“2学年待て、総短艇用意!”


「うおおおお!」
「走れ走れ!」
「訓練では1位狙うぞ!!」

食事途中だった麻琴達2学年は立ち上がるとダッシュで短艇に乗り込み声を出す。




夏期定期訓練の前半が始まった。
麻琴達や他の学年の海上要員はポンドへと集められ寝泊まりをし、後半は護衛艦に乗り乗艦勤務実習がある。

前半のポンド合宿は座学をしたり、信号通話、手旗、各部名称や帆走理論などなど・・・みっちりとスケジュールが組み込まれている。

しかしその中でも総短艇という訓練・・・予期せぬ戦闘に対応するための訓練だ。ランダムで突然アナウンスが掛かり、該当する学生は何があってもトイレに行こうとしてもご飯を口に入れる寸前でもアナウンスが掛かればダッシュでポンドへと走り、全力で船を漕ぐのだ。もちろん、これも大隊で競っているため負けてはいられない。

「カッター訓練終わったと思いきや・・・」
「うう、治りかけのケツが・・・」

男子の呻き声を聞きながら麻琴もズキズキと痛むお尻をさすりながら歩いていると

「おっ真壁! ははは!いい感じにボロボロだな!!」
「岩崎さん・・・」

同じく海上要員の岩崎。
そういう岩崎もハァハァと汗だくでフラフラとしている。

「ははは・・・どうだ、キツいだろう」
「うぅ・・・はい。いつアナウンスがかかるか怖くて」
「分かる、分かるぞ。・・・しかし真壁、少し元気が無いな。」
「へ?まだ体力はありますけど」

そんなに顔色が悪いだろうか、と頬に手を当てると岩崎は首を振る。

「その元気じゃない。気持ち的な元気と言ったらいいのか? ・・・まさか坂木絡みか?」
「えっ」
「ははは、図星だな」

岩崎はシュシュッと謎のポーズをすると

「何かあったか?」
「何か、と言いますか・・・その・・・」

麻琴に好意を寄せていた岩崎。
聞いてもいい気分ではないだろうと口を噤むと

「真壁、あの件は抜きにしてオレは1人の先輩としてキミの力になりたいと思ってる。 あと厳しい事を言うが、今は訓練中だ。 私情はまず置いておいて、訓練に集中しないと。吐き出せば多少は楽になるだろ?」
「はい・・・すみません」
「で、悩み事は?」

腕を組んで壁に背中を預けた岩崎。
麻琴は前で組んでいた手に視線を下ろすと

「坂木さんがですね、最近」
「うん」
「乙女ちゃ・・・岡上さんのこと、見てる気がして」
「岡上学生?」

岡上乙女、岩崎ももちろん知っている。
しかし麻琴は乙女が坂木の妹だとは知らないのだ。なんと説明したら良いのか・・・岩崎はこれはまずい、と顎に手を当てて「真壁」と声を掛けようとした瞬間

“4学年待て、総短艇用意!”

なんてタイミングだ、と岩崎は眉を寄せると

「悪い、真壁!この話は後で!」
「はい!ありがとうございました!」

麻琴は敬礼をすると岩崎も敬礼し笑顔を向けるとポンドへと走っていった。





...




「真壁さ〜ん!」

声を掛けられて振り向くと、乙女が手を振って駆け寄ってきた。

「乙女ちゃん、こんにちは!」
「こんにちは!あの、私・・・」

乙女は頬を赤くして頬に手を当てると

「実は私、彼氏が出来ました!」
「えっ!ホントに?!おめでとう!」
「真壁さんに1番にお伝えしたくって!」

麻琴は純粋に喜び、乙女の手を握って2人でぴょんぴょんと跳ねると

「乙女」
「あ!」

振り向けばそこには坂木が立っており、麻琴はパッと笑顔になる。

「坂木さん!」
「龍也さん!」

乙女は坂木の名前を呼んだ後、とんでもない発言をした。

「真壁さん!私の恋人、4学年の坂木さんなんです」
「・・・・・・えっ」











「うえええっ!!」
「うわっ!」

麻琴は声を上げながら起き上がると、同部屋の知念達が驚いて麻琴を見た。

「ちょ、麻琴。どうしたの?」
「いや、なんでも・・・はあぁ〜夢か・・・」
「あはは、船の上だから変な夢見ちゃうよねぇ」
「私も総短艇してる夢見たよ・・・」
「大丈夫?ほら、ワッチの連絡来たから起きよ起きよ」

最悪な夢じゃないか、と麻琴は安堵の息を吐くと急いで身支度をした。





1週間のポンド合宿も終わり、後半は実践の艦艇実習。現在麻琴達は広島県の呉に来ており海上自衛隊 幹部候補生学校からの練習艦「せとゆき」にて乗艦訓練を行っている。

大隊ごとではなく、ほかの大隊とシャッフルされた班分けによって出来たチームで組まれた班も最初はお互い分からない状態だったが、交流するにつれて打ち解けてきた。防衛大は元々女学が少ない上、要員で絞られると更に少ない・・・女子特有の団結力を発揮し、同乗している他の海上自衛官からの評価も高いのであった。


・・・現在は訓練をしながら、広島を出て防衛大学校付近にある横須賀基地まで移動中だ。赤いランプがつく廊下を歩きながら知念は小声で

「そう言えば、帰ってきたら丁度1学年が遠泳に向けて訓練してるね。応援行かなきゃ!」
「うん!遠泳かぁ〜キツかったよね・・・」
「うんうん。麻琴が1番心配だったよ」

当時1学年の頃、麻琴はまともに泳げず坂木が個人レッスンしてくれたのを思い出す。 麻琴はあの日の出来事を思い出して頬を緩ませていると

「乗艦訓練だとあの人と連絡取れないから辛いよねぇ〜」
「う、うん・・・」

海の上では電波は届かない・・・坂木は今頃浜松の基地で訓練をしている頃だろう。

「(坂木さんも頑張ってるんだ! 私も頑張ろう! ・・・それに、坂木さんに卒業まで待つって約束したんだし・・・信じて待とう!)」

脳裏に乙女を見つめる坂木や夢の内容が脳裏を過ぎったがそれを振り払うように首を振ると麻琴は

「これが終われば夏休み!」
「そうだ!夏休み!」
「打ち上げしようね!」
「やろやろ!」
「頑張ろう!」

オーッ!と班員達は小声で手を重ねる円陣を組むと、当直業務に集中したのだった。


「うう〜!久しぶりの地面!」

横須賀基地に到着した麻琴は久しぶりの地上に班員と感動の声をもらす。
平衡感覚が掴めない船内で船酔いをする学生が大量発生し最初は訓練所では無かった。酔い止め薬を持っておくといいぞ、と千葉にアドバイスを貰ったが・・・ほぼ気休めでしか無かった。

解散となり各自防衛大学校へ帰るのだが麻琴の鞄に入れられたスマホがピコン!と何度も音が鳴った。

「うわっ凄い着信」
「今まで圏外だったもんね・・・」

主にメルマガだが、ラインの通知も来ている。
通知の中には千葉も混ざっており「乗艦訓練頑張れよ」というメッセージが送られてきていたので「無事に帰還!」と敬礼のスタンプも一緒に添えて返事をした。

「(あっ)」

坂木からもメッセージが届いており慌てて開くとそこには浜松に行った時に食べたのか、餃子の写真とピースをしている大久保が送られてきており思わずクスッと笑ってしまった。

「(私も何か・・・あ、そうだ)」

74式アスロックSUM8連装発射機に貼られた「ようこそ防大生!」という歓迎横断幕を背に撮った記念写真を送ると、麻琴はポケットにしまい急いで防衛大学校へと戻った。



避雷針と海上要員訓練



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