麻琴は制服の袖を通し、襟のホックを留めると机の上に置いてある帽子を手に取った。
鏡を見て、帽子の位置のチェックをするとふぅ、と息を吐き頬を叩いた。

「・・・・・・よし!」

気合を入れると麻琴は部屋の外に出ると駆け足で講堂へと向かった。



3月の下旬、ついに防衛大学校の卒業式がやってきた。
今年の春は比較的早く暖かくなり、桜の木も少しだけだが蕾が開き始めている。

地面に落ちた桜の花びらを麻琴を見つめながら麻琴は講堂にやって来ると同期である宮子は先に来ていた。

「おはよ!」
「おはよう」
「卒業式だねぇ」
「ね、あっという間だね」

麻琴達は保護者の受付をする当番になり、他の学生と長机を設置準備に取り掛かる。
保護者向けプログラムを用意していると宮子は麻琴に近づくと小声で

「で、坂木さん来るって?」
「うん。 車椅子で出られるみたい」
「良かったじゃん! はー、今夜は赤飯だね」
「赤飯・・・・・・」

一体なんのことかと思ったが、麻琴は顔を赤くさせるともう!と軽く宮子の背中を叩いた。



卒業式が無事に終わり、講堂で任命・宣誓式を終えればいよいよ別れの時だ。

麻琴も卒業する渥美や同部屋の先輩達と話をしているとポンポン、と肩を叩かれ振り向くと岩崎が立っていた。

「岩崎さん、よかった! ご挨拶ができて」
「ああ、探したよ真壁。 頼みがあるからこっちに来てくれないか?」
「? はい」

腕を引かれてやって来ると、そこには車椅子の坂木を囲んだ岡田、大久保、西脇、中浜・・・・・・とにかく沢山の坂木の同期が待っていた。
あまりの多さに麻琴は驚いていると岩崎にはい、と手渡されたのは岩崎のスマホだ。

「どうせなら真壁に撮ってもらいたくてな!」
「了解です!」
「ちゃんと撮れよー!」

麻琴はスマホを構えると全員が坂木に寄る。
フレームに入り切らないのか麻琴はバックし、シャッターを数枚切るとありがとう!と岩崎にスマホを返すと

「近藤、ちょっといいか」
「はい!」

車椅子を押す係になっていた近藤に今度はスマホを渡すと

「真壁も入れ」
「ええっ! い、いいんですか?」
「当たり前だろ」
「お前は特に世話焼いたからなー」

そんな事を言われながら麻琴は坂木の隣に座ると頭を掴まれた。

「ようやく3学年だな。 気張っていけよ」
「はい!」
「みなさーん! 撮りますよー!」

近藤の声に全員が返事をすると、シャッターが押された。


「真壁、ありがとう」

スマホの写真を嬉しそうに眺めながら岩崎はお礼を言った。 麻琴もいえ、と笑みを浮かべると

「坂木も無事に卒業式に出れて良かった」
「そうですね」
「真壁、頼みがあるんだが」

真剣な顔付きで言われ麻琴は背筋を伸ばす。
両肩に手を置かれると

「坂木を、頼む」

その言葉に麻琴目を見開くと岩崎は眉を下げると

「正直、坂木が正気を保ってられるのが奇跡なくらいなんだ。 俺だったらきっと挫折している。 メンタルを支えてくれるのは家族でも俺たち仲間でもできるが、やはりお前みたいな・・・・・・真壁が必要だと思う」
「岩崎さん・・・・・・」
「まあ、坂木がお前を泣かすような事をすれば真っ先にアイツを殴るし、またお前にアタックはするがな!」

いつものポーズを決めながらそう言うと、麻琴は笑みを浮かべる。

「今までありがとう、真壁」
「岩崎さんも、ありがとうございました」
「部隊が被った時はよろしくな」
「はい!」

そう言うとお互い手を差し伸べ合い固く握手を交わした。



帽子を振り、卒業生達がバスに乗って幹部候補生学校へと向かっていく。

残された坂木は千葉にバトンタッチをされ、千葉は麻琴を見ると

「真壁学生、付き添いを頼めるか?」
「はい!」

他の学生と坂木が挨拶を交わしたあと、タクシーに坂木を乗せて病院へと帰るそうだ。
正門付近の桜の木に近づくと千葉は「あっ」と顔を上げると

「タクシー呼ぶの忘れてた」
「・・・・・・はい?」
「千葉教官、では私が」

麻琴が学生舎へ向かおうとするといや、と手で制されると

「俺が呼んでくるからお前らはここで待機だ」
「はい!」
「お前たちも疲れただろ、休んでおけ」

そう言うと千葉は駆け足で教官室へと向かっていった。その背中を坂木は不審に思っていると、突如ハッという顔をすると被っていた制帽を深く被った。

「あーくそっ、千葉さんのヤツ・・・・・・」
「ん? どうしました?」
「いや」

坂木は深呼吸をして桜の木を見上げると、突然脚に力を入れて立ち上がろうとした。
突然の事に麻琴は小さく悲鳴をあげると坂木の身体を支えた。

「坂木さん、ちょっと何してるんですか!」
「あぁ? 桜の木が近くで見てぇんだよ」

この人に花を愛でる趣味があっただろうか、と失礼な事を考えたが確かに、と麻琴は桜の木を見上げれば満開では無いものの綺麗に咲いている。

「綺麗ですもんね、近くで見ましょうか」
「おう」

ゆっくりと木に近づいて坂木は幹に凭れると、麻琴は車椅子に備え付けてあったペットボトルを持ってきた。

「喉乾きませんか?」
「ああ、貰う」

蓋を開けてやれば坂木は満タンだった水を一気に飲み干してしまった。
そんなに喉が渇いていたのかと麻琴は驚いてペットボトルを受け取ろうとすると腕を掴まれた。

「真壁」
「はい」

返事をすると坂木は深呼吸をして麻琴を見下ろすと、麻琴も察したのか背筋を伸ばした。

「お前とは色々あったな」
「そうですね」



―「坂木龍也、渥美学生と同じ3年だ。宜しくな」

―「おい!!ぎゃぁぎゃあうっせんだよ! 首謀者は誰だ!」
「はい!私です!」

―「馬鹿か!そんな腑抜けた休日を送ってんじゃねぇ! テメェは今から武道場へ連行だ!!反省文1000枚と武道場連行、好きな方を選べ!」
「はい!!喜んで武道場へ!!」


初めて出会った頃を思い出し、坂木は俯く。

―「・・・・・・丁度いい。オレも・・・・・・お前の面倒を見るのはこりごりだと思ってた」

突き放してしまった時もあった。
この2年間という期間、色々なことを思い出して坂木は麻琴を見つめると

「これからオレはどうなるか分かんねぇ、それにオレは空でお前は海・・・・・・どうやったって滅多に交わることが無い部隊だ」
「はい」
「それでも、オレは・・・・・・お前とずっと一緒に居たいし、お前を守りたい」

静かに話す坂木の言葉に麻琴は鼻の奥がツンとし、込み上げる涙を袖で拭った。
そんな麻琴を見て坂木は微笑む。

「真壁、長い事待たせて悪かった」

麻琴はただ首を振り、坂木はその手を取って強く握ると

「お前が好きだ」

とたん麻琴の目からは大粒の涙が落ちて、草の絨毯にぽたぽたと落ちる。
手を差し出してその涙を拭ってやり、頬に手を添えると麻琴は顔を赤くさせた。

「私も、坂木さんが好きです。大好きです」
「おう」

坂木が歯を見せて笑う、その笑顔は無邪気な少年のようで入院してから・・・・・・いや、防衛大学校に入ってから初めて見るほどの眩しい笑顔だ。
釣られて麻琴も笑うと、坂木はよいしょと幹から身体を離すと身体を支える振りをして麻琴の腰に手を回した。

今までにない密着度に麻琴は顔を赤くさせ、坂木を見ると坂木は桜の木を眺めている。

「綺麗ですね、桜」
「おう」
「病院にも桜の木沢山ありますから、春休み入ったらお花見しましょうよ」
「そりゃいいな」

身体を添える振りをして麻琴は坂木に寄り添うと、坂木も身体を引き寄せてくる。


お互い何も言わず桜のを眺めていると、突然鳴ったシャッターに驚いて振り向くとそこにはスマホを構えた千葉がいた。

「週刊誌もんだなこれは」
「なっ・・・・・・おい!」
「周くん・・・・・・」
「はー、やっと言ったかいごっそう。俺の気遣いを察してくれて助かったよ」
「やっぱり、わざとだったんですね」

千葉はあえてタクシーを呼ばなかったらしく、今丁度タクシーがやって来た所だ。

「場所とかムード大事だろ、俺様に感謝しろよ」
「チッ・・・・・・じゃあ麻琴、また連絡する」

突然下の名前で呼ばれた麻琴は驚いて顔を赤くさせるとはい!と敬礼をする。 坂木も車の中で敬礼をすると千葉も隣に座りタクシーは病院へ向かった。

タクシーに揺られる中、坂木は流れる桜の木や街並みを見下ろす。
自分がどうなるか分からないがきっとこの景色も見納めかもしれない。
頬杖を付きながら坂木はぽつりと

「千葉さん」
「何だ?」
「・・・・・・ありがとう、ございました」

チラリと見た坂木の耳は赤くなっており、その表情は伺えない。
そんな坂木を見て千葉も笑みを浮かべると

「ああ、おめでとう」

窓を開ければ、春の暖かな風がふわりと入ってきて千葉の前髪を優しく揺らした。




鬼と避雷針 終

鬼と避雷針【終】



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