新島優陽(にいじま ゆうひ)は第3大隊の女学で4学年、航空要員だ。下の学年に「こんにちは!」と敬礼をされれば敬礼を返し、PXへ向かうと見慣れた背中を見つけ駆け寄りタックルをした。

「坂木!」
「っうお!? って新島かよ」
「よっ、久しぶり。あっ小長になったんでしょ?おめでとう。」
「おう。ありがとな」

坂木は笑みを浮かべると新島も釣られて笑う。

新島の想い人である坂木龍也は1学年の頃同じ4大隊で2学年に進級したと同時に別々の大隊になってしまった。しかし要員は同じなので訓練などで顔を合わせる時がある・・・しかし1ヶ月近い夏季休暇を終え坂木と会うのは久しぶりのため、嬉しさに思わずタックルしてしまった。

「夏季休暇どうだった?」
「ん? 実家帰ったり合宿やったり、まああとは釣りだな」
「相変わらず釣り好きだねぇ」
「まあな。」
「1人で釣りして楽しい?」
「今回は2学年のヤツと一緒に行った」
「へー、今度私も」

行きたい、と言いかけた所で坂木は新島から視線を外すと眉を吊り上げて「おい」と声を掛けた人物が居た。

「真壁、お前またそれか」
「坂木さん、パッケージをよくご覧下さい・・・!これはホワイトなんです!」
「ホワイトォ? そんなんあるのか」
「はい!PXの佐藤さんにホワイトチョコのたべっこすいぞくかんが出ると聞いて発注して貰ったんです!」

小さな手で拳を作り力説する女学・・・背丈は小柄で、身長制限が下がったとはいえこの防衛大にここまで小柄な人間は珍しい。

色白な肌は興奮しているのか頬は赤く染まり、目はクリっとしており可愛らしい顔立ちだ。その女学のカゴの中には4つ入れられた白い箱と青い箱・・・新島は突然現れた麻琴を見ていると麻琴は新島を見上げて慌てて敬礼をした。

「こんにちは!」
「こんにちは・・・」

制服の左胸を見れば桜花は1つ、2学年の学生らしい。

「初めまして。私、1大隊113小隊の真壁麻琴です!坂木さんと同じ小隊でございます!」
「3大隊の新島優陽よ。 坂木とは1学年の頃同じ大隊だったの」
「そうだったんですね。あ、すみません!お話のお邪魔してしまいました」

申し訳なさそうに眉を下げる麻琴に新島は「いえ」と手を上げようとすると

「お前がちょこまかするからオレが声掛けたんだ。」
「そ、そうなんです?(別にちょこまかしてないんだけど・・・)」
「ああ。・・・で、買うもんそれだけか?」
「はい!」

麻琴はカゴに入れられたお菓子を見て満面な笑みを浮かべると坂木もフッと笑う。
その顔は普段鬼と言われていたり、自分に向けられる顔とは違い穏やかな顔だ。

「(そんな顔もするんだ・・・)」

そんな坂木の顔を見て新島は胸がモヤつくのに気づいたと同時に「釣りに行った2学年」の相手はこの真壁麻琴なのではないか?と勘が働いた。割と一匹狼な所がある坂木が後輩、しかも女学と仲良しなので「ひょっとして内恋してるのでは」と過ぎったがあの坂木に限ってそれは無いと新島はその考えを捨てた。

ただ、この2人の間には他の学生同士とは違う空気が出ている。新島は目を細め、坂木とこの真壁と呼ばれる学生のやり取りをただ無言で見つめていた。

「真壁、たべっこをあるだけ持ってこい」
「・・・はい?」
「楽しみにしてたんだろ?1ロット買ってやるからお前んとこの部屋っ子で分けろ」
「ええっ!? 坂木さん太っ腹ですね! ありがとうございます!!たべっこを部屋っ子で分けるんですね!」
「あぁ?寒いギャグ思いつくんじゃねえよ。配るフリして独り占めすんなよ」
「しし、しませんよ〜」
「何で今どもりやがった。 ・・・じゃあ、新島。また訓練でな」
「・・・う、うん」

坂木は背中を向けると「ほら早く行け」と麻琴の背中をグイグイ押しながら共に奥の棚へと姿を消していく。坂木はあんな、スキンシップをする男だっただろうか?

取り残された新島は静かに拳を握りしめれば、爪が手のひらに食い込み痛みが走る。
自分が仲のいい男の学生は?と聞かれれば迷わず坂木と答えるほど仲はいいと思っていた。しかし坂木の中で一番仲のいい女学は?と聞いたら・・・新島は先程の2学年が気に食わず拳だけでなく奥歯も強く噛めばギリ、と音がした。












「この作業着の持ち主はどこだ!」

その日の夜・・・女子用浴室の脱衣所に響く声に学生達は顔を上げた。

防衛大の女子用の浴室は1つのみで14大隊全ての女学が利用する。男とは違い、女学は風呂から入る時も出る時も挨拶をしなければならない・・・麻琴も知念と挨拶をして風呂を出ると麻琴の衣服が置いてある棚の場所に見回り担当の学生が立っていた。

「私です!」
「真壁学生、整頓不備!」
「っえ!?せ、整頓不備!」

そんなはずは・・・と慌てて麻琴は自分の作業着を見ると、微妙にだが畳み方が違うのだ。隣にいた知念も眉を寄せると

「あの、私も隣に居ましたが確かに真壁学生は決められた畳み方で整頓をしていました」
「だがこのように畳み方が間違えている。知念学生の見間違えじゃないのか?」
「それは・・・」
「真壁学生、2学年にも上がり監視が無くなったとは思わないように。まだ夏季休暇が抜けきっていないのか?」
「・・・はい!以後気をつけます!」

麻琴は頭を下げたが頭の中は疑問だらけだった。確かに自分は決められた畳み方で作業着を畳んだはずだ。つい考え込んでしまい、珍しく深刻な顔をしながらTシャツに袖を通す麻琴を見た知念は

「麻琴、気にするのやめよ?もしかして、他の人が麻琴のと間違えて手に取った可能性もあるし・・・」
「うん、そうだね」

確かにその可能性もあるか、と麻琴は苦笑いすると知念共に浴場を後にした。




***




近藤勇美は満身創痍だった。
坂木が小長となり、その推薦で小付きとなったものの・・・不備の多い1学年は特に呼び出しが多くそれに付き添って共に怒られなければならない。お陰で呼び出しのラッシュで自身が勉強をしている暇も無くストレスで寝不足、いつも真剣に聞いている授業中ですらうつらうつらとしてしまう。

そしてついに体力、気力共に限界が来た近藤は足が上がらずつんのめるとそのまま地面に転んでしまった。

「ぐ、くそ・・・」

寝不足から、起き上がろうにも力が出ない。
もうこのまま目を閉じれば地べたでも寝れてしまいそうだ・・・と近藤は瞼が重くなり意識を飛ばそうとした瞬間

「ちょっと、大丈夫!?」

聞き覚えのある声と、ふわりといい香りが鼻腔をくすぐり顔を上げるとそこには以前話題に出た真壁麻琴が心配そうに顔を覗き込んでいた。

「近藤学生!? しっかり!」
「あ・・・えっと、真壁さん?」
「そうだよ!欠礼は見逃すから。ちょっと、大丈夫?」
「はい。いや、大丈夫じゃないです・・・」
「こ、近藤学生!だめだよ!ここで寝ちゃダメ!う、ううお、重い・・・!!」

ぐったりとした近藤を麻琴は抱えるが体格差があり上手く運べない。・・・仕方がない、と麻琴は課業で習った運搬方法を使おうと近藤を仰向けにし脚をクロスさせ腕も組んで後ろに回り込むとグイッと引き上げ、後ろから引きずるように1大隊へと入っていったのだった。







「小付き、大変でしょ?」
「はい・・・想像以上に」

おごりに弱い近藤は麻琴からおごってもらった缶コーヒーを手の中で弄りながら苦笑いした。

「呼び出しの多さに、自分の周りの事も出来なくて・・・この間、松原さんにも注意されてしまいました」

独り言のような話に麻琴は黙ってうんうん、と頷く。小付きこそ麻琴は未経験だったが去年自身が1学年の頃確かに松原が毎日走り回っていたのを覚えているし麻琴も松原には迷惑を掛けたことがある。

「そのストレスのせいかさっき、一番呼び出しが多い同期の胸ぐらを掴んでしまって・・・」

はぁ、と近藤は悔しそうに前髪をグシャッと掴むと麻琴はその手を優しく解いてやった。

「近藤学生、話してくれてありがとう。小付きって1学年の代表でしょ?誰かに相談するのも難しいと思う。 私もね、ここに入ったばかりの頃同期がメンブレ気味になっちゃって・・・どうしようか悩んでる時に坂木さんが話を聞いてくれたの」
「坂木さんが、ですか?」

うん、と麻琴は頷くと

「入校したばかりの頃なんて小付きなんてものは無かったからみんなバラバラで。これじゃまずいと思った私は全員に集まってもらって皆で協力しないか?って声をかけたの。」
「協力・・・」
「お互いの欠点を補う。それだけでかなりの変化はあるはずだよ。」
「なるほど・・・え、全員集めて?」
「ん?うん」

確か前期の頃、麻琴が1学年を集め発破を掛けて大騒ぎしている所を坂木が乱入し睨み合いをしたと聞いた。それを思い出した近藤は口をパカッと開くと

「それって、坂木さんとタイマン張った話ですか・・・!!」
「タイマン?! あ、あはは!そんなのもあったね・・・あの後腕立て100回やらされて死ぬかと思ったけど」
「ひ、ひぃ・・・(こんな小さな人にも容赦ない!)」
「でも、その時同期皆が“連帯責任ですよね”って坂木さんに言ってくれて全員で腕立てしたの。 近藤学生、もっと同期の皆と協力し合うってのも悪くないよ」
「協力・・・そう、ですね」
「どうやるかは近藤学生次第だけどね。でも、ヘルウィークを収めてくれた近藤学生なら絶対乗り越えられるよ!」
「ヘルウィーク・・・っそうか!」

何かを思いついた近藤はバッと立ち上がり残りのコーヒーを飲み干すと麻琴に頭を下げた。

「真壁さん!ありがとうございます!!いいことを思いつきました!」
「ほんと? 力になれて良かった」
「はい!コーヒーご馳走様でした! また今度何かお礼させてください!」

お先に失礼します!と言うと近藤は珍しく目をキラキラさせながら自身の居室へと駆け足で戻っていくのであった。








「真壁学生!またあなたなの?!」
「っえ!?」
「また?!」

これで3回目・・・麻琴の畳まれた作業着は日に日に荒れていく一方だ。 見回り担当の学生も腕を組んで困ったような顔をし麻琴も眉を寄せたがミスはミスだと頭を下げると、急いで知念と浴場を後にした。

「ねぇ麻琴、なんかおかしいって」
「うん・・・」
「真壁!」

声を掛けられて振り向くと、3学年の永井と4学年の三島が追いかけてきたので麻琴たちは慌てて敬礼をする。

「真壁、どうしたんだ最近」
「そうだよ、今更作業着の整頓不良食らうなんて」
「三島さん、永井さん!私ずっと麻琴が作業着畳むの見てましたけど問題なく出来てます!」

そう言うと2人はえ?と首をかしげ、麻琴も小さく頷く。 永井と三島は顔を見合わせて麻琴を見ると

「ねぇ麻琴・・・もしかしてあなた、誰かに目付けられてない?」
「何かしたか?」
「いえ。身に覚えは、無いです。」
「本当にか?」
「はい・・・」

の、はずだ。
それを聞いた永井は顎に手を置くと

「・・・このままエスカレートしてもな。」
「気が済めば収まる・・・って感じでも無さそうだもんね」
「飽きてくれるといいんですが・・・ 真壁、もう少し耐えれるか?」
「へ? は、はい」

永井は頷くと三島と駆け足で1大隊へと戻っていく。取り残された知念と麻琴。 不安そうに俯いた麻琴に知念は顔をのぞき込むと

「麻琴、そんな顔しないの!」
「うん・・・庇ってくれてありがとう、みやちゃん。」
「何言ってんの。同期を守るのは当たり前でしょ!永井さんや三島さんだって、麻琴事守ろうとしてくれてるんだから!へこたれちゃだめだよ!」

バシン!と噎せるほど力強く背中を叩かれると麻琴は前によろけたが、ありがとうと頷き風呂上がりのアイスを買いにPXへと立ち寄った。







その出来事から数分後・・・風呂上がりの武井は1人寂しく1大隊へと入ろうとすると

「ねぇ君」
「ん?・・・は、はい!ばんはっ!(誰だ?)」

武井は見たことの無い女学に声を掛けられた。女学から話しかけられる、しかも先輩に・・・と顔を赤らめドキマギしながら敬礼すると

「この2人って、1大隊の子達?」

そう言われてスマホに写された写真を見て武井は

「はい・・・?はあああぁ??!!近藤オオォ!!!テメェエエェ!ぶっ(ピーーーー)」

と憤怒するのであった。




避雷針に嫉妬:前編



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