ある土曜日の昼下がり、武道場では剣道の竹刀がぶつかる音と威勢のいい掛け声が外からでもよく響いている。
1年生も校友会に入る時期となり麻琴は坂木には嫌だとは言ったが助けてもらった恩もある・・・と剣道部に入部したのだった。
「うおおお!」
「やああぁ!!」
剣道部中でも一際目を引くのが麻琴だった。
小さいのもあるが白の胴着に白と赤の防具。黒や紺の多いものが多い中一番目立っている。
後日坂木が麻琴の名前を検索すると
「・・・全国大会出た事あるってか、優勝しちまってんじゃねえか」
御殿場の高校の写真には同じ白い胴着を着た麻琴が真ん中に立って賞状を持っていた。
***
「かんぱーい!」
グラスがぶつかり合う中、防大生安定の焼肉屋に来ていた。男だらけの剣道部に女子は僅か4名・・・女子は女子のグループでキャッキャウフフと肉をつついていた。
「ほらほら麻琴、食べなさい」
「ありがとうございます!」
「食べなきゃ大きくなれないよ〜」
「も、もう成長止まってます・・・」
ハムスターのように肉を詰め込まれている麻琴を男性陣は眺めながら
「真壁は小さいのによく食うなぁ」
「どこに入るんだろうなぁ」
はははと笑ながら酒を飲み、坂木は黙々と酒を飲んでいる。
1年生で女子は麻琴しか入って来なかったのでここでも末っ子として甘やかされている。本来校友会は自主的に活動しているものなので防大生活のように注意される事は無い、むしろ緩いのだ。
「甘やかせてはいけません。あいつは休みの日だらけて1歩も外に出ないんですから・・・」
そう言うと4年の上級生が目を細めると
「ほー坂木ィ・・・お前やけに詳しいな?」
「は?いや・・・」
「そういやお前、一時期真壁めちゃくちゃ呼び出し食らわせたり腕立てさせたりしてたよなぁ?」
「それは・・・」
すると話に入るように坂木の同期がニヤニヤすると
「なあ坂木・・・内恋反対派だったよな・・・ん?」
「「「どうなんだ」」」
男性陣全員から圧力を感じたが坂木はぼーっと麻琴を見つめると
「いや、自分には妹が居るんで・・・つい厳しく」
そう答えると3人はなんだよそれ!シスコン!と声が上がり酒を飲み始める。
防大内での内恋は、顰蹙を買うのでしないほうが無難だ。・・・しかし中には推進委員会という組織や撲滅委員会がある。坂木は反対派だが撲滅しようという思考ではない。 将来国を守る者たち・・・その為に防衛大学に入ったと言うのに風紀を乱す恋愛なんぞに現を抜かすか、と言うのが坂木の考えだ。
「俺は別にバレなきゃいいと思うんだけどな」
「俺も俺も・・・俺も彼女に会いてぇけど土日にならないと会えないしな・・・普通の大学生と違って授業後デートとか出来ないし。正直可哀想な事させてんなーと思ってる」
「お前ん所彼女、大学生だったか。うちは社会人だから土日休みだけど・・・ぶっちゃけ浮気されてないか心配だよ」
4年の先輩の悩み・・・ここは気を利かせて何か言うべきだろうが、恋愛経験のない坂木にとってどうフォローしていいかも分からない。
それを察した4年生がニヤ・・・と笑うと
「坂木、お前恋愛経験無いからどうフォローしようか悩んだろ。」
「ぐ・・・」
「幹部になったら部下のこう言う悩みとかも聞くかもしれないんだぜ?今のうちに経験しとけよ」
「恋愛もまた訓練だぜ」
恋愛も訓練・・・坂木は顎に手を当てると
「・・・なるほど」
と真面目に考えると突如立ち上がり何事かと全員が顔を上げ坂木の動きを追う。
その先には麻琴が居り、かぼちゃをもぐもぐとしている麻琴の前にドスン!と座るとじーっと見つめられるので麻琴は首を傾げた。
「・・・おい、真壁」
「はい?」
「お前、俺の事どう思ってる?」
その時全員が「はああぁーーーー?!馬鹿なの!?」と心の中で叫んだ。
さすがの女子も固まる中、麻琴はかぼちゃを飲み込むとニッコリと
「鬼です!!」
「え?馬鹿なの?この子も馬鹿なの?」と全員酒の酔いが冷めてしまいそうだ。
それを聞くと坂木は
「鬼か。・・・・・・あ?鬼だと?」
「やべっ」
「まあまあ坂木!」
「今日は無礼講に行こうじゃないか!」
坂木はクワッと般若の顔を変えると、周りが抑え込み撤退させようと坂木を席に戻すのだった。
お開きになったあと、酔いつぶれた先輩達をタクシーに押し込み何台かが防大へ向かって走っていく。
「真壁、乗れ」
「はい!」
麻琴が窓際、坂木が真ん中、そして酔いつぶれた先輩。坂木が運転手に防衛大学校まで、と伝えるとゆっくりと車は発進した。
お腹いっぱいなのと、先輩に囲まれて気が疲れたのだろう麻琴はすこしうとうとしていると
「真壁、着くまで寝てていいぞ」
「へ?いや、そんな・・・」
「寝ろ」
ありがとうございます、と麻琴は頭を下げると目を閉じた。しばらくすると車が揺れた拍子に肩に軽い重みと腕を掴まれた。
首を動かすとすやすやと眠る麻琴。
暑くなってきたこの時期・・・エアコンの風に乗って麻琴から清潔感のある香りがふわりと坂木の鼻腔をくすぐった。
真っ白な肌に長い睫毛・・・妹と重ねて見ていたが、
「(可愛いな・・・)」
そんな言葉がパッと出てきたため思わず口に手を当ててしまった。酔ってるのか・・・
「くそ・・・」
そして今度は反対側から来る重み・・・先輩だ。
ため息を着くと
「酒くせぇ・・・」
思わずそう呟いたのだった。
.
.
.
「着きましたよ〜」
「ふぁ・・・」
麻琴が目を覚ますと、坂木の肩に頭を預けてしまっていた。慌てて顔をあげようとしたが坂木も寝ているようで麻琴の頭に重みがある。
「(わ・・・煙草・・・)」
消防士の兄も吸うので慣れているが、坂木からほのかに香るタバコの香りと、寝ながら掴んでしまっていた坂木の腕。小柄だがその腕は固くガッチリしており改めて男だと痛感する。
麻琴はゆっくりと坂木の袖を引っ張ると
「ん、ああ着いたか・・・」
「はっはい・・・」
少し掠れ気味の坂木の声にもドキドキしながら麻琴は頬が熱くなっているのを隠すため俯く。
酔っ払いながら財布を出す先輩にお礼を言うとお金を払いふと坂木は麻琴を見つめた。
「真壁、お前」
「は、はい!」
ぬっと伸びてきた大きな手はそのまま麻琴のおでこに当てられる。少しひやりとした手に麻琴は驚いていると
「・・・お前、熱あるか?顔赤いぞ」
「いやっ平気です!ほっ、ほら出ましょう!」
ありがとうございました!と動揺を隠すために麻琴はドアを開いた。