮き足立ってしまう。

「そうか、今日はバレンタインか」

朝の一斉喫食・・・岩崎がそう呟くと隣にいた坂木は顔を上げて眉をしかめると

「ったく、試験期間中だぞ。浮かれたヤツらには指導しねぇとな」
「ははは、そう言うお前も妹から貰うんだろう?」

今年入ってきた第1学年の妹である岡上乙女。

坂木は一瞬固まったが・・・ふん、と鼻を鳴らせば楽しみだな、と岩崎は茶化した。



★ ★ ★



「やっほー坂木。お疲れ!」
「おう。お疲れ。」


同じ航空要員である女学のみょうじなまえ。

さっぱりとした性格で見た目は黒いショートヘア、前髪を作るタイプでは無いのか今日も垂れた前髪を耳に髪を掛ければこちらを見て手を挙げた。

片手には課業の道具が入っている鞄。そのもう片手には大きな紙袋。坂木はそれを見ると思わず

「・・・大荷物だな」
「でしょ?後輩達から貰ったの」

ドヤ顔をするなまえは紙袋の中身を坂木に見せた。市販のお菓子もあれば、どこかの百貨店で買ったような箱もあり色とりどりだ。

「女学から貰ったのか?」
「うん。」

男よりモテるなまえ。
そう、このなまえは女学からモテるのだ。
1学年の頃はそうでも無かったのだが2学年、3学年、そして4学年になるにつれてそのチョコレートの量も多くなっている。

「いやぁ、モテる女は辛いね」
「へいへい」
「坂木くんは貰ったのかな?」
「・・・あ?」
「あ、妹ちゃんから貰うか!いいねぇ〜」

同なまえも乙女と坂木が兄妹というのは知っている。小声でそう茶化すように言われ坂木はうっせ、とそっぽを向いた。


みょうじ なまえとは最初は大隊が違ったが要員で組まれた2学年からは大隊が被っている。そのため顔を合わせる確率が高く訓練も一緒。 長い前髪からちらりと見える横顔や前髪を耳に掛ける仕草、猫のようにパッチリと少しつり目がちな目。

男女関係なく顔の広い彼女はいつも誰かに話し掛けられており、妹の乙女も「隙の無い方で指導も的確で分かりやすく、とても素敵な方です」と目をキラキラさせていたのを思い出す。

美味しそうだな〜と紙袋の中身を見ているなまえを隣で眺める。

立ち振る舞い・・・?自分の前ではヘラヘラしているだけなのだが、と坂木は内心首を傾げ浮かれているなまえを肘で小突くと

「おい、転ぶぞ」
「ああ、うん。ごめんごめん」

なまえは顔を上げるとニッと笑う。
食堂で隣の席に座り今日の課業や試験の話、訓練の話をマシンガントークされ坂木はそれに対してああ、やそれは・・・などと返した。


★ ★ ★




白熱した昼食を済ませ、次の課業・・・どうせ教室も同じなのでなまえと肩を並ばせて教室に入り席に着いて鞄を開けると

「・・・あ?」

鞄の中身が違うのだ。

「(あん時か)」

食堂でギリギリまで談義してしまい慌てて鞄を掴んだのだ。持っている鞄は皆同じものでパッと見分からない・・・あの時入れ替わったのだろう。

鞄を開けた瞬間から自分の鞄とは違う香り・・・持ち物は同じ教科書だが可愛らしい猫の筆箱。 気のおける同期とはいえ女性、見てはいけないものを見てしまったような気分になる。


「・・・ん?」


そして鞄の中にはラッピングされた箱が入っていた。それは赤い箱でいかにも「バレンタインチョコです」とドヤ顔で主張している。


・・・これは貰ったのか?いや、なまえは紙袋に入れていたはずだからあの袋に入れる余裕は十分にある。

他の男にあげる予定のもの、その選択肢が脳裏に過ぎり途端ずしりと重くなった身体。

「(なんでガッカリしてんだオレ・・・)」

なまえの顔をちらりと見れば、なまえも鞄の中身が違ったのに気づき真っ青になったかと思いきや何かを思い出した途端、真っ赤な顔になってこちらを見つめてくる。

交換する暇もなく開始の音が鳴り仕方がない、と坂木は目配せするとそのままなまえの道具を借りて課業を受けることにした。


★ ★ ★




「(ぜんっぜん頭に入んねぇ・・・)」


むしろイライラしてしまう。
正直なまえとは女学の中で1番仲がいいと思っていたのだ。あのなまえに好きな人がいる、それだけでモヤモヤが晴れずムスッとした顔になってしまう。

「(つか、アイツも恋愛するんだな)」

さっぱりした性格で男女関係なく仲がいい。そんな素振り見せなかったではないか。そして、もやもやイライラする自分も分からない。それにまたもやもやイライラしてしまうという負のループが続く。

坂木はもやもやイライラしたまま課業が終わり、教官や周りのなまえが教室を出るまで待ち続ける。同期もまた、ノートを仕舞わず俯いたままだ。


シンと静まり返った教室・・・2人だけになりようやく、と坂木は立ち上がると椅子の擦れる音が響きそれと同時になまえの肩がビクッと震える。

何をそんなに怯えているのか、内恋がバレたからだろうか。坂木は鞄を持ちなまえが居る窓際へと歩みを進めると

「・・・ほらよ」

トン、と机の上に鞄を置くと同期もおずおずと坂木の鞄を差し出した。

「・・・ごめん、坂木」

普段元気ななまえが俯いたまま、そう呟くように謝った。

「あー・・・別に。あの時慌ててたからな、仕方ねぇよ」
「うん・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」

黙り込んでしまう空気に坂木は首に手を置くと

「・・・内恋に関しては黙ってる」

返事を待たず、坂木は

「岩崎も言ってるだろ、バレなきゃいいって」
「さか、き」
「せっかく準備したんだ、ちゃんと渡せよ」

ポン、と頭に手を置いて教室を出ようとする。
これでいい・・・なまえの顔が見れないまま坂木は足早に教室を出ようとすると

「ま、待って!」
「あ?」

駆け寄ってきたなまえは俯いたまま、先程の箱を持っている。 一体なんだ、と首を傾げた瞬間胸に強い衝撃が来て「うっ」と声が出た。

「・・・ちゃんと、渡したから!」

前髪から覗く顔は涙目で、白い肌は真っ赤に染まっている。なまえの顔を見て、箱を見る。

「は・・・?」

箱を受け取ると、なまえは振り切るように猛スピードで廊下を走って逃げていった。取り残された坂木と箱・・・その箱をよく見ると「坂木へ」と書かれているではないか。

途端顔が熱くなった坂木は箱を急いで、大切に鞄に入れるとなまえを追いかけた。


「おいコラ!みょうじ!待て!」


そう大きな声を張り上げると周りにいた下の学年がビクッと震えながら敬礼をして坂木も返しながら走る。

「アイツ足速すぎんだろっ」

坂木はスピードを速めるとなまえの手首を掴んだ。

「さ、さか、き」
「っはぁ、はぁ、ったく・・・待てったら待てよ」

お互い息を整えながら、空き教室を探してその中に入る。初めて掴んだ手首は折れそうなほど細く華奢だ。

力を入れすぎていたのでふっと力を抜くとなまえは鞄を抱きしめると

「な、なにさ・・・?」
「は、はぁ・・・分かんねぇけど、追いかけてた」

足が勝手に動いていたのだ。
なまえは鞄で顔を隠すと

「要らなかったら捨てて、いいよ」
「あ?捨てるわけないだろ」

その言葉になまえは顔を上げると坂木は頬をかいてそっぽを向いている。

それを見てまた頬を赤くさせて嬉しそうに笑うなまえ。そんな可愛らしいなまえの顔は初めて見た・・・途端緊張してしまい坂木も顔に熱が集まるのを感じる。

「おい、みょうじ」
「はいっ」

坂木はグイッとなまえの細い手首を掴んで引き寄せると真っ直ぐ目を見つめて

「・・・卒業式、話がある」

それがどういう意味か分からないなまえではなく、こくこくと顔を真っ赤にさせて頷くだけだった。


END








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