1学年の要員決めの日。
麻琴の対番学生である乙女の希望は兄の坂木と同じく航空と聞いていた。

恐らく乙女なら航空要員に選ばれているだろう。麻琴は同部屋の1学年の要員が決まった報告を聞いていると部屋がノックされた。

「真壁学生」

入ってきたのは報告に来た乙女ではなく岩崎と大久保。麻琴や同部屋の1学年は慌てて席を立つと敬礼をする。

「お話中すみませんね、すこし真壁に用事がありまして」
「私ですか?」

真剣な顔した2人に麻琴は背筋を伸ばすとちょっと行ってきます、と作業帽を被って部屋を出た。
2人の後を追ってやってきたのは学生舎の端の位置で人目が無いところだ。

どこへ行くのだろうと思っていると2人が振り返り大久保と岩崎は顔を合わせて頷くと麻琴を見下ろした。

「真壁、落ち着いて聞いて欲しい」
「・・・? はい」

岩崎と大久保は顔を見合わせると麻琴を見下ろして重い口を開いた。

「坂木が、任官を辞退する可能性がでてきた」

その言葉を聞いて麻琴は頭の中でその言葉を反復させて処理をすると

「・・・・・・はい?」

何故あの坂木が任官を辞退しなければならないのか。彼はずっと夢見ていたパイロットになるためにこの4年間頑張ってきたはずだ。
突然のことに麻琴は眉を寄せると、岩崎が小声で

「岡上学生が坂木の妹だと言うのは知っているよな? 彼女に離校許可が降りた」
「それって」

麻琴もかつて兄が事故にあった時に許可が降りた。

それはつまり、何か≠ェ起きたのだ。

「それは、坂木さんの・・・ご両親や、事故や、病気などなんですか・・・?」

その質問に岩崎は俯いて拳を握ると首を振った。
なら、一体なぜ? 麻琴は嫌な予感がして岩崎を見上げると、岩崎は視線を逸らして重い口を開いた。

「・・・坂木が、本日午前中に事故にあった。 横須賀市内を歩行中、解体工事現場クレーンのアームが倒れてきたらしい」
「事故・・・坂木、さんが?」

未だに信じられないが、確かに朝坂木を見かけたきりこの防衛大の中で会ってない。
途端、麻琴の脚は力が抜けて床に座り込んでしまった。慌てて岩崎もしゃがみこむと、麻琴は震えた声で

「卒業式、間近で・・・なんで坂木さんが? 坂木さんは、大丈夫なんですよね?」
「それが分からないんだ・・・ただ、横須賀中央病院に搬送され手術をしたとしか連絡が来ていなくて」
「手術・・・? 手術って・・・」

混乱して語彙力が低下する中、何故坂木がこんな理不尽な目に遭わなければならないのか? それだけが頭の中をぐるぐると駆け巡る。

麻琴はふと、昔話した坂木との言葉が蘇った。


「私もっ・・・坂木さんに何かあったら直ぐにすっ飛んで行きます!」
「頼もしいな」
「絶対です! 助けに行きます!」
「おう。そんときはよろしくな」


そう言ってあの日坂木と指切りをしたのだ。
しかし、麻琴の状況では外に出ることが出来ない。

麻琴は爪が食い込むほど拳を握ると目から涙が落ちた。

「私っ・・・坂木さん、と約束したのに・・・何かあったら、すぐに飛んでくって」
「真壁・・・」

岩崎は座り込んだ麻琴の背中をさすってやり、大久保もしゃがみこんで麻琴の肩に手を置くと

「真壁、坂木ならきっと大丈夫です」
「っ、はい」
「まだこの事は一部の学生しか知らない。 詳細が発表があるまでは内密に」

麻琴はそう言われると頷き、ハンカチで涙を拭くと

「坂木さんは任官辞退はしません。こんな事で挫ける人じゃないです」
「そうだな。・・・うん、違いない」
「面会許可が降りたらすぐに会いに行きましょう」

乙女が帰ってきたのは点呼前、その目は真っ赤に腫れており麻琴は乙女になんと声を掛けたら良いか分からずその様子を見る事しか出来なかった。
1学年のベッドメイキングを見ながら麻琴は坂木の事を考えていると「入ります」と聞き覚えのある声が聞こえた。

「乙女ちゃん」
「真壁さん、すみません。 少しお時間ありますか? お話があるのですが」
「うん、いいよ」

麻琴は平然と装うが帽子を取る手が震える。部屋に出ると廊下の隅に行き、目が真っ赤になった乙女を見て麻琴は肩に手を置くと

「乙女ちゃん・・・お話は、岩崎さんと大久保さんから聞いたよ」
「はい・・・結局病院に行っても、兄と面会はさせて貰えませんでした」

面会が出来ないほどの大怪我なのか。麻琴はサッと血の気が引いたがグッと唇を噛むと乙女を引き寄せて抱きしめた。

「坂木さんなら大丈夫。 こんな理不尽に負けないよ!」
「っ・・・はいっ、そう、ですよね・・・」

乙女は声を詰まらせると麻琴の肩に顔を埋めて泣き始める。

「(だよね、坂木さん)」

麻琴もまた、乙女と静かに涙を流した。



***



卒業式前の4学年にとっては最後の休養日。
坂木は横須賀中央病院から某自衛隊病院へと転院されたらしく、90分だけの面会許可が降りた。

乙女と近藤が儀仗隊の練習前に病院に訪れており麻琴は家族である乙女が先に面会すべきだろうと病院近くのコンビニにあるイートインスペースで時間を潰していた。

時間つぶしに、と持ってきていた本やスマホがあったがそわそわしてしてしまい遠くから見える病院をずっと眺めているとマナーモードにしていたスマホが震え慌てて手に取ると大久保からの着信だった。

『真壁、お待たせしました』
「いえ! すぐに行きます!」

麻琴は急いでコンビニを出ると帽子を抑えながら花束を持って病院へと走っていく。
フロアでは大久保が迎えに来ており麻琴は敬礼をすると大久保と坂木のいる病室へと向かった。

「ここですよ」

そう言って止まった場所には確かに坂木龍也と書いてあり本当に入院しているのだという実感がやっと湧いてきた。

花束を持つ手が震えたが大久保がドアを開けると

「坂木、真壁が来てくれましたよ」
「は、入ります!」

そう言って病室へ踏み込み、坂木を見た。
左目に眼帯、左手と左脚にギプスが巻かれた坂木の姿が目に飛び込み麻琴は目を見開くと

「さ、かき・・・さ・・・っ」

途端に涙を零した。
それを見た坂木は驚いたように右目を見開いたが苦笑いすると、

「人の顔みていきなり泣くんじゃねぇよ。 乙女と近藤みたいに入室要領悪すぎて怒ろうと思ってたのに、怒る気失せるだろうが」
「真壁はずっと坂木の心配してましたからね」
「っふ、はい・・・」

ゴシゴシと涙を拭っても一向に収まらず、大久保はやれやれと麻琴の手から花束を取り上げると棚に置き、丸椅子に座らせた。

「私は飲み物買ってきますので、私が帰ってくる間に泣き止ませてくださいね、坂木」
「あぁ? オレがかよ」

大久保は微笑むと病室を後にして坂木と麻琴の2人だけになった。しばらくの沈黙の後、坂木は口を開いた。

「・・・悪かった、心配かけたな」

そう言うと麻琴はこくこくと頷き嗚咽を漏らしながら

「ごめんなさ、いっ」
「あ? なんでお前が謝んだ」
「だって・・・坂木さんに何かあったら、すぐに飛んでくって・・・約束、破っちゃって」

俯きながら麻琴はそう言うと坂木はああ、と頷くと

「こうやって来てくれたじゃねぇか」
「でも・・・」
「オレはそれだけで十分だよ」

そう言って坂木は微笑むと点滴が刺された手を少し動かすと

「ほら、手貸せ」
「? はい・・・」

そう言って手を差し出すと手を強く握られ、麻琴を見つめると

「お前の顔が、また見れてよかった」

そう言って微笑むと麻琴はまた涙を零す。
麻琴は眼帯をした坂木を見ると眉を寄せて

「あの・・・目の方は大丈夫ですか?」

そう言うと坂木は一瞬視線を逸らしたが

「どうだろうな・・・」

パイロットを目指す坂木にとっては、目は命と同じくらい大切なものだ。
麻琴はあまり突っ込めずにそうですか、と俯くとポン。と頭に重みがやってきた。
坂木は麻琴の頭をガシガシと撫でると

「んな顔すんな」
「はい」
「お前のそういうテンションには慣れてないから普段通りにしてろ、な?」
「卒業式はっ・・・来ますよね?」

坂木の布団のシーツを握りながら見つめると坂木はフッと笑い

「あたりめぇだろうが。 送ってくれる奴らのためにも、這ってでも行くさ。 それに、約束破る訳にはいかねぇだろ」
「あ・・・」

撫でていた頭をするりと頬にやり優しく撫でられれば麻琴は顔を赤くして視線を降ろした。

「卒業式に言いたいことあるって言ったろ? 忘れたとは言わせねぇぞ、こっちは我慢してんだ」
「もちろん、覚えてます」
「ん。 じゃあいい子にして待ってろ」
「はい」

お互い目を合わせて頬を緩ませていると

ガラッ

「お待たせしました。飲み物どれが・・・おやおやおやお邪魔しましたかね」

タイミングよく入ってきた大久保が持っていたペットボトルで顔を隠す。
途端頬に触れていた坂木は麻琴の頬をギュッと抓りびょーんと伸ばすと

「か、勘違いすんな! 入室要領が酷すぎたからシバいてる所だ。 なぁ真壁! お前もうすぐ3年になるっつー癖にまともに挨拶できねぇのか? あぁん?」
「い、いひゃいふみまへんーーー!」
「何年防大生やってんだ!」

通常運転になった2人。
そんな2人を見て大久保はやれやれと苦笑いすると

「まあ泣き止ませるというミッションは完了してるから良いですね」

大久保は普段通りに戻った麻琴に一安心すると飲み物を棚に置いた。

避雷針と鬼が居ない夜



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