梶原の脱柵後・・・今日も姿が見えない麻琴。
坂木は昼時間になりホールを歩いていると
「あの、すみません」
「はい」
坂木は顔を上げると、そこにはガタイのいい青年が立っていた。ここの防大生と思われるのではないかというほど背筋が良く筋肉質でツーブロックに刈り上げられた、清潔感のある髪型と日に焼けた肌。
身長も高く180cmはあるだろうか・・・坂木を見下ろすと
「真壁麻琴の兄です。」
白い歯をニッと見せた。
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坂木の後ろを歩く麻琴の兄・・・チリひとつない廊下を眺めながら
「あの〜うちの麻琴、ちゃんとやれてます?」
素朴な疑問に坂木は営業スマイルをすると
「はい。 特に問題もなく、話によると上級生とも上手くやれているそうです」
「そっかぁ、良かった〜」
「あの、真壁学生は大丈夫でしょうか」
現在自宅療養・・・となっている麻琴。
他の生徒には麻琴は脱柵した梶原を止めようと揉み合いになり怪我をしたという体で自宅療養していると言い伝えられている。
知っているのは対番である渥美、相部屋のメンバー、教官や防大の上部やその他諸々・・・そして坂木のみだ。
「あー・・・まあ、元気ですよ。相当ショックだったみたいだけど・・・違う意味で」
「と言うと?」
麻琴の兄は坂木を見下ろして微笑むと
「あの状況で勝てなかったのが悔しいって、馬鹿でしょ?」
「は?」
「・・・正直、ここ辞めさせようかと思って。」
無理もない・・・何もされなかったとはいえ女性にとって最も怖い目に遭ったのだ。麻琴が大丈夫でも親としてはほってはおけないだろう。仮に自分の妹があんな目に遭ったら・・・坂木は目を伏せると
「そう、ですか・・・それは、ざ」
「ところがどっこい!あの馬鹿、辞めないって今親と喧嘩してんですよ!」
「はぁ?!」
しまった、坂木も思わず素が出てしまい口を抑えると兄は笑い
「うちの父親、警察官なんです。だから今回の件大激怒でな・・・逆に犯罪しなかっただけマシだろって言い聞かせたんだけどカタブツで・・・やっと産まれた女の子でもうめちゃくちゃ溺愛してて・・・。防大に行かせたのが間違えだったー!って」
「(確か真壁も以前父親が過保護だとは言っていたな・・)」
以前の会話を思い出していると麻琴の兄は自身を指さすと
「ちなみに俺は消防士、下の弟は君たちと同じく自衛官なんです。 弟が親父に「逆に同期を引き留めようとした麻琴はえらい」と言ったらやっと落ち着きまして。」
「はあ・・・」
「ってか、誰も警察官にならなかったのが面白いですよね!」
麻琴とよく似た笑顔を向けられる。
「・・・とにかく麻琴は復学させるんで。そのご挨拶。と、荷物。」
「良かったです」
「あと助けてくれた子が居るって聞いたんですが・・・ご存じですか?サカキさんって言うらし、い・・・あ!」
兄は坂木の名札を見ると指さして
「君?!」
「は、はい・・・実は・・・うわっ!」
突然ハグをされて坂木は戸惑っていると
「ほんっっっとに助かりました!もう話聞いた時は俺も弟も大発狂で・・・弟なんて仕事放棄して夜中防大に乗り込もうとしてたくらいで・・・!」
「は、はあ・・・(父親もだけど兄貴達も大概だな)」
父親も過保護だが兄はシスコン・・・坂木は情緒不安定になる兄にされるがままハグされているとすまんすまん、と言って身体を離す。
「まあとにかく、俺は教官に挨拶と・・・このクソ重たいアイツの荷物を届けに行くんで・・・部屋教えて貰っていいです?」
「あ。でしたら俺が届けておきます。同じ大隊でフロアが違うだけなんで。」
「ほ、ほんとに? ありがとう、坂木くん!」
そう言って受け取った荷物はよく見ると茶色の大きな鞄と長細い入れ物・・・見覚えのある物に坂木は
「あの・・・これは」
「ん?ああ、校友会?でしたっけ。剣道部入るかぁ〜って呟いてたっけか・・・」
「・・・ほう」
麻琴の兄を教官室へ送り部屋を目指す。途中すれ違う下級生に挨拶をしながら麻琴の道着の入った
荷物を眺めると、
「(生意気なチビめ、帰ってきたら腕立てだな・・・)」
坂木は僅かに微笑んだ。