5. 大人しいとなんだか寂しいです【完】





ティルさんのメイドになってから2ヶ月。


私は普段ティルさんのああいう変態じみた一面しか知らなかったのでメイドになってからいろんな一面が見えた。


ティルさんのお世話をしやすいようにというご厚意で5階に引っ越してきて(いい迷惑だったけど!)

そのせいか距離がだいぶ縮んだ気がする。


ティルさんは遅くまで執務をしているときが多いし、執務の合間にどこかボーッとしていたり、私が部屋を後にした後苦しそうに呻いている時もある。

それはきっと、ティルさんの手に宿っている真の紋章のせい・・・とルックくんは説明してくれた。

飄々としているけど彼はこの軍のリーダー、私と歳は同じなのに背負っているものの重さが違う。


ボーっとしてる時に考え事ですか?って聞くとにっこりと笑って「楓の事考えてた」とか言って冗談を言う。



そしてある日・・・彼にとって大きな変化が現れた。





「おはようございます」


と言っても返ってくる声はない。
おはようございます、楓ちゃん。という優しい声も、もう聞こえない。


この2ヶ月で何が変わったかといえば、グレミオさんがいなくなったことが一番大きい。

彼はティルさんをかばってソニエール監獄で人食い胞子に食べられてしまった、とビクトールさんから聞いた。

ソニエールから帰ってきたティルさんは気絶していて、目は真っ赤に腫れていた。 グレミオさんはティルさんが小さな頃からお世話していた方で、ティルさんも兄のように母親のように思っていたに違いない。

そんな肉親に近い人を亡くしてさすがにいつも笑顔のティルさんもしばらくは笑わなくて部屋からも出なかった。

私もグレミオさんに大変お世話になった。
あの笑顔がもう見れないと思うと悲しいし、作ってくれたシチューは凄く美味しくて。

しばらく泣いていたけど、ティルさんの方がもっとつらいはずだ、と涙を拭った。


私はというと、できる限りの事をやった。
多分彼は誰とも会いたくないだろうしせめてご飯だけでも、と毎日作った。

こういうのは時間が解決する他無い。
数日後ティルさんは復活して(ちょっとやつれてたけど)私に「ありがとう」とお礼を言ってきた。




そして間髪入れずに、またティルさんに不幸が訪れた。

彼のお父さんは赤月帝国将軍であるテオ・マクドールという方で、当然赤月帝国に反旗を翻す解放軍ともいずれは戦う運命だ。

テオ将軍が出陣した、と聞きティルさんは「そう・・・」とだけ言って部屋に戻った。



その日の夜、私はティルさんの部屋に来ていた。
手にはサンドイッチを乗せたお皿と紅茶だ。

ノックをすると「はい」と聞こえる。


「ティルさん、楓です」
「楓? どうぞ」
「失礼します」


お盆を片手で持ちドアを開けるとベッドに座るティルさんが居た。

部屋は机のランプしかついてないのでほぼ真っ暗だ。


「晩御飯っていうのも遅いですけど、作りましたから」
「ありがとう楓。いつも悪いね」
「いえ」

変態スイッチが入らなければティルさんはいつもこんなかんじだ。

私は笑うと机にお盆を置いた。



「夜更しすると明日がキツいですよ?」


時間は0時を回っている。
ティルさんは時計を見ると「もうこんな時間か」と微笑んだ。


「また考え事ですか?」
「ん?うん、ちょっとね。ねえ楓、隣座りなよ」
「へ?はい」


ティルさんのベッドは大きくてふかふかだ。
その隣に座ってティルさんの手元を見るとどうやら写真を持っているらしい。

「写真ですか?」
「うん、見る?」
「いいんですか?」
「減るもんじゃないし」


そう言って受け取ると家族写真だった。

大きな体格をした角刈りの男の人に、黒い髪の毛が綺麗な女の人。その女の人の腕の中には赤ちゃんが抱かれている。

これはもしかして

「ティルさんの、お父さんとお母さんですか?」
「そうだよ」
「へぇ・・・」

ティルさんはどうやらお母さんに似たらしい。
思わず私は笑ってしまった。ティルさんは笑い混じりに「何?」と聞いてきた


「ティルさんってお母さんに似てるんだなって」
「よく言われる。母さんは僕が小さい頃に亡くなってるからあんまり覚えてないけど・・・」
「ティルさんと同じように優しい人だったと思いますよ」
「僕優しいかな?」
「優しいですよ。じゃなきゃ私を拾ってくれたりしません」

そう言うとティルさんは驚いて、そしてそっか、と笑う。 私はあ、そうだ。とポケットからスマフォを取り出して電源を入れる。

フォルダを立ち上げて写真を漁ればそこには1枚の写真があった。


「これは、楓の家族?」
「はい」


丁度姉が成人した時にスタジオで撮って出来上がった写真から撮った写真だ。

ティルさんはへぇ、と見ると

「楓はお父さんに似てる?」
「う、そうなんです・・・」
「はは、でもお母さんにも似てる気がするな」


ティルさんは笑っていたが、ふと悲しそうな顔をして


「明日なんてこなければいいのに。そうすれば、父さんとも・・・」


グッと握られる拳。
私はティルさんの手に自分の手を乗せると


「ミルイヒさん達の時みたいに説得すればいい。大丈夫だよ」
「楓・・・」
「だって親子なんだもん。そんなことしちゃ駄目だよ」

何故かわからないけどこちらの方が泣けてきた。
ティルさんは驚いたけど、いつものように微笑んで

「ありがとう、楓」
「いえ・・・っていうか敬語忘れてました」
「気にしないよ。僕と君しか居ないんだし」


そう言ってティルさんの手が伸びて涙を拭ってくれる。


「それに・・・」
「ん?」


私は思ったことを口に出した


大人しいとなんだか寂しいです




「・・・・・・」
「ティルさん?うわっ!」

突然ティルさんに押し倒された。
ティルさんはとても嬉しそうに


「そっかそっか、楓。構ってあげれなくてごめんね」
「え、いやそこでスイッチ入れなくていいですから」
「今日は楓も一緒に寝るからね」
「いやいや私制服ですし」
「え?・・・ははっ、楓は大胆だなぁ」
「何をどう解釈したんですかねあなた!」
「裸で寝たいのかと」
「ばっ・・・!!!!(……気のせいでした!   こいつはただの変態だ!!)」




ただ、最初の頃のような嫌なかんじはしなかった。きっと彼のいろんな一面をいっぱい知ったからだと思う。

だから彼の事をほっておけないし・・・


ああ、そうか、私は彼の事が好きなんだ。






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