「なんだお前、卒ダン出ねぇの」
後期も始まり、卒業式までは時間があるがバタバタするため千葉が坂木に「ちょっと早い卒業祝い」だと飲みに誘っていた。
締めとして行きつけのバーに来ると、卒ダンの話になり千葉は意外だなと目を見開いた。
「麻琴誘えばいいのに」
「柄じゃねぇっすよ、ダンスとか・・・それに、アイツの今後を考えれば誘わない方がいいんすよ」
「なるほど、麻琴以外の女には興味ないっつー事だ」
その言葉に坂木は返事をせず、くわえたタバコの煙を吐き出した。
「(誘えるもんなら誘ってたさ)」
もくもくと上がっていく煙を眺め坂木は目を細める。周りの女学や紹介しようか?と声が掛かってたが麻琴以外とは乗り気がせず断っているのだ。
「千葉さん余計なことしないでくださいよ」
「例えば?」
「オレに組む相手いないからって真壁を使ったりしそうです」
「それも考えたけど、お前の言う通りだよ。 麻琴が好奇な目で見られるのは俺だって勘弁だ」
その頃、麻琴の周りの4学年の女学は、卒ダンの話で盛り上がりドレスの話や髪型の話をしていた。
それを麻琴はジュースを飲みながら聞いておりふと坂木の顔が思い浮かんだ。
「(坂木さんも、行くのかな・・・)」
だとすると、誰と行くのだろう。4学年なら乙女が坂木の妹だと分かっているから行くなら乙女だろうか?
麻琴は「あの、」と手を上げると
「だいたいいつ頃から皆さんパートナーを決めてるんですか?」
「うーん、後期始まる頃にはもう皆決まってんじゃないかな」
「そうなんですね・・・」
「麻琴も早いとこ彼氏捕まえときなよー!」
という事は、坂木はもう相手が決まっているのか。そう思うと麻琴の胸がずしりと重くなった。
***
卒ダン当日、麻琴は結局坂木が誰と行くのかと聞けず仕舞いだった。いや聞くのが怖かったのかもしれない。麻琴は少し上辺の空状態で校友会の剣道部の稽古をしていると
「テメェら! 寒いからって動き鈍らせんじゃねーぞ!」
「っえ!」
「めんーーー!」
聞き覚えのあり怒号が聞こえ驚いた麻琴はスキありと面を取られてしまった。
「坂木さんお疲れ様です!」
「お疲れ様です!」
ジャージ姿の坂木がいつものように眉間にシワを寄せて竹刀で肩を叩く。
沖田もまさか坂木が来るとは思わなかったのか顔を青ざめさせており、麻琴も面の下で顔を青くさせた。
そして坂木はギロリと麻琴を見ると
「動き鈍くなってんぞ真壁」
「す、すみません!」
飛び入りで入った坂木との練習を終えると、静かになった武道場で麻琴は面を外すと汗を拭いた。
いつの間にか残ったのは麻琴と坂木のみで、麻琴は恐る恐る坂木を見ると
「あの、坂木さん・・・今日は卒ダンの日では」
「あぁ?」
「ひっ」
殺気のある顔で睨みつけられ麻琴は再び面を被ろうとする。
坂木は手ぬぐいを外すと汗を拭きながら
「オレは欠席だよ」
「欠席・・・できるもんなんですか」
「そりゃな。 柄じゃねぇし、思い出にはなるからお前は参加しとけよ」
その言葉に麻琴ははぁ、と頷く。
坂木は参加しなかった・・・麻琴は胸が軽くなった気がして息を吐くと坂木は「あーあ」と後ろ手について天井を見上げると
「今頃岡田達は卒ダンだ」
「・・・やっぱ未練あるじゃないですか」
「仕方ねぇだろ、誘いたくても誘えない相手なんだから」
「誘えない?」
何故だろう?麻琴は首を傾げると、坂木は天井から視線を移してこちらを見てきた。
じっとこちらを見てくる坂木に麻琴は察したのか運動とは違う顔の熱さに襲われ俯いてしまった。
「わ、私が、行きたいって言ったらどうしてました?」
「まあ連れてってたかな」
即答する坂木に麻琴はまた顔が熱くなるが「そうだ」と立ち上がると武道場の鍵を内側から締めた。
そんな麻琴を坂木は何してるんだ?と眺めていると麻琴は袴を持ち上げてバタバタと走りながら坂木の前に滑るように正座すると
「坂木さんっ、ここで卒ダンしましょう!」
「・・・・・・は?」
「まあスカートにしては地味ですけど」
「地味って言うか袴じゃねぇか」
坂木は苦笑いするが立ち上がり真ん中に立つと麻琴もニコニコと坂木を見上げた。
お互い肩と背中に手を添えるとワルツな、と坂木が囁き麻琴も頷いて同時に脚を動かした。
慣れた動きで坂木と麻琴は踊ると、麻琴はボソッと
「汗臭くないですか?」
「オレが?」
「いえ、私」
「大丈夫だ」
「お互い夏だったら死んでました」
「違いねぇ」
そんな会話をしながらクスクスと笑い、麻琴はターンをすると白い袴がヒラリと広がる。白い道着のおかげかドレスにも見えなくは無い、と麻琴は声を上げた。
「おお、意外と袴でも踊れますね」
「オレが袴だったら多分無理だった」
坂木はジャージのままで、恐らく袴だったらぶつかり合って邪魔だったかもしれない。
「真壁」
「はい?」
麻琴は回りながら坂木の所へ戻ってくると坂木は脚を止めてそのまま麻琴の手を握ると支えていた背中をグッと自身の方へ寄せてきた。
抱きしめられるような格好になった麻琴は驚いていると耳元で
「ありがとな。 お前と踊れて良かった」
囁かれた耳が熱くなり、麻琴は握られた手を握り返すと坂木の頬に擦り寄る。
「私も、坂木さんと踊れて良かったです」
まだここまでしか触れ合えない事にお互いもどかしさを感じ身体を離すと照れくさくなり俯く。
麻琴は「あの」と坂木を見上げると
「あの、私が4学年になって卒ダン出るってなったら・・・坂木さん、一緒に踊ってくれますか?」
恐る恐る聞く麻琴。きっとその頃には坂木も部隊で訓練しており目まぐるしい日々を送ることになるだろう。
それでも、坂木は頷くと
「喜んで」
そう言ってまた麻琴の背中に手を添えると卒ダンの続きをした。