逃亡



あれから別行動をしていたハンジはマーレの労働施設であるレストランに調査をした所サシャを殺害したカビとファルコが居た。

脱走した2人はどうやらサシャの両親であるブラウス家に身を隠していたそうで、ニコロは仇を取ろうとしたがサシャの父親に止められた。代わりにサシャに救われた娘の1人カヤがガビを襲ったがミカサに止められ別室へ連れていかれ、ニコロにワインボトルで殴られたファルコはそのワインボトルに含まれた液体・・・ジークの脊髄入りワインを口にしてしまったため身体や口の中を洗浄している最中、エレンがやってきた。

そのままハンジはフロック達にジーク達がいる場所を案内するよう言われ、巨大樹の森付近に近づくと破損した馬車を発見した。
ハンジは辺りを見渡すと、調査兵団の外套を身につけた2人が河川付近に倒れているのを発見し駆け寄った。

「おい! 大丈夫か、生きてるか!」

ハンジは駆け寄って抱き上げると顔を見て絶句した。

「マコト・・・? マコト!」

左脚から腕にかけて火傷を負い、顔は木片が突き刺さり左の頬に大きな傷がある。
では、そこでうつ伏せに倒れている人物は・・・ハンジは震える手で抱き起こすと

「リヴァイ・・・」

リヴァイもまた顔中に木片が突き刺さり、右目から口元にかけて大きな裂傷。この状態ではどこまでのダメージがあるか見れないが、抱き上げた拍子にこっそりと脈を測れば僅かだが動いていた。

「う・・・」

そんな声が聞こえ、視線を動かすとマコトが目を覚ました。

「マコト!? 何があったの! っていうか、動いちゃダメだ!」
「ハンジ、さん・・・? と、フロック?どうして・・・」

雨の中冷たく見下ろしてくるフロック達。彼らは拘束され懲罰房に行ったのでは?痛みに顔を顰めながらそんな事を考えていたがマコトは無理やり身体を動かす。

「リヴァイさん、は、どこ・・・」
「マコト、リヴァイは・・・」

ハンジの腕の中にはぐったりとしたリヴァイの姿。
それを見たマコトは痛みなど吹き飛びリヴァイに近づくと息をするのを忘れるほど固まってしまった。

「リヴァイ、さん・・・なの?」

ハンジからリヴァイを受け取るがぐったりとしておりマコトの腕からズルズルと落ちそうになるが必死に抱き寄せ、震える手でリヴァイの頬を撫でた。

「リヴァイさん。お、起きて、リヴァイさん・・・いや・・・なんで・・・」
「マコト、落ち着きなさい」

ハンジはそう言うが、マコトは血だらけの顔でハンジを見つめるとボロボロと涙をこぼした。

「落ち着けるわけ、ないっ・・・だってリヴァイさん、こんな酷い怪我して、血が止まらない、ねぇお願い、起きてよ」

リヴァイは薄らと目を開いているがその目は焦点が合っておらずマコトを捉えることがない。いくら揺さぶっても、リヴァイの意識は戻ることがなかった。

それを見ていたフロック達は銃を構えると

「何があったか知らねぇけど、一番の脅威が血まみれになってる」
「頭に一発撃ち込んで起きましょ・・・ガッ」

そう兵士が口にした途端、マコトは近くにあった石を兵士の顔面目掛けて思いっきり投げつけると

「近づくな、お前の頭に一発撃ち込む」
「クソッ・・・」
「マコト、落ち着いて欲しい。 ・・・残念だけど、リヴァイは亡くなってる」

ハンジはマコトに向かって淡々と話すと、マコトは目を見開き首を振る。

「いやだ、いやだ、いやだ、そんなはずないよ、ハンジさん」
「マコト。君だって訓練時の事故を見た事があっただろう? 外傷以外に内蔵がズタズタになって即死だ」

それを聞くとマコトは顔を青白くさせリヴァイを見下ろす。 心臓がバクバクと鳴り、息が上手くできずマコトは過呼吸気味になるとハンジはマコトの背中を撫で抱き寄せた。

「俺も脈くらい測れるので、見せてください。ああ、あと。エレンからマコトさんも連れてこいと言われている。丁度いい、負傷してるから運びやすい」
「え?なんでマコトを?」

ハンジがそう聞くと、周りにいたイェーガー派が騒ぎ出した。

「フロック!巨人の様子がおかしいぞ!」

倒れていた巨人が突然蒸気で辺りが煙に包まれる。
マコトはその光景を見て近くに巨人など居ただろうか・・・と記憶を辿るが頭を強く打ったのとリヴァイの光景に混乱して何も考えられない状態だ。

雨が上がり、雨雲から光が指す中蒸発した巨人の中から現れたのはジークだった。


マコトはそんな光景に目を見開いていると、ハンジは抱き寄せていたマコトの耳元で

『マコト、分かる?』
「え・・・?」

ハンジは日本語でマコトに喋りかけてきた。
こちらの世界に飛ばされた時、ハンジから言語教育を受けた際、興味を持ったハンジにも遊び程度に日本語を教えた事があった。

カタコトながら日本語を喋ったハンジに目を見開くとハンジはジークに気を取られるイェーガー派の様子を伺いながら、

『だいじょうぶ、りばいは、いきてる』
「ッ・・・」
『ここから、にげる』

指をさしたのは唸るような音を立てる濁流の中。

『いきてる、でも、手当しないと、間に合わない』

途切れ途切れのハンジの言葉が頭に響きマコトはハンジを見上げ、

『逃げよう』

その言葉にハンジは頷くとマコトはリヴァイを強く抱き締め息を大きく吸うと、ハンジと共に濁流の中へと飛び込んだ。



濁流の中、傷が染みるなど分からなくなるほどの冷たい水がマコトの身体を襲う。ただマコトはひたすらリヴァイを離すまいと強く抱き締め濁流の中にある岩からリヴァイを守る。

「ぶはっ! ここまでくれば、大丈夫かな」

水面から顔を上げればハンジは掴みながら泳いでいたマコトのベルトを引き寄せると

「マコト、大丈夫?」
「はい・・・ありがとう、ハンジさん」
「2人が無事でよかったよ。お互い何が起きたかは、とりあえず後で。 まずはリヴァイをなんとかするのと、マコトの怪我も手当しないと・・・」
「私は平気です。 リヴァイさんを優先ましょう」

マコトは再び溢れそうになる涙を堪えながらそう言うとハンジと共に草に捕まり川に上がると2人でリヴァイを寝かせる。

「水飲んでるかもしれないね」
「人工呼吸します」

マコトはリヴァイの気道を確保すると息を吹き込む。

「がっ・・・は・・・」

水のおかげで血が落ちたリヴァイの顔は尚も痛々しい姿。そんなリヴァイの顔色はいつも以上に青白く咳き込んで水を吐き出すとまた意識を失った。

「よかった・・・」
「私が運ぶよ。マコトは歩くので精一杯でしょう?」

ハンジはリヴァイを「ちっさいのに重てぇ!」と言いながら担ぐと森の中へと向かう。
しかし一向に歩みを進めないマコトにハンジは振り向くと、マコトはボロボロと涙を零して泣いていた。

「ちょ、マコト・・・大丈夫?」
「う、ひっ・・・ハンジさん・・・どうしよう・・・リヴァイさんが死んじゃったら・・・私、私・・・」

わんわんと子供のように声を上げて泣き始めたマコトにハンジは呆気に取られリヴァイを落としそうになる。

こちらの世界に飛ばされた当初、彼女は弱音を吐くことなくこの世界に適応しようと食らいついてきた。
いつも強気でいつも笑顔の彼女が泣くところは、仲間の死を悲しむ瞬間、最後この世界から帰る瞬間だけであった。

彼女が泣かずに居られたのも、きっとリヴァイが側にいてくれたおかげだろう。そんなリヴァイが瀕死の状態で正気を保てるはずがないのだ。

ハンジはやれやれと近づくと両手が塞がっているためマコトの頭に頭突きをした。

「いっ・・・」
「めそめそするな! いつものマコトらしくないよ! しっかりしな!」

ハンジの叱責にマコトはすみません、と嗚咽混じりに呟き涙を拭うと遠くから馬の足音が聞こえてきた。

「速い、もう追っ手が・・・」

ハンジはリヴァイを担ぎ直し、マコトもハンジの補助をしながら森の中へと進んでいく。
周囲を警戒しながらリヴァイを生い茂った草に寝かせ着ていた兵団の外套で顔の止血をする。

「幸いにも怪我は顔と・・・指だけだね」

リヴァイの手を見ると右手の人差し指と中指が雷槍の爆発で吹き飛んでしまっている。そんな痛々しさにマコトは目を細めると突然ハンジはマコトをリヴァイの隣に寝かせた。

「ハンジさん?」
「マコト、アナタも怪我人。 休んでなさい」
「でも」
「でも、だってじゃない。 団長命令」

額を軽くデコピンされるとハンジは森の外へと出ていった。


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