無事に今年も開校祭が終わり1週間が過ぎた。
早くも中期の後半。十二月にさしかかり、一気に空気が冷たくなる。既に世間はクリスマスの準備に取り掛かっており、防衛大から一歩外に出ると街はクリスマスモードになっていた。

そんな日曜日の休養日、麻琴はとある人物に会っていた。


「近くまで送ってく」
「ありがとう周くん。ここからなら汐入駅近いし、そこまででいいよ!」
「そうか?」
「うん、下宿にちょっと用事があるし」

運転席に座るのは麻琴の兄真壁琢磨の同期であり親友の千葉周一。麻琴の兄琢磨は陸上、千葉は海上だ。

千葉にとって麻琴は可愛い妹のようで、麻琴も兄たちに話せない事は千葉に聞いて貰っているもう1人の兄のような存在だ。


そして今日はほぼ海の上に居る千葉から突如、「話したいことがある」と言われ麻琴は休暇日を使って千葉と合流していた。

「そう言えば周くん。話たい事って?」
「ああ。お前の写真撮るのに夢中で忘れてたよ。駅行きながら話すか」

防大生が蔓延る小原台周辺を避けて穴場のパンケーキ屋へと連れて行った帰り。休暇日に顔を出していた千葉も夏は忙しく顔を出さなかったため、会うのは正月ぶりだ。

千葉は汐入駅付近のロータリーへ近づき、ウインカーを出す。

「これはまだ誰にも言って・・・・・・まあ、言っても特に意味は無いからお前には言うが」
「? うん」
「来週から・・・・・・」


ドォン!



千葉の言葉は大きな衝撃音によって中断された。
麻琴は突然の大きな音に飛び跳ねながら小さな悲鳴をあげ、千葉も一瞬だが肩を跳ねさせると音がする方を見る。

そこにはワゴン車とトラックの衝突事故が起きていた。

「麻琴、行くぞ」
「は、はい!」

千葉はすぐに事故現場へと車を走らせると二次災害を防ぐためハザードを点滅させる。麻琴も助手席から出るとそこには防衛大の制服を着た男女が麻琴達より先に救助をしていた。

「防大生か・・・・・・お前の知ってるヤツらか?」
「うん。同じ大隊の子だよ」

なるほど、と千葉は頷くと救助しようとしている近藤の間に割って入り男性を抱えて外に連れ出した。

「近藤くん、乙女ちゃん!」
「真壁さん!?」

とっさに近藤と乙女は敬礼し、麻琴も敬礼を返す。

「麻琴はもう1台の車の方を頼む」
「はい!」
「君も、麻琴を手伝ってやってくれ」
「わかりました!」

麻琴と近藤は中のトラックに声を掛けるが運転手は気絶をしているらしく反応がない。直接話しかけるしかない、と麻琴はドアノブを掴むが衝撃で歪んだせいか人間の力では開かない状況だ。

「真壁さん、反対もロックされてて・・・・・・!」
「そんな・・・・・・」
「麻琴、どうした」

ガードレールを軽々と飛び越えて千葉は駆け寄り、麻琴も状況を説明すると

「この状況だとレスキューの油圧器具が必要になるな。」

これでは長丁場になりそうだ。千葉はチラリと腕時計を見ると

「俺の車でハザード点灯させておいたから後続事故は防げる。後は警察と消防に任せよう。麻琴、お前は2人を連れて帰校しろ。 服務事故になる」
「しかし、この状況で!」

近藤は慌てて千葉にそう言いかけるが麻琴は近藤を止めるように手で制すると

「了解。周くん、後はお願いします」
「ああ。また連絡するよ」
「うん」

二人の会話に近藤はえっ、えっ、と交互に見ると千葉は近藤を見下ろして微笑むと

「私はこう見えても自衛官だ。 協力感謝する。さぁ、行きなさい」
「ほら2人とも、急いで帰るよ!」
「「はい!」」

戸惑いながらも2人は麻琴に着いて電車に乗り込むと「あれ?」と麻琴は素朴な疑問をぶつけた。

「それにしても、二人でお出かけしてたの?」
「そ、それは・・・・・・」
「もしかして、デート?」
「えっ?!」
「ちちち違いますよ!」

そんな二人をからかいながら下宿へ寄るのは止め、三人で防衛大に帰ってきた頃には近藤と乙女が二人で行動していたと言う情報は既に一大隊中に広まっており乙女は女学の先輩たちに注意され、近藤の部屋のホワイトボードには兄である坂木からの呼び出しが怒りを込めて書かれていた。

こってり坂木に絞られた近藤はふと事故当初麻琴と共に居た男性を思い出すと

「あの、坂木さん」
「何だ」
「事故の時ですが、真壁さんのお兄さんにお会いしました」
「お兄さん?」
「はい。自衛官だと言っていましたので、お兄さんかと」

長男の消防士である兄には会ったことあるが、次男の自衛官とは面識がない。

「(居ねぇと思ったら兄貴と会ってたのか)で、どうだった?」
「私は当時混乱していたのですが、お兄さんはとても冷静に対応してまして・・・・・・すごく勉強になりました。」
「そうか。今日の出来事の気づきや反省を踏まえ・・・・・・まあ次なんてあったらいけねぇけど事故はいつ起こるか分からないものだ。もしまた同じようなことが起こったときはまずは周りの状況確認、大事なのはとにかく落ち着いて何を優先すべきか考える事だ」
「はい!」

失礼します!と近藤は頭を下げると部屋を後にし、坂木は来週行われる航空要員の研修へ行く準備を始めた。



***


海上要員の麻琴もポンド実習が終わりこの時期の寒い海の上かつカッターで痛めつけられたお尻を擦りながら一大隊の学生舎の中へと入っていく。

「(なんか、頭痛い・・・・・・)」

麻琴はズキズキとする痛みに耐えながら階段を上っていると、隣で歩いていた知念が「あっ」と顔を上げる。

「そーいえば、ウチ(一大隊)に新しい教官が来たみたいでさ、超イケメンらしいよ!」
「ほほ〜」

イケメン、女子なら大好物なワードに麻琴も頭痛に耐えながらも反応し掲示板に貼られたお知らせを見た。

「へー、海の人なんだね。えーと、千葉周一だって。二等海尉って事はまだ若いのかなぁ〜んふふ!」
「ちば、しゅういち・・・・・・?」
「麻琴? なんか顔赤くない?」

見覚えのある名前と階級。
たまたま同姓同名で同じ階級の人間が居るのだろうか?一瞬だが頭痛が収まり麻琴は掲示物に目を離せないでいると、


「お前たち、こんな所で突っ立って何をしている? 早く着替えなさい」


頭上から聞こえる、聞いたことのある低い声。
知念は驚いて振り向き麻琴も恐る恐る振り向くと目の前には「千葉」と書かれた胸のワッペンが飛び込み、首を上に上げると千葉は一瞬だけ麻琴を見てニヤッと笑うと、

「お前たちポンド合宿に行っていた二学年の海上要員か。 俺は千葉周一。昨日からここの教官の任に就くことになった。よろしく頼む」
「ち、知念宮子です!」
「真壁麻琴で、す・・・・・・」

千葉を見上げていたせいだろうか、目眩がしたと同時に視界が歪み、麻琴はそのまま脚の力が抜けるとバタン!と倒れた。


***


「倒れたァ?」

その日の夜。
坂木は一学年時代に同部屋だった千葉周一がこの防衛大に帰ってきた事に心底イラついていたのだが、たまたま見かけた知念の横に麻琴が居ないため「アイツはどうした?」と聞いた所、どうやら熱を出して倒れたらしい。

「季節の変わり目ですからね、最近一気に冷えてきましたし」
「訓練で疲れが溜まったのかもしれねぇな。で、アイツは部屋か?」
「千葉教官と居ましたので、そのまま医務室へ運んでくれました。王子様みたいにひょいって抱き上げて!」

知念がお姫様抱っこをするポーズをした瞬間、坂木は持っていた箸をバキッと割りそうになりミシ、と音を立てた所で大久保が慌てて箸を取り上げた。

「あははは、知念、報告ありがとうございます。さっ、早く晩御飯食べましょうね。時間がありませんよ」
「はい!」

大久保が会話を切り上げると箸の安否を確認する。どうやら箸は無事のようだ。坂木はその箸を受け取ると急いで食事をかき込み、医務室へ向かった。




コンコン

「入れ」

聞き覚えのあるよく通る低い声。
坂木は眉を顰めると「失礼します!」と頭を下げて医務室へと入った。
そこにはベットに仰向けになり眠った麻琴と、丸椅子に座っている千葉。

「・・・・・・千葉教官、看病している時間は無いと思いますが」
「そういう坂木学生も、見舞いに来るとは随分と余裕だな」
「チッ」

小さく舌打ちをすると麻琴は呻くように身動ぎをし、目にかかった前髪を千葉は優しく退かしてやった。
その行動を見た瞬間、坂木は駆け寄って千葉の腕を掴むと

「おいアンタ、何してんだ・・・・・・!」
「何って」

涼しい顔をしてすっとぼける千葉はその腕を振りほどくと、眠っている麻琴の頭をポンポンと優しく撫でる。

何をさっきから気安く触っているのか、坂木はグッと拳を握り腹から声を出そうと息を吸った瞬間、

「うぅ・・・・・・」
「大丈夫か?」

丁度いいタイミングで麻琴が目を覚まし、部屋をキョロキョロ見渡すと千葉を見る。

「ここ、どこ?」
「医務室だ。俺を見るなりぶっ倒れて、ビックリした」
「だって、聞いてない」
「言おうと思ったさ。でもあの時事故があって言いそびれてな、悪かったよ」

普段冷たく淡々と話す千葉だが、麻琴に対しては優しく声を掛け表情も柔らかい。
そのまま千葉は麻琴のおでこに手をやると、

「薬が効いてきたな。歩けるようになったら部屋に戻れ。念の為マスクと、 これバッジな」
「ありがとう、周くん」

一部始終を見ていた坂木は目を見開くと、

「周、くん・・・・・・?」

思わず繰り返してしまった。
その声に麻琴は顔を上げると坂木が驚いた顔をして立っており麻琴は慌てて起き上がると、

「さ、坂木さん?!」
「こら麻琴、いきなり起き上がるな」
「麻琴・・・・・・?」

周くん、麻琴、親しい呼び方をする二人に坂木は混乱しており千葉はその光景を楽しそうに眺めている。

その余裕そうな顔に再び坂木は眉をピクリと寄せると千葉は麻琴の頬をぷにぷにと触りながら、

「坂木、真壁琢磨って覚えてるか?」
「もちろん。私が1学年だった頃の前期のサブ長で千葉教官とは・・・・・・なっ」

まさか、と坂木は目を見開くと千葉は麻琴の頭をグリグリと撫でくり回すと、

「麻琴は琢磨の妹」

坂木が防大に入校した前期・・・・・・千葉とは違い、いつも千葉の横でニコニコしていたあの仏のようなサブ長と麻琴の顔が重なる。

坂木はたっぷり麻琴の顔を見つめると


「はぁ?! 真壁さんの?!」
「え、坂木さんと周くん知り合いなの? お兄ちゃんとも?」

麻琴は2人を交互に見ると千葉は人差し指を立てると

「こら真壁学生。ここでは周くん禁止だからな」
「そうだった、ごめんなさい」
「坂木はな、俺が4学年の時に入校してきた1学年で前期の部屋っ子だ」

意外な繋がりに麻琴はへぇーと感嘆な声を上げるが坂木はそれどころでは無い。

「まさかお前が真壁さんの妹だったとは・・・・・・」
「オマケだが去年俺とお前は会ってるぜ? 夏季休暇の時」
「夏季休暇? ・・・・・・あ」

バイクですれ違った相手は千葉だったのか。そして去年の夏季休暇久しぶりに来たLINEの内容を思い出し再び怒りが再沸騰し、千葉は怖い怖いとわざとらしくリアクションすると

「とにかくお前ら、これからよろしくな」

そう言うと千葉はニヤリと笑った。



***



「坂木、お前も妹が居たんだなぁ」

坂木が一学年の頃、開校祭に妹の乙女が殴り込み(?)に来た日の夜・・・風呂上がりに会った前期のサブ長である真壁琢磨に会った。

「うちの妹がお騒がせしてしまい、すみませんでした」
「いいよいいよ。せっかく遠くから、しかも1人で来たんだろ? 健気じゃないか」

ふわりと笑う琢磨に坂木も安心して小さく頷くと、二人で一大隊へと繋がる一本道を歩きながら、

「俺にも妹が居るんだけどさ」
「そうなんですか」
「うん。もう超ーーー可愛いの」
「・・・・・・はぁ」

突如の妹自慢が始まり、琢磨は作業着の胸ポケットから手帳を取り出すとその間に挟まれている写真を坂木に見せた。歳は坂木の妹である乙女と変わらないくらいの女の子と飼い犬のセントバーナードと撮った写真だ。

「可愛いだろ」
「そうですね」
「この間開校祭に来てたんだよ」

確かに、琢磨と千葉が出掛けてくると言い向かった先には小さな女の子が居り二人に挟まれて去っていく後ろ姿を思い出す。顔はよく分からなかったが、あれが琢磨の妹だったのだろう。





「・・・・・・あれは真壁だったのか」


坂木は下宿先で昔のことを思い出しているとふと蘇った記憶。まさかまわり回ってこんな形で出会うとは思わなかった、と頬を緩ませながらスカジャンに袖を通す。

その週の休暇日・・・・・・坂木は岡田にに哀れみが含まれた敬礼で見送られ、千葉と飲むことになった。早速行った店では既に千葉はお酒を飲み、顔を赤くしながら坂木を出迎える。

「んで、お前は麻琴の見舞いに来るほど仲良いのか?」

隣で食べていた坂木はその話題を出された瞬間、咀嚼を止めジロリと千葉を睨みつけた。

普段の防大生ならそれだけで怯えて震え上がるのだが、千葉からしては子犬が睨んできているようにしか見えないのだろう。グラスをいじりながら頬杖を着いて坂木を見ると、

「もしかして内恋してんのか?」
「なわけないでしょう。オレは否定派です。」
「ふーん、それにしてはやけに親密だな。」

否定できない。坂木はどうにか言い訳できないかと酒を流し込む。しかし千葉の事なので嘘をついても見抜かれてしまうだろう。

「ま、麻琴は人懐っこいからな。お前の事も色々聞いてたよ。随分と慕ってるみてぇだ」
「・・・・・・そうっすか」

思わず頬が緩みかけたがここで隙を見せるか、と坂木はムスッとした顔をすると

「で? どうなんだよ」
「どうって」
「うちの妹誑かしてすっとぼけんなよ」
「アンタの妹じゃないでしょ」
「俺はアイツが小学生の頃から知ってんの。可愛い妹みたいなもんさ」
「・・・・・・千葉さんこそ、それだけですか?」

そんな事を言って千葉こそ麻琴に好意があるのでは?いくら可愛がってるとはいえ、年頃の女性にあんなスキンシップをするだろうか? 血の繋がってる乙女でさえ、坂木はスキンシップをしたことが無い。

その質問に千葉のつり上がった目は大きく見開かれぶはっと吹き出すと腹を抱えて笑い始める。

千葉は涙を拭い真面目な顔になると

「好きだって言ったらどうする?」

その質問に今度は坂木が目を見開く番だ。しかしそんな顔を見て千葉は再びぶはっと吹き出すと

「はー、相変わらず面白ぇなお前。」
「・・・・・・こっちは真剣に質問してるんですけど」
「なるほど。じゃあお前は真剣に麻琴が好きなんだな。顔に書いてあるぞ、焦ってるって」
「ぐっ・・・・・・はぁ」

やられた、坂木は面倒くさそうにため息を着く。顔が熱くなるのは酒のせいだ、と言い聞かせながら口を覆うと

「悪ぃかよ」
「反対はしないよ。いいセンスだ。・・・・・・まあ琢磨達がどう反応するかだけど。」

そう言って千葉はスマホを操作すると

「仲良くダンスもしたみたいだしな」
「な、おい! 何でそれっ」

見せられた写真は先日行われたアカシア会のダンス演技。
麻琴は両親には出ると伝えてなかったが、ダンスを見ようと広場へ行ったらたまたま麻琴と坂木が踊っている所に遭遇、撮影をして兄経由で千葉へ動画と写真を送ってきたそうだ。

「ちなみに、この写真は麻琴が小学生の頃な」

そう言ってスワイプさせると小さい頃の麻琴が千葉の膝の上に座ってピースをしている写真。

「あとこれは麻琴が中学生の頃やった新撰組の舞台。沖田総司役だったが池田屋で吐血した時は血が多すぎて若干客から引かれてたな。」
「なんで千葉さんがそんなん持ってるんすか」
「麻琴の写真をシェアするグループLINEがある」
「なんだそれ(変態野郎)」
「入れてやろうか?」
「・・・・・・結構です」

めちゃくちゃ気になったが坂木は首を振る。
千葉は坂木に俺の方が麻琴と付き合い長いです≠ニいうマウントをもっとかけてやろう、と麻琴フォルダを漁ると

「あ、これ麻琴が高校生の頃な。文化祭でやったメイド喫茶と、夏休みの海水浴」
「げほっ」

そこにはメイド服を着た麻琴とビキニ姿で海水浴を楽しむ麻琴の姿。

突然の露出に坂木は酒が気管支に入りそうなのを慌てて阻止し、千葉はその反応に大笑いすると

「お前らこっそり付き合っちまえばいいのに」
「絶対バレますし、実際付き合ってるヤツらはバレてるでしょう。 オレと真壁は兄妹みたいだっていじってくるヤツらのおかげで特に疑われてないんです」
「ほー上手くやったな。で、卒業したら告白しようってか?」
「もちろん、そのつもりで・・・・・・っああ! くそ!!」

釣られてつい言ってしまった。坂木は悔しそうに机に突っ伏すと千葉はケタケタと笑い坂木の背中をバシバシ叩くと

「そのためにも無事に卒業出来るように卒論やら単位に気をつけろよ」
「・・・・・・はい」


この人と居ると相変わらず調子が狂う・・・・・・と坂木は残りのビールジョッキをガッと掴むと一気に流し込んだ。


避雷針と新しい教官



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