今年は多忙だ。と千葉は夏季休暇は帰ってこなかった。その代わり、冬休みには必ず顔を出してくれる・・・そのような旨のLINEが来ると麻琴はスマホをの画面を消した。



夏期休暇前の大掃除、他の1学年の指導をしながら床を激〇ちくんで落としていると

「真壁」
「はい!」

坂木に呼ばれ麻琴は敬礼をする。

「ちょっと来い」

何かしただろうか、麻琴はそわそわとしながら坂木の背中を追いかけると廊下の隅にやってきた。

「クリダンの時に貰った景品覚えてるか」
「えっと、確かクマさんでしたよね」

オフィシャルグッズである陸、海、空のくま人形。あの時麻琴は1学年、私物を持つことは禁止されていたため坂木の下宿に預けたままだったのだ。

「離校許可が降りれば周辺の防大生は一気に減る、お前も時間があればオレの下宿寄れ」
「は、はい!寄らせていただきます!」
「着替えて帰る準備出来てからでいいからな」

坂木はフッと笑うと持ち場に戻れ、と背中を向けた。












«学生隊同時放送、現在より離校が許可された。

総員、解散!»



麻琴達はそのまま下宿へ寄り私服に着替えて実家へと帰る。防大生は普段作業着もしくはジャージのため、私服には気合が入ってしまう。
麻琴もこの後坂木に少しだけだが顔を合わせる・・・そう思うと自然と意識してしまい、ほぼ千葉が買ってくれた服からラベンダー色の後ろでリボン結びをするワンピースを手に取ると急いで着替え軽く化粧をした。




坂木から事前に教えられた住所へ向かうと防衛大付近の2階建てアパートにたどり着いた。
着きました、とスマホを開いて送ろうとすると複数の話し声が聞こえてそちらを向いた。

全員は話を止めて麻琴を見るとたっぷりと間を開け

「・・・・・・・・・あ、真壁か」
「こここ、こんにちは!」

そこには岡田、大久保、岩崎が大量の買い物袋をもって立っていた。

「久しぶりだな、真壁」
「岡田さんお久しぶりです!」
「真壁か!私服だったから分からなかったぞ!」
「こんな所でどうしたんです?」
「えっと、クリダンの景品を貰いに坂木さんの下宿先まで」

そう言うと全員はああ、と納得すると岩崎は下宿を指さすと

「坂木なら部屋の片付けをしている所だ!オレ達は前期の打ち上げで今から鍋パだ」
「流しそうめんのおもちゃもあるから、締めは流しそうめんだな」

こんな猛暑の中鍋パ・・・締めは流しそうめん。謎の組み合わせに麻琴は引きつった笑みを浮かべる。
岡田は階段を上がってガチャッとドアを開けると大声で

「坂木ィ!真壁来たぞー!」
「お前は友達が来た時のオカンか!」

坂木がそんなツッコミをしながらバタバタと出てくるとTシャツにジャージというラフな格好をした坂木が出てくると

「そこじゃ暑いだろ、上がれ」
「は、はい!」

ついでに帰るつもりだったのでキャリーバッグを持ったまま階段を上がろうとすると坂木がそれを掴んで階段を上がる。

「坂木さん、私もてます」
「いいから。足元気をつけろよ」
「はい!」

坂木はそっぽを向きながら階段を上がり麻琴も慌ててスカートの裾を掴むと階段を駆け上がった。



「照れてますね」
「照れてるな」

そんな2人のやり取りに後ろにいた大久保と岩崎はニヤニヤと見守りながら階段を上がった。





「ほらよ」
「えっ、全部ですか!」

まさか3つとも貰えるとは思わなかったのだろう。麻琴は驚いて3つのクマを受け取ると坂木は眉を寄せて

「オレが持ってたってしゃーないだろ。」
「確かに・・・あ、じゃあこの子だけでも!」

そう言って麻琴が差し出したのは海自のセーラ制服を来たクマ。麻琴はニコッと笑うと

「私、知り合いから同じものを頂いてるので。良かったらその子、坂木さんちの子にしてください」
「分かった。そういう事なら頂こう」
「私と坂木さんで掴んだ優勝ですからね!」
「そうだな」

坂木も笑みを浮かべると、割烹着を着た岡田がやってきてじーっとこちらを見てくる。

どうしたのだろう、と首を傾げると

「真壁、お前もメシ食ってくか」
「は?」
「え?」

突然の誘いに麻琴は驚き、坂木も慌てて振り向く。「晩御飯食べていきなさいよ」というオカンのようなノリだ。

すると今度は後ろから

「誰かと思ったら真壁か!」
「西脇さん!」

同じく袋を下げた西脇が立っており、その後ろにはやせ細った長身の男性も立っている。

「コイツは中浜。岡田と同じ四大隊だ」
「初めまして!一大隊、113小隊の真壁麻琴です」
「中浜満矢だ。よろしく」

同じ防大生だろうか、と言うほどの細さと猫背・・・麻琴は緊張で背筋を伸ばしていると西脇は麻琴の背中をバシバシ叩くと

「真壁は実家に帰るのか!」
「うぐっ・・・はい!」
「そうかそうか!じゃあ帰る前にメシでも食ってくか!」

岡田と同じ誘いを受けてしまい、坂木は麻琴を見ると

「お前、時間とか大丈夫か?」
「いえ特には。適当な時間に帰ろうと思ってたので」
「そうか・・・まあ、お前さえ良けりゃだが」
「はい!喜んで参加させて頂きます!」

麻琴は頭を下げると部屋の中に足を踏み入れた。 部屋はとても狭いのに坂木、岡田、西脇、岩崎、大久保、中浜とガタイのいい学生が揃いぎゅうぎゅう状態だ。

「ははは!狭いな!」
「これでも片付けたんだぞ・・・」

参考書や過去問などが紐で結ばれた塊や私服、奥には信楽焼のたぬきや千手観音まである。
誰の趣味なのだろう・・・と呆気に取られていたが麻琴も作るのを手伝おうと立ち上がり岡田の隣に立った。

「真壁は料理とかするのか?」
「はい。 両親も仕事で遅かったりしたので兄と一緒に作ってました」
「俺は料理がからっきし駄目でな。おいお前ら、米はいるか?」

リビングから全員の「いる〜」という声が聞こえ岡田は頷くとよいしょ、と何かを取り出しドン!と置いたのは訓練で使う飯盒だった。

炊飯器をチラッと見て麻琴は驚くと

「岡田さん、炊飯器は・・・」
「俺は機械音痴でな。 飯盒なら炊ける」
「な、なるほど・・・」
「それに飯盒の方がおコゲがあって美味いだろ」

麻琴も秋季訓練の時に飯盒を使って食事をしたがおコゲの取り合いになったのを思い出す。
岡田に炊飯は任せよう、とビニール袋を開けて固まった。

「あの、これは・・・」
「ああ。食べたいものを詰め込んだらこうなった。」
「これじゃ闇鍋になりますよ!」
「闇鍋か、いいな。 おいお前ら、闇鍋にしないか!」

すると奥から「賛成〜」という声が聞こえ麻琴は頭を抱えた。





本来なら1品持寄るルールなのだが、全員がチョイスしたものを暗闇の中で鍋に投入されていく。

パチン、と電気を付けると全員が「うわぁ」と声を上げた。



鍋の中にシュークリームが浮いてるのだ。
全員「やるんじゃなかった」と軽率に返事をした数分前の自分を恨み箸を掴むと

「いただきます!」

そう言うと全員が恐る恐る具材を掴んだ。

「うわ、何だこの味」
「だんだん甘くなってきた」
「これ肉か?」
「パイナップル買ってきたやつ誰だよ」
「買ってきた生ハムが茹でれらてベーコンにになっちまった」
「いやむしろしゃぶしゃぶだろ」
「あ、生ハム私です」

それぞれ感想を言い合いながら食べ、麻琴は顔を上げると

「皆さん、お米があります!」
「それだ!」

飯盒の蓋を開ければ炊きたてのお米の香りが部屋に広がり全員は美味い美味いと鍋のお供に米をかきこんでいく。

「何だかんだ美味かったな」
「クリームシチューみたいな味だな」
「シュークリームがいい感じにきいたな。あれは坂木か?」
「良くわかったな、オレだ」

そんな会話を聞きながら全員はテキパキと後片付けをしてあっという間に部屋が綺麗になると今度は岩崎が坂木から借りたジッポライターでロウソクに火をつけた。

再び遮光カーテンで暗くなった部屋・・・麻琴は首を傾げると

「ふふふ、真壁。まだまだイベントは終わらないぞ」

シュシュシュ!とポーズを決めた岩崎は目を輝かせると


「第6回、中浜満矢ミステリーナイトツアー!」


某怪談話をする男性になぞったタイトルをポーズを決めて叫ぶと全員は拍手をして座り始めた。





***





中浜満矢ミステリーナイトツアーとは、簡単に言うと怪談話である。

2学年になった坂木達が夏季休暇初日に行われる鍋パで突然中浜が喋り始めた怪談話がきっかけだ。見た目も相まって中浜の怪談話は怖く、毎年夏と冬にやっているらしい。

時刻はまだ14時半・・・坂木は時計を見て麻琴を見ると

「おい、時間大丈夫か?」
「はい!大丈夫です。怪談話、私気になります!」
「いいぞ真壁!ははは!中浜の話は怖いぞ〜」
「新しい話を仕入れてきた。「猿夢」という都市伝説だが・・・」

暗くなった部屋、ぼんやりとロウソクの光に映る中浜が口を開くと、怪談がスタートした。




***



「・・・おしまい」


猿夢という話(詳しくはググられたし)を聞いた麻琴はラストで鳥肌が立ってしまった。
シーンと静まった部屋、全員は黙り込み麻琴も思ったより怖かったため固まっていると岡田が真顔で

「・・・寝るのが怖いな」

と感想を呟くので麻琴もコクコク頷いていると間髪入れずに中浜は「八尺様(詳しく
ググられたし)」という話をし始めた。

「(うぅ中浜さんの話怖い・・・!鍋食べたら帰ればよかった・・・)」

怖いもの見たさで参加したものの、麻琴は心の中でそう叫んでいると隣に座っていた坂木が姿勢を変えた。

「っ!」

横座りをして床に着いていた麻琴の手に坂木の手が重なったのだ。 驚いてチラッと坂木を見るが坂木は何事もなく前を向いて中浜の話を聞いている。
じーっと坂木を見つめていれば、前見ろと言わんばかりに重なった手の指がトントンと麻琴の手の甲を軽く叩いた。

たまたま手が当たったのではない。当たったのなら坂木は「悪ぃ」と一言言ってすぐに手を離すはずだ。

寒気がする話ばかりだが怖くないように、と坂木が触れてくれている手だけが熱い・・・おかげでほっとしていると突然

パチンッ

「うぎゃあ!」

部屋の中にラップ音が響き麻琴がビクッと肩を跳ねさせた。 麻琴のリアクションに全員が笑うと中浜はぼそりと

「怖い話をすると、そういうものが寄ってくるみたいだからな・・・」
「り、ひいぃ・・・」
「ははは!麻琴は怖がりだな。」
「確か去年の試胆会でも気絶してましたもんね」
「坂木に運ばれてたな」
「あ、あれは・・・!」

本物を見たのだ、と言いたいがあれは面白かったなと盛り上がってしまい全員聞く耳を持ってくれない。

それを聞いた中浜は僅かに微笑むと麻琴を見つめ

「じゃあ最後に俺の十八番を話してやろう」
「おお。あれか」
「あれはいつ聞いても怖いな」

岡田、大久保、岩崎、西脇が笑い坂木もハッと笑うと

「真壁、チビるんじゃねぇぞ」

そうからかいつつも、坂木はちゃぶ台の下で麻琴の手を握ってやった。








夕方にはお開きになり、坂木達に見送られながら御殿場に帰ってきた麻琴。怖い話を聞いたが、なかなか交流できない先輩との出会いもあり有意義な時間だった。 久しぶりの実家、しっぽをはち切れんばかりに振りながら出迎えてくるサスケを抱きしめると携帯を取り出して写真を撮る。

着いたら連絡をしろ、そう坂木に念を押されたため「到着しました!」とサスケのドアップの写真も一緒に送ると既読はすぐについた。


坂木:着いたか。今日はゆっくり休めよ
麻琴:はい!本日はお誘いありがとうございました!
坂木:オレも楽しめた
麻琴:私も楽しかったです

そんな他愛もないやり取りをして麻琴は久しぶりの実家のベッドで寝転がる。
季節は春からあっという間に夏になってしまった。そしてまたあっという間に秋になり冬になり、そして春になれば坂木はこの防衛大を卒業してしまう。

「寂しいなぁ・・・」

春休みの日、坂木は麻琴に卒業式の日に伝えたい事があると言った。それは期待してもいい2文字だろう。

麻琴は坂木から受け取った航空自衛隊のクマを見つめると頭を撫でながら

「この子の名前・・・坂木さんにしようかな?いや、名前の方がいいかな? りゅ、りゅう・・・」

龍也・・・下の名前で呼ぶのが恥ずかしくて、くすぐったくて、サスケしか居ない部屋で麻琴は顔を真っ赤にさせるとクマを抱きしめてゴロゴロとのたうち回ったのだった。

避雷針とミステリーナイトツアー



prev | next

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -