8月1日から23日まで続く防衛大学校の夏季休暇。この時期は帰省する者、海外旅行に行く者など各々シャバの空気を噛み締め羽を伸ばしている。

夏季休暇開始から1週間・・・シンチャイからは実家のタイの風景写真や食べ物が送られてきたり、沖縄に帰った知念からは海の写真が送られてくる。

麻琴はと言うと家で映画を見たり、買い物に出かけたりなどのんびりと過ごし、先日は兄2人と共に車で2時間ほど先にある伊豆のヒリゾ浜へと向かった。 ヒリゾ浜の海は透明度が高く、5m下の石までもがくっきりと見えてしまうほど。そして珊瑚礁や魚が多く生息しているためシュノーケリングにはもってこいのスポットだ。


そんな夏季休暇も折り返し折り返しの後半。最後の週には剣道部の合宿があり、あっという間に中期が始まろうとしている。中には前倒しで防衛大に帰ってきた学生達もおり、新しく部屋替えされた麻琴も挨拶をして夏休みの話で盛り上がっていると傍らに置いてあった麻琴のスマホが着信を知らせたためチラッと横目で見ると、相手は坂木からだった。

「あ、ごめん!校友会の連絡が来ちゃった」

そう断りを入れて麻琴はアプリを立ち上げると


坂木: 明日暇か?
麻琴:暇です!
坂木:釣り行くぞ


シンプルな文面。
麻琴は驚いたが緩む顔を引き締めながら

麻琴: 喜んで!
坂木: 1000に去年行った釣り堀に現地集合
麻琴: 了解です!

シンプルなやりとり。返事をすると、坂木から送られてきたのは某アニメのセントバーナードのスタンプ。麻琴の飼っているサスケ同じ犬種・・・わざわざこのスタンプを購入したのだろうか?思わずふふっと笑っていると同期が首を傾げながら

「麻琴の校友会ってどうなの?」
「剣道?楽しいよ」
「えぇーでも、坂木さん居るでしょ?怖くないの?」

大体の4学年は前期が終わり中期になると、手のひらを返したかのように優しくなる。それは、あえて鬼を演じていたから・・・という風に麻琴は対番の渥美から聞いたのだが坂木に関しては中期になっても後期になっても2学年に上がったとしても基本的に怖い。男女関係なく無差別に怖いのだ。

怖いというのは色々な意味もあるが、とりあえずはあの顔だろう・・・と、麻琴は何気に失礼な事を考えてしまう。
しかし坂木は2人だけの時になると普段の防衛大生活の中では見せない優しい顔や声色を見せてくれる。あのつり上がった眉毛が下がれば多少顔つきは優しくなるのに・・・麻琴はふふっと笑うと

「そんな事は・・・」

ないよ、といい掛けて止まった。坂木だって優しい顔つきもするし、笑う時もある。が、あの表情は麻琴だけに見せてくれる特権・・・なのだろうと思うと変な独占欲が生まれてしまった。

「いや、あぁ・・・怖い、けど・・・普段の生活ほどそこまで厳しくないよ」

とっさに麻琴は回答を方向転換をさせる。同期は「だよねえ」と頷くと

「そっか、校友会でもやっぱ怖いんだ。」
「今は1学年の沖田学生につきっきりだからね。」
「あーあの背の高い子!前期は部屋っ子だったのに厳しいよね」
「確かに・・・腐った根性叩き直してやるって言ってたから」
「こわ!泣かなきゃいいけど」

脳内で沖田が口を開いてあわあわし、それを見た坂木がまた「口閉じろ!!」と激怒している姿が思い浮かぶ。合宿中も坂木は竹刀を振り回しながら沖田を追いかけていたので一緒に稽古所ではなかった。

しかし、明日は坂木と2人でまた釣りができる。そう思うとニヤけそうになり、今日はスキンケアをちゃんとしてから眠りにつこうと決めたのだった。




***




AM9:45・・・部屋っ子にはランニングに行ってくると言い動きやすい格好で外に出たため服装はランニング用のレギンスに大きめのTシャツ姿だ。

知り合いに見られぬように、と被っていたキャップを被ると遠くから見覚えのある姿が見えてきたため片手をあげると坂木も手を上げた。

「早かったな」
「へへ、久しぶりの釣りで楽しみでしたので!」
「使い方忘れてねぇだろうな」
「もちろん!」

坂木は笑うと釣り堀の店主と挨拶をして料金を払う。その横で麻琴はボディバッグから財布を取り出すと

「坂木さん、自分の分は払うんで!」
「あ?もう払っちまったよ」
「そ、そんな・・・」
「いいから」

坂木はマイ釣竿セットを肩に掛け直すと行くぞ、と背中を向ける。呆然とした麻琴に店主はニコニコと笑うと

「ははは!男ってもんはああいう生き物さ。坂木くんを立ててやりな」
「は、はい・・・」
「お嬢ちゃん、坂木くんのコレ?」

店主は小指を出すと、麻琴はその意味を一瞬考え理解すると顔が赤くなり全力で首を振る。

「なぁんだ、違うのか。お嬢ちゃん去年も来たでしょ? 坂木くんがここに人と来るなんて無かったからてっきり・・・」
「そうなんですか?」
「うん。お嬢ちゃんだけかな?」

それを聞くと麻琴は頬が緩みニヤけそうになるがグッとこらえると財布を取り出して

「貴重な情報ありがとうございます! では餌代を!」
「餌代も貰ってるよ」
「ぐうっ・・・」

全て先回りされている、麻琴は悔しがると慌てて坂木を追いかけた。




約1年ぶりの釣りとなるが麻琴は扱いを覚えていたらしく蠢く餌にゴクリと唾を飲み込みながら水面に釣り糸を垂らした。
相変わらず長時間座るとお尻が痛くなるビールケース・・・麻琴と坂木はお互い何も喋らずに居ると

「暑くねぇか」
「ちょっと暑いですね・・・でも平気です!」
「これでも被っとけ」

坂木は予備の大きめのタオルを取り出すと麻琴の頭にバサッと無造作に掛けた。坂木は首にタオルを掛けているだけの状態だったため麻琴は慌てると

「そんな、坂木さんが熱中症になっちゃいます」
「オレは帽子持ってきたから大丈夫だ。誰かに見られたらめんどくさい事になるしな・・・それに、女は日焼けとか気にするだろ」
「あ、ありがとうございます・・・」

坂木のそんな気遣いに麻琴も照れてしまい、被せられたタオルを握りしめる。

「坂木さんは、夏休みどこか行かれましたか?」
「今年も実家に帰ったな。冬は論文とかあるから帰れなさそうだし、新幹線やら電車乗り継いで帰った」
「えぇっ、あの距離をですか?!」

何故、と麻琴は驚き、坂木は楽しそうに笑うと

「同郷組の奴らと帰ったんだが、どうせ帰るならのんびり帰ろうってなってな。とりあえずお前がいる静岡、愛知は名古屋に行ってひつまぶし食って、あと新幹線ホーム内にあるうどん屋が美味いって愛知出身の奴から聞いたから、それも食ったな。それから三重、奈良、大阪、京都って行きたいところを見て回った」
「へぇ・・・楽しそうですね」
「オレたちは来年から幹校に行ってその後各地に配属されれば、暫くは遠くに行けれないからな。ちょっと早い卒業旅行だ。」
「いいですね、それ。あ、ていうか静岡来た時に呼んでくださいよ!私穴場とか案内しましたよ!」
「せっかくの休暇だろ、邪魔は出来ねぇよ。」

坂木はフッと笑うと

「お前は何してたんだよ」
「私は伊豆までシュノーケリングに行きました」
「へぇ」
「ヒリゾ浜っていう場所があって、ホントに日本か?!ってくらい海が綺麗なんです!」

麻琴は釣竿を固定するとスマホを取り出して水中デジカメで撮った写真を坂木に見せると坂木はほぉ〜と感嘆の声をあげる。

「確かに日本じゃないみたいだ。すげえな」
「兄が元々シュノーケリング好きで、今回連れていってもらったんですけど感動しました」
「・・・なんつーか、意外だな」
「へっ意外?」
「いや、お前は当初引きこもりタイプだと思ってたんだがな・・・防衛大以外でもアクティブになれるんだな」

確かに、麻琴は必要以上に外に出るタイプでは無い。 しかし防衛大はとにかく動く、そして後輩を連れて外に出るなど面倒も見なければならない。

入校当時の上級生のミーティングにて外の空気を吸いたがる1学年が沢山居る中で、麻琴だけは引きこもり宣言をしていたため女学からは変わった子だと囁かれていたほどだ。

そんな麻琴も意識が変わったのか、2学年になってからは進んで外に出るようになったのだ。

「防衛大入ってからですよ、こんなアクティブになれたのは。」
「いい事だ。成長したじゃねぇか」
「ありがとうございます。 私、あの綺麗な海を守るためにも、海上の勉強を頑張ろうって思えました!父も応援してくれてますし」
「父親・・・?」

麻琴の父親・・・1学年の頃脱柵に巻き込まれた事件で麻琴を辞めさせる、辞めないと喧嘩したのは当時麻琴の兄から聞いていた。 坂木が麻琴に電話した時に出たオネェ口調の男性が麻琴の父親だったわけだが・・・電話の会話ではああ言っていてもまだ折り合いが悪いのだろうか、と坂木は心配そうに眉を下げると麻琴は慌てて

「反対とか、そういうのはもう無いです! ただ、希望してた要員が違ったのでモチベーションは大丈夫か心配だったそうです」
「そういう事か」
「父は、私には危ない仕事をして欲しくなかったみたいで。でも大きな怪我しない程度に頑張りなさいよって応援してくれました」

拳を握って笑う麻琴を見て坂木も口元を緩めると、

「なんつーか、面白い父さんだな」
「そ、そうです?まあ・・・他のお父さんとは違って変わってますが、自慢の父親です」
「ああ。お前の事を心配してたよ」

そう言うと麻琴は目を見開いて驚くが視線を逸らし照れくさそうに「そうですか」と呟く。

「坂木さんの所のお父さんはどんな感じですか?」
「ん?んー・・・頑固だな」
「(似てるな)こ、怖いんです?」
「怖いつっつーか・・・寡黙だな見た目はオレに似てるが」
「へぇ・・・(怖いわ)」

坂木の顔が渋くなった感じだろうか・・・乙女同様想像がつかないな、と麻琴はもんもんとしていると坂木は

「真壁のとこは?」
「私? 写真ありますよ」

スマホから取り出した写真を見せて貰うと坂木は

「・・・グ〇ップラー刃牙みてぇだな」
「花山さんほど傷は多くないですけどね! 刑事なので暴力団関係の事件とかも担当してますよ」
「あぁ、それっぽいな・・・(取り調べ受けた気分になったのは間違えなかったか)」

坂木が頷いた途端、釣竿も同意だと言うかのようにピンッと糸が張られたため意識を釣竿に集中させた。





***




「失礼します!真壁さん、ちょっといいですか?」
「あ、乙女ちゃん!お久しぶり」
「お久しぶりです!」

麻琴の部屋にやってきたのは対番の乙女。すると乙女は小さな鞄からラッピングされた袋を取り出した。

「真壁さん、遅くなってしまいましたがお誕生日おめでとうございます!」
「えっそんな!わざわざありがとう!」
「いつもお世話になっていますから!気に入って頂けると良いんですが・・・」
「何だろう、開けてもいい?」
「はい!」

手のひらサイズのラッピングは某コスメブランドの物で丁寧に包装を剥がすと可愛らしいケースのリップが入っていた。

「わあー!リップ?凄い可愛い!」
「えへへ。ケースとリップの色がカスタマイズできる新商品が出てたので・・・」

乙女は麻琴に顔を近づけると小声で

「真壁さん、紫外線で唇荒れて悩んでるって言ったら兄が凄くこだわっちゃって。ふふっ」
「・・・へっ?こ、この可愛いのを?!」
「はい!私の意見なんてちーっとも聞いてくれなくて!なので、私からはこれを」

そう言うと袋の中には同じブランドのメイクポーチが入っていた。

「でもその色、真壁さんに似合うと思います!」
「後でお礼言わなきゃ」
「はい! 真剣に探してたので喜ぶと思います!」

では、失礼致します!と他の部屋っ子にも挨拶をすると乙女はニコニコしながら部屋を出て行った。

「(坂木さん、また釣りに連れてってくれたけどお誕生日祝いのつもりだったのかな・・・)」

リップの色はナチュラルな色で、付けても言わなければバレないほどだ。ケースは猫柄と可愛らしく、女性だらけの百貨店で乙女と一緒だったとはいえ・・・真剣に選んでいたと聞いた麻琴は席を立つと急いで坂木のいる自習室へと向かった。





「失礼します! 113小隊の真壁です。坂木さん、少し宜しいですか?」
「ん、ああ」

本を読んでいた坂木は麻琴の顔を見ると少し目を見開いて頷くと、本を閉じて席を立い部屋を出て廊下の隅っこに行く。麻琴は周りをキョロキョロと見渡して人が居ないのを確認すると坂木に頭を下げた。

「坂木さん。プレゼント、ありがとうございました」
「・・・あ?あぁ、あれか」

坂木は突如挙動不審になり壁に凭れてそっぽを向くと小声で

「ていうか、お前・・・誕生日くらい言え。っつても、周りの目があるからメシとかは連れて行けねぇが・・・」
「はい。だから学生が近づかない釣りに連れていってくれたんですよね?坂木さん、すごく楽しかったです! 素敵な誕生日の思い出になりました。」

そう言って笑う麻琴の唇には坂木が選んだリップが施されており、坂木はじーっと麻琴を見つめてしまう。 あまりにも無言のため麻琴は首を傾げると

「坂木さん?」
「・・・プレゼントはアイツ(乙女)が探しに行くって言ったから、たまたまだ」
「ふふ、はい。 でも乙女ちゃんの意見聞かずに真剣に探してくれたって聞きました」
「ちっ、ったく。アイツ口軽すぎるだろうが」
「凄く可愛かったです!ありがとうございます。嬉しい」

素直にそう伝えると、坂木は照れ隠しなのか首に手を当てて目を逸らし「そうかよ」と小さく呟く。こんな坂木を見れるのも自分だけの特権だと麻琴は嬉しくなり頬がもっと緩んでしまう。

「プレゼント、大事にしますね」
「・・・おう。その、なんだ。良いんじゃねぇの」

それは、似合っているという意味だろうか。麻琴も恥ずかしくなり俯いてしまう。

「この間電話した時誕生日おめでとう≠チて言いそびれちまった」
「ふふ、お父さんのせいですね。ありがとうございます」

それから軽く会話をした後2人は別れたが、麻琴はニヤニヤが抑えきれず永井に「なんだその顔は!たるんどる!」と怒られ、坂木も珍しく口元に笑みを浮かべていたのですれ違った近藤と沖田に「坂木さんが笑ってる・・・!?」と2度見されたのであった。

避雷針の誕生日



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