麻琴が帰ってきた日の夜・・・テレビを見ながら晩御飯を食べていると外から車のエンジン音が聞こえた途端、足元で伏せをして眠っていたサスケが立ち上がった。

「パパが帰ってきたみたいね」
「ワン!」

母親のその言葉にサスケはしっぽを振ってリビングのドアの前に座ると廊下を全速力でバタバタと走る音が聞こえ、バァン!と開くと

「麻琴ちゃぁん!パパすっっっごく会いたかったわー!!」
「おかえり、お父さん」

スーツを着た強面の、頬に傷が入った男性が満面な笑顔で麻琴に抱きついて頬ずりをした。

「防大どう?いじめられてない?やだちょっと、焼けてるじゃない!スキンケアちゃんとしてるの?!」
「艦艇の研修あったから」
「まぁ・・・まだ若いからいいけど10年後にくるわよ!」

オネェ口調のこの男性こそが麻琴の父親である。職業は警察官の刑事課で一時期は暴力団グループの本拠地に突入するというニュースが取り上げられ


「ちょっと!居るのは分かってるのよ!ここ開けなさいよ!」
「うるせぇオカマ野郎!」
「あぁ?!んだともっぺん言ってみろテメェ!!キン(ピーーー)ひっこ抜くぞゴルァ!!マサちゃん、やっちゃって!」
「はい!」


工具でこじ開けられた半開きのドアに蹴り1つで蹴破り、全員を逮捕をしたというニュースは一時期「ニューハーフ刑事」と呼ばれ一世を風靡したことがある。今でもその動画はネットの動画サイトに投稿され今でもネットの広い海に放たれている。
父親が何故このようになったのかは経緯は不明だが、ニューハーフバーでバイトしていた時代に母が客として現れそこから長い付き合いの末結婚したそうだ。

見た目は千葉に近い190cmの高身長に柔道、剣道の経験があり筋骨隆々。頬にある傷や強面見た目も相まって逆にヤクザなのではと思われるのだがその中身はオネェ・・・麻琴が生まれた時からこのような状態のため他の父親もこのような感じかと思ったら全然違ったため驚いた経験がある。

「ねぇ、彼氏できた?いい男いる?」
「・・・防大は内恋禁止なのー」
「そんな事言ってぇ〜!パパその野郎に身辺調査かけちゃおっかな!」
「もー!職権乱用やめて!大丈夫な人だってば!」
「あっやっぱり居るのね!どんな子?どんな子?」
「うあああ!」

やってしまった、と麻琴は頭を抱える。
父親は溺愛しすぎのあまり麻琴に近づく男全員を身辺調査に掛けてしまう所がありもちろん千葉も経験済みだ。

「あのね麻琴ちゃん、あなたは嘘つくと鼻がピクピクするの。ちっちゃい頃からの癖ねぇ〜かわいいわねぇ」
「ぐぐぐ・・・」
「パパ、麻琴をイジるのはいいけどご飯食べちゃってね。ビールは?」
「欲しいわママ〜!もー今日も疲れたのよ〜!」

台所でイチャイチャする父親と母親を横目に麻琴はため息をついて温玉うどんを食べたのだった。






「その海上要員ってなにするの?」
「気象とか信号通信とか、海事法規とか・・・前期は呉まで行って訓練用の艦艇に乗って横須賀まで帰ったよ。4学年になったら自分たちで航路を決めて横浜まで帰るみたい」
「え〜!凄いじゃない! 楽しかった?」
「うん。楽しかったよ」

そう言うと頬杖をついてニコニコと聞いていた父親が眉を下げると

「ねぇ、本当はお兄ちゃんと同じ陸上に行きたかったんでしょ?」
「うん・・・まあでも、適性が海上だったから仕方ないよね。手旗信号覚えるの大変だけど」
「手旗信号ってこうやってパタパタするやつ?」
「そうそう。これがイで、ウって」
「わあ!じゃあア・イ・シ・テ・ルって告白出来るわね!ド●カムみたい!」
「あれはブレーキランプでしょ」

そうツッコミを入れると父親は大笑いし、目に溜まった涙を拭うと

「落ち込んでると思ったけど安心したわ。パパね、麻琴ちゃんにだけは危なくない安全な仕事について欲しいって思ったの。ママみたいな先生とか、幼稚園の先生とか。」
「うん」
「まあこればっかりはパパの血を継いじゃったわね・・・まあ防衛大での成績も悪くないみたいだし。とにかく、大きなケガしないように頑張りなさいよ」
「ありがとう。お父さん」

ビールの入ったグラスと麦茶のグラスをコツンとぶつける。久しぶりの親子の会話、しんみりしながら父親はビールを煽るとピコン、とテーブルの隅っこに置かれた麻琴のスマホを瞬時に見て目を細めると

「・・・で、麻琴ちゃん。その待受の野郎は誰なのかしら?」
「ぶふっ」

飲みかけた麦茶を吹きかけそうになった麻琴であった。






夏季休暇3日目の土曜日・・・麻琴は幼なじみの麻友と久しぶりの再会をし、ダイナー・レストランを模したカフェに来ていた。 麻琴が横須賀に帰ってから3ヶ月後にオープンした店舗で、写真映えをするということで地元では人気店舗になっているそうだ。

「こんなお店出来たんだね・・・」
「いっつも混んでてなかなか入れなかったんだよねぇ・・・これの前サイゼだったっけか」
「そう!サイゼ!よく行ったよね」
「うんうん。」

高校は違えど麻友とは交友が続いていたため日曜日やお互い空いた時間に顔を合わせては、今のように近況報告をし合っていた。
麻琴の防大生活や麻友の仕事の話をしていると今度は周りの友人の話になる。SNSで見せられる同級生達は楽しそうに大学生活を送り、麻琴とは真逆の生活をしている。

麻友と2人で肩を寄せ合いスマホを見ていると

「あれっ、麻友と麻琴?」
「「ん?」」

顔を上げると見覚えのある顔・・・中学時代の同級生が麻琴達の席の前で立ち止まり声をかけてきた。

「え、菜々?」
「そうそう!久しぶり!」

髪を染めて化粧をしてしまえばもはや誰だか分からない・・・同級生である菜々は2歳ほどの女の子と手を繋いでいた。その視線に気づいた菜々は笑うと

「私の子だよ」
「えっ!」
「そうなの?!」

菜々は失礼〜と笑いながら麻琴たちの席に座ると

「実は高校の頃付き合ってた彼氏とね、できちゃって。高校中退したの。」
「そ、そうだったんだ・・・」
「旦那さんは?」
「彼氏は年上でバイト先だった人。子供が出来たって言ったら店長が社員にしてくれて、そこでまだ働いてるよ」

それを聞いた麻琴は驚いたがホッとする。隣に座る子供は不思議そうに麻琴達を見つめており菜々はあやしながら笑うと

「麻琴と麻友は?」
「麻友は就職して、私は進学したよ」
「そっかそっか。なんだっけ、ぼーだい?行くって昔言ってたよね」
「そうそう。 今そこにいるよ」
「へぇ〜!凄いじゃん!」
「話聞いてると生活大変そうだよ〜」
「集団生活だからね」

そんな他愛のない身の上話をしていると菜々は苦笑いする。

「なんか皆、やりたい事をやって夢に向かってて凄いなぁ・・・」
「いやいや、菜々だって子育てしてて凄いよ。」
「私なんて週末にしか外に出れなくて久しぶりに地元帰ってたら皆イメチェンしてて誰が誰だか分からない浦島太郎状態だよ?」
「ふふっ、ありがとう。 ・・・あっ!旦那来たから行くよ。会えてよかった!またLINEするね」

そう言って手を振る菜々。
麻琴は思わず菜々の腕を掴むと

「菜々は今幸せ?」
「えっ?うん。もちろん」
「菜々たちの幸せや、そこの子の未来を守るのが私の仕事だから。 お幸せにね!」

菜々は目を見開いたが嬉しそうに微笑むと

「ありがとう!麻琴も頑張って!」
「うん!また連絡するね」

お互い手を振り遠くの席にいる旦那の場所へ向かう菜々の背中を見送ると、麻友は

「なんか、みんな色々な人生歩んでるね。」
「うん。」
「私は麻琴が輝いて見えるよ」
「えぇ?私だって麻友が輝いて見えるよ。」
「麻琴は昔から明確な夢があったでしょ?それが凄いなって思ってた。それに比べて私はやりたい事が無いまま就職したけど最近は仕事が楽しいし・・・今思うと就職して良かったなって思ってる。」

よく見れば麻友の右手の薬指にはキラリと光る指輪があり麻琴は口をパカッと開けると

「麻友さん・・・?もしかして彼氏できた?」

その質問に麻友はニヤッと笑うと右手の甲を麻琴に向ける。

「実は5ヶ月前に」
「えええぇ・・・!」
「別部署の先輩だよ。麻琴にも会社の人紹介しよっか?」
「いえ、間に合ってます」
「あはは!麻琴はサカキさんだもんね。そっちの方の近況報告聞いてなかったな。どうなの?」
「えっとね・・・」

麻琴はグラスについた結露を指で拭いながら、坂木との出来事を思い出した。


***


夏季休暇、坂木はファミレスで妹の乙女と今後について話し合っていた。結果的には今後とも防衛大での生活を続ける方向になり坂木もそれに納得すると伝票を持って会計を済ませた。

「駅まで送る」
「ううん、私今から真壁さんのプレゼント買いに行くから!」
「・・・・・・は?」

麻琴にプレゼント?なんの事だと坂木は立ち止まった。乙女はニコニコと笑うと

「もう過ぎちゃったけど、真壁さんの誕生日は7月23日だったよ。時間が無くて当日は挨拶だけだったけど、一番お世話になってるから何かプレゼントしたくって」
「な・・・」

麻琴の誕生日が7月23日・・・そんなの初耳だ。言われてみれば確かに、坂木は麻琴の誕生日を知らなかった。アプリで通知も来なかったということは、麻琴は誕生日設定をしていないのだろう。

本人に聞けばよかったのに、目まぐるしく流れる防衛大学校の生活に坂木は誕生日というイベントが抜けてしまっていた。

麻琴は日付が変わると同時にお祝いのメッセージをくれたと言うのに、自分はその日何をしていたのだろうか。そもそも何故あいつは言わないのだと頭の中でグルグル考えてしまい、口を半開き唖然としている坂木に乙女は首を傾げると

「・・・兄さん?」
「ああ、いや。何でもねぇ・・・そうか、アイツ誕生日だったのか」
「えっ!知らなかったの?」
「言われてみりゃな・・・」

しまった、という坂木の珍しく焦った様子に乙女は何かを察してニヤッと笑うと

「そうだ!ねえ兄さん、一緒に買い物行く?」
「・・・は?」
「一緒に真壁さんのプレゼント探そうよ!」

乙女の提案に坂木は驚いて目を見開いたが、視線を逸らし頬をかくと

「・・・仕方ねぇな、着いてってやるよ」

素直ではない兄に乙女は再び微笑むと、ファミレスを後にした。




***




「(どうしたもんか)」


実家に帰る前日・・・下宿先では同じ下宿仲間や同期がテレビを見ている中、坂木はスマホを見ていた。

麻琴の誕生日・・・過ぎてしまったがおめでとうの一言は言うべきでは無いのだろうか?坂木はアプリを立ち上げながらベランダに出ると麻琴に通話をしようと画面をタップした。


数秒のコールの後、コール音が途切れ電話に出る音。坂木は口を開いた瞬間

『はぁい、もしもーし!』
「は?えっと、あの・・・」

突然、猫なで声の男の声・・・坂木は掛けた相手を間違えたのだろうかとスマホを耳から離して画面を見るが、通話相手は麻琴で間違えない。

この男は一体・・・と眉を寄せているとスピーカーから

『あなた麻琴ちゃんのボーイフレンド?いい声ねぇ!』
「あ、いえ、その・・・私は真壁学生と同じ小隊で4学年の坂木龍也と申します・・・」

若干どもりながらも自己紹介をするとスピーカー越しから聞こえるオネェの男性は

『ボーイフレンドじゃないの?残念ね〜好きな子居るって聞いたからてっきり・・・』
「は、はぁ・・・」
『あぁ、麻琴ちゃんならお風呂で居ないわよ。』
「そうでしたか」
『ふふ、麻琴ちゃんと仲良くしてくれてありがとうございます。何かあればビシバシ指導しちゃってくださいね。』
「真壁学生は優秀ですので。私も気付かされる事が多いです」

・・・それにしてもこの男性は一体誰なのだろう。情報が多すぎて若干混乱してしまっているとそれを察した男性は

『ああ、自己紹介遅れたわね。アタシ・・・』
『ちょっ、ま、私の携帯!誰と話してるの!?』
『えっとねぇ、龍也くん!』
『うわあああー!!!!』

聞いたことの無い麻琴の叫び声を聞くと

『坂木さん!こんばんは!』
「おう・・・」
『あ、あはは!すみません!お騒がせしました!』
「いや、大丈夫だ。さっきの人は・・・」
『麻琴ちゃんのパパでーーーす!』
『ちょっと黙って!』
「は・・・あ?!父親?!おい、ちょっと代われ!」
『えっ!?』
「真壁、早 く し ろ」

圧のある声を送ると麻琴は渋々父親にスマホを貸す

『自己紹介遅れちゃってごめんなさいね、アタシ麻琴の父です』
「こちらこそ失礼致しました。 坂木龍也と申します。」

麻琴の父はリビングを出て静かな場所へ移動したのか、少し息を吐くと

『坂木くん、あの時ウチの娘を助けてくれてありがとう。息子から話は聞いたよ。』

突然オネェ口調では無くなった父親。坂木は少し驚いたが背筋を伸ばすと

「いえ。真壁学生も、自分で単独行動をせずすぐに我々上の学年に伝達を回してくれたので速やかに問題解決が出来ました。」
『あのまま君が見つけてくれなかったと思うと恐ろしいよ。 ・・・君は4学年だったかい? あと少しの間だけど、娘を宜しく頼みます。』
「はい!」

そう返事をすると父親の受話器越しから笑い声が聞こえ

『実はね、娘に近寄る男はどんな奴であろうと身辺調査を掛けていたんだがね』
「はい」
『当然坂木くんも対象になるんだけど・・・その感じではやらなくても大丈夫そうだ』
「は、はあ・・・」
『仕事柄、ナリや声を聞けばどんな人間かは分かる。・・・さて。さっきからドア越しから娘が殺気を放ってるようだからそろそろ代わろう。 ずっとお礼が言いたかったから言えてよかったよ。開校祭は行く予定だから、もし時間が合ったら顔を見せておくれ』
「はい! お待ちしております!」

すると受話器越しからは『はぁい麻琴ちゃん』とオネェ口調に戻った父親。どっちが素なのだろかと坂木は首を傾げたが慌てて麻琴は電話に出ると

『坂木さん!変な事言われてませんか?!』
「いや。大丈夫だよ。」
『そう、ですか・・・てっきり身辺調査かけるって脅してるんじゃないかって』

そう言うと坂木は思わず笑ってしまい

「必要ないって言われた」
『えっ!? そ、そうですか・・・珍しいですね』
「職権乱用じゃねぇか」
『もうね、ほんとですよ。』

そこから他愛もない会話をし、長々と30分近く話してしまいあっという間に時刻は23時を回り、坂木の下宿先の同期も寝る支度を始めてしまった。

「もう23時か、お前ももう寝ろ」
『はい。 おやすみなさい』
「おう。おやすみ」

そう言ってお互い通話を切った後


「・・・やべぇ、言い忘れた」

父親のクセが強すぎて本来の目的である「誕生日おめでとう」を言いそびれた坂木と

「坂木さん、どんな用事があって電話してきたんだろう?」

スマホの画面を見ながら首を傾げた麻琴だったが、坂木と話せて良かったとスキップしながらリビングへと戻ったのだった。

避雷針と鬼の夏休み



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