麻琴達の実習室・・・麻琴と同室の知念はペンを走らせていると部屋長の真下がねえねぇと2人に声を掛けた。
「そう言えば、2人は霊感ある?」
「いえ・・・無いですけど」
知念も麻琴も見たことないです、と首を振る。
それを聞くと真下はニヤリと笑い
「この時期になると、防大内に幽霊が沢山出るんだよ」
「え・・・出るんですか!?」
防衛大学には様々な怪談話がある。ある日廊下に出ないようにと言う当直の幹部自衛官からのアナウンスが流れドアの上に付いてある回転窓を通して生首がスーッと廊下を飛んでいたり、万歳するだけの手が見えたりする。
怖がる知念に麻琴もあらら・・・と口を抑えると
「見える人だとハッキリ見えちゃうそうですからね・・・」
「人数数え間違えた人も居るみたいだよ・・・」
「うーっ怖い・・・肝試しとかさすがにやりませんよね?」
知念がそう聞くと、真下と柳はニヤニヤ笑い
「実は、あるんだよ」
「「・・・・・・へ?」」
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「えーもし幽霊が出たとしたらそれは、皆さんの先輩!見かけてもやっほーって手振ってあげてくださいね」
中指の緩いトークを聞き全員が「無理だろ」と頭の中で呟いたが食堂では他の大隊でポルターガイスト現象やら白い影を見たという目撃情報が絶えなかった。
そしてある日の夜・・・
レクリエーション担当の西脇が拳を上げると
「今から春の試胆会を行うー!」
「うおおおお!!!!」
上級生の威勢のいい声が聞こえ1年は何事だと慌てふためく。第二大隊、食堂と風呂場を通り、PXにあるトイレへトイレットペーパーを置き、次のペアはそのトイレットペーパーを持って帰ってくる・・・という流れらしい。
「なんと!今年はは男女混合ペアだ!!」
「うおおおおお!」
「やったぜー!!」
「さすが!!」
喜ぶ中、女学生達は白い目で
「うわっ最悪」
「絶対嫌だ」
「キモイ!」
そう罵られていた。
麻琴は箱の中から番号を取ると・・・15番・・・
「じゃあ、ペア組んでもらうぞ〜まずは1番!」
男子は女子と当たれ・・・当たれ・・・と祈願し、女子と当たった男子は大喜びをしている。
麻琴と知念は、出来れば女子とがいいよね〜と話していると
「15番!」
「はい!」
番号を回収するため、西脇のところに行くとニヤッと笑い
「真壁!」
「はい!」
「お前は坂木とペアだ!」
「うわぁ」
やばい、と口を塞ぐと坂木に頭を鷲掴みにされた。
「真壁・・・お前今うわぁて言ったろ」
「いえ!そんな!ご一緒できて!嬉しい限りです!」
首がもげそうなほど首を振るのだった。
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「じゃあ15番!行ってこい!」
トイレットペーパーは麻琴が持ち、坂木は懐中電灯を持って歩く。
ほかの大隊は実習中だろう、電気は着いているが出歩く様子はない。
「お前、こう言うの平気か?」
「えと・・・多少は・・・」
そう返事をしながらもいつもの道だ・・・いつもの道だ・・・麻琴はそう言い聞かせて坂木の斜め後ろを歩いていると
パチンッ
「ひっ!」
ラップ音らしき音が鳴り、麻琴は驚いた拍子にトイレットペーパーが宙を舞い思わずキャッチをする。
多少じゃないだろ・・・と眉を寄せると
「・・・大丈夫かよ」
「へ、平気です!」
麻琴は冷や汗をダラダラと流しながら坂木の後を追いかけた。
閉店したPXの建物・・・麻琴と坂木はドアを開いてまっすぐ伸びる廊下を歩く。
普段慣れたこの建物も、電気を消してしまえば雰囲気がガラッと変わってしまう。
坂木は3年目・・・さすがに慣れているのかスタスタと歩いている。置いていかれないように・・・と麻琴は速度を早めた瞬間首にヒヤリとしたものが当たり
「っぎゃあああ!」
「っおい!」
突然絶叫してしゃがみ込んだ麻琴にさすがの坂木も驚く。
チラッと麻琴の後ろを見ると釣竿にこんにゃくをぶら下げた4年の先輩がニヤニヤとしており、シーッとジェスチャーをされるので坂木は軽く頷いてしゃがみ込んだ。
「真壁、ほら立て」
「う、うぅ・・・なんか首に・・・」
「・・・気のせいだろ。怖いと思わなけりゃいい」
「こ、怖くないです!」
「さっき悲鳴あげたろ」
ぐっ・・・と麻琴は図星を突かれる。坂木は仕方ない、と手を差し出してきた。
麻琴は手を見て顔を見上げると、坂木は目線を逸らしながら
「ほら」
「あ、ありがとうございます・・・」
おずおずと手を取るとグイッと引き上げられた。
大きな手のひらにゴツゴツした手、麻琴は俯くと
「(手・・・おっきい・・・)」
「(ちっせぇ手だな)」
行くぞ、と照れを隠すように坂木は手を引くと麻琴も頷いて重い足を動かした。
パチンッ
「ひっ」
ガタガタッ
「う〜〜〜っ!!」
部屋の中から聞こえる音全てに麻琴は反応しては、最終的に坂木の腕にしがみつく形になっている。
「・・・おい真壁、もう少し離れろ」
「坂木さん!やっぱ鬼ですね!」
「あ?」
しがみつく麻琴の胸が腕に当たっているのだ。・・・坂木も一応男子なので腕に意識が行ってしまう。
「(ああ、くそ・・・早く着け・・・)」
バンッ!
今度は窓に手が写りこんだ瞬間
「もう無理〜!坂木さあああん!おんぶしてくださいー!」
「はぁ!?馬鹿野郎自分で歩け!」
「負傷した隊員だと思って〜!訓練ですよー!」
「あーくそっ」
「わっ!」
坂木は肩に麻琴を担ぐと走り出したのだった。
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「ったく・・・着いたぞ」
「あ、ありがとうございます・・・」
半べそな麻琴は手汗まみれのトイレットペーパーを持ちながらドアを開けるが・・・
「・・・あの、坂木さんは着いてこない・・・のですか?」
「あ?俺は疲れた。すぐ終わるだろ」
「うっ・・・はい・・・」
涙目で見つめてくる麻琴に坂木は舌打ちをすると
「・・・置いたらダッシュで帰ってくればいい」
「了解です!」
麻琴はいざ!とトイレのドアを開けて指示通りの場所にトイレットペーパーを置くとふぅ、と一息を着いた。
すると
「おい」
「ひっ!」
声を掛けられて振り向くと、そこには坂木が立っていた。
麻琴は顔を見てホッとすると
「坂木さんかぁ〜ビックリました。着いてきてくれたんですね。」
何だかんだ優しい鬼だ・・・と坂木に向かって笑うと
「ああ」
「・・・?坂木さん?」
すると坂木は突然敬礼し始めたので、麻琴もピッと敬礼をしてふと気づいた。
坂木は、テッパチ(鉄帽)など被っていただろうか?
それに、坂木は背嚢などを背負っていただろうか?
以前中指が話した言葉を思い出す。
仮に見たとしても、それは先輩だからやっほーと手を振っておけばいい。
足元を見ると、その坂木と思われた兵士の足は無く・・・鏡を見ても麻琴しか映ってない。
これは完全に
幽霊というやつだ。
「・・・・・・でっ、でたああああああ!!!!!」
麻琴はそう叫ぶと意識を失った。
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トイレの中から「出たあああ!」という絶叫。
「真壁!」
坂木は慌ててドアを開けると、そこには仰向けになって倒れた麻琴が居た。
「真壁!おい!」
鏡を見間違えたのでは・・・と坂木は眉を寄せたが起きる気配がない。
「仕方ねぇ・・・」
坂木は麻琴を外に引きずり出しうつ伏せにすると起き上がらせ腰を掴んで立ち上がらせる。この時麻琴と抱き合う形となり一瞬坂木は躊躇ったがお腹を背負い込むようにして肩に担ぐと坂木はPX棟を出た。
消防士搬送された麻琴を見た第1大隊は何事だと騒ぐ。
坂木はため息をついて
「・・・出たーって叫んでドア開けたら気絶してやがった」
本当に出たのか、4年生の仕業なのか・・・坂木は全員を見ると
「トイレには先輩達、居なかったぜ」
そう意味深に言うと残り組はヒッ・・・と声を上げ大久保はとりあえず・・・とスマホのカメラを構えると
「帰ってきた人は記念写真撮ることになってます。面白いからそのままでいいでしょう」
カシャ!と撮った写真には、麻琴が消防士搬送され親指を立てた坂木という異様なツーショット写真が出来上がったのだった。
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・・・後日、掲示板に張り出された写真には「今年の優勝ペア」と花飾りを付けられた麻琴を担いだ坂木との写真が大きく張り出され
「な、なにこれ・・・」
「あははは、麻琴凄かったね〜ほんとに見たの?」
「坂木さんが担いできた時は何事だって大騒ぎだったよ」
知念と同期の女学とワイワイ話していると
「真壁・・・てめぇ覚えてねーのか」
「ひっ!」
後ろにいた坂木に慌てて「ちわっ!」と全員は敬礼をすると坂木も返し鬼オーラを消すと
「・・・ま、これもいい経験だ。」
「へ・・・・・・いでっ!」
そう言うと麻琴と額にデコピンをすると
「これで許してやる」
僅かに微笑みながらそう言うと背中を向けて男子フロアへと向かってしまった。
鬼の坂木が笑った・・・3人は固まると
「坂木さんって・・・笑うと可愛いね」
「それ、私も思ってた」
「えぇ・・・2人とも・・・目おかしいよ」
そんな麻琴も僅かだが頬が熱くなっていた。