「かしらー右!」

カッター訓練を終えて一人前の防大生として認められた麻琴。1学年の武井が起こした服務事故によるヘルウィークなど・・・色々あったがそれも無事に解決し、本格的に海要員の訓練が近づいてきている。

そんなある日、朝の乾布摩擦をしている中・・・麻琴は視界に入った坂木を見た。

坂木は真っ直ぐ前を向いていると思いきや、チラッと視線を動かし、じーっと誰かを見つめている。
誰か問題のある人間が居るのだろうか?麻琴もその視線を追うと

「(乙女ちゃん?)」

麻琴の対番である、岡上乙女。
今年の女学でダントツに可愛いと噂になるほどの女学・・・麻琴も初めて乙女と会った時は「美少女」と感動したほどだ。

坂木の視線はその岡上乙女に向けられている。乙女に何か問題があるのか?と言われれば特に何も無い。ただ前を向いて真剣に声を出して乾布摩擦をしているのだ。

「(気のせいかな?)」

乙女の近くには沖田がいる。もしかしたらら坂木は同じ部屋っ子である沖田を見ているのかもしれない。麻琴はそう納得すると乾布摩擦に集中した。






・・・しかし、麻琴の予想は大きく外れることになる。

「あ、坂木さん!」
「おう」

昼食後、麻琴は坂木を見つけ敬礼を返すと坂木も敬礼を返す。

「この間の休養日、お前が引率外出のプラン考えたんだって?」
「はい!」
「田辺から聞いた。よく頑張ったって褒めてたぞ」
「ホントですか!?へへへ、照れます・・・」

校友会では1学年が入り、あの沖田が入部した。坂木はその沖田の根性を叩き直すのに集中してしまい、あまり麻琴とも交流が無かった。

久しぶりに坂木とこうして話が出来てウキウキしてしまう。

「海上要員もポンド合宿が始まるな。怪我すんなよ」
「はい! 坂木さんも県外へ合宿ですか?」
「おう、浜松の基地まで。」
「浜松!餃子が美味しいですね〜」
「確かに、前に行った時食べたが・・・・・・」

坂木は言いかけた途端視線を麻琴から外した。その視線を追いかけると、その先には沖田ではなく乙女だった。

今朝の乾布摩擦も気のせいではなかったのか・・・麻琴は胸がざわつき思わず

「あの・・・坂木さん?」

すると坂木ははっと目を開くと麻琴を見下ろして

「ああ、悪ぃ。」
「・・・大丈夫です。あ、私そろそろ行きますね!」
「おう、転ぶなよ」
「はい!」

せっかく坂木と話せてウキウキだったのだが、一瞬の出来事で一気に沈みこんでしまった。坂木には笑顔を向けたが背中を向けた途端、麻琴は小さく息を吐いた。





***




「うーーーん」


岡上乙女は乾燥室で洗濯物を干しながら唸っていた。
長年愛用していたガラケーの電源がつかなくなってしまったのだ。充電しても反応せず、電源ボタンを長押ししても見慣れた画面が現れることはない。

「乙女ちゃん?」
「あっ、真壁さん!こんばんは!」

乙女は慌てて敬礼をすると麻琴も敬礼を返す。

「なんか唸り声が聞こえたけど、どうしたの?」
「携帯が壊れちゃったみたいで」

ポケットから出されたガラケーを受け取ると、麻琴は電源を入れようとするが反応はない。

「寿命かな・・・?」
「はあぁ・・・ですよね」
「今日は月曜日だし、買い換えるなら土曜日の休養日だね。 家の人と連絡とれないけど大丈夫?私の携帯使う?」

連絡が取れないとなるとさすがに両親も心配するだろう・・・乙女は慌てて首を振ると

「いえ!大丈夫です!」
「そう? 買い替えするなら秋葉原がいいよ。土曜日ついていこうか?」
「いいんですか?!慣れてないもので、行くのが不安だったんです」
「もちろん。よし、じゃあ週末は秋葉原へGOだね!」
「よろしくおねがいします!」



・・・そしてあっという間に週末を迎え、麻琴と乙女は秋葉原へと来ていた。
携帯を買い換えたあとカフェでゆっくりとしよう、と景色が見えるカウンター席で肩を並べて乙女にスマホの操作を教える。

「今だと連絡手段はほぼLINEだから、LINE入れておいた方がいいかも」
「はい!」

アプリの落とし方やメールアドレスの設定方法などを教えているとピコン、乙女のスマホが鳴った。

「無事に届いたみたいだね」
「はい! ありがとうございます!」

これで一安心だろう、麻琴はニコニコとしながらスマホを操作する乙女を横目に、アイスカフェモカを手に取りストローで吸う。

しかし、ちらりと見えてしまった乙女のLINE画面。そこに映ったトーク画面の名前を見てしまい、麻琴は硬直してしまった。


坂木龍也


同姓同名だろうか?いや、そんな滅多なことは無いはず・・・何故乙女と坂木が連絡先を交換しているのだろう。 校友会も違うわけだし、接点はほぼ無いはずだ。



「真壁さん、どうかしましたか?」

心配そうに首を傾げる乙女。麻琴ははっ目を見開くと、なんでもないよ!と笑顔を向けた。







乙女:お兄ちゃんごめんなさい!携帯が壊れちゃって連絡取れなくなってた><

その日の夜、坂木の携帯に送られてきたLINEを見て、不機嫌そうに眉を寄せていた坂木の眉間のシワがスッと無くなった。

坂木:事情は近藤から聞いた。 1人で行けたか?
乙女:真壁さんが付いてきてくれたので、無事に買い替えれたよ!
坂木:そうか

慣れない土地だ、本来なら自分がついて行ってやりたい所だが乙女と自分が兄妹というのは4学年と教官達しか知らされていない。

乙女:お兄ちゃん、真壁さんには教えなくていいの?

麻琴には乙女と自分が兄妹だとは知らせていない。 乙女から来たメッセージを見て坂木は顎に手を当てた。

・・・やはり、麻琴にも教えるべきなのだろうか。しかし、乙女が自分の妹だと分かれば遠慮してしまい指導しづらくなる可能性もある。麻琴に限っては大丈夫だとは思うが・・・念には念をだ。

坂木はスマホの画面をフリックすると

坂木:お前が真壁離れ出来てからだ。 前期が終わったら、オレから伝えておく。

そう言って送信するとアプリを閉じ、立ち上がると居室を出た。





コンコン

「はーい。あれ、坂木?」
「失礼。 真壁は居るか」
「はい!」

自主勉をしていた麻琴は慌てて顔を上げると坂木は「ちょっと来い」と手招きをする。
麻琴は慌てて帽子を被ると部屋を出て、前を歩く坂木を追いかけた。

「坂木さん、どうされましたか?」
「いや、特に・・・勉強中に邪魔して悪いな」
「いえ!」

首を振ると到着したのはいつもの談話室・・・坂木は小銭を入れるといつも麻琴が飲んでいる乳酸菌飲料のボタンを押して麻琴にポイッと投げた。

「ほら」
「ごちそうさまです!」

一体どうしてしまったのだろうか・・・首を傾げながら長椅子に座る坂木の隣に座った。

少し沈黙があったあと、坂木が口を開いた。

「・・・今日は何してた?」
「えっと・・・対番の乙女ちゃ、岡上学生の携帯が壊れてしまったので秋葉原まで買い替えの付き添いに」
「そうか、そりゃ大変だったな」

もちろん知っている。
本来なら「うちの妹が迷惑を掛けたな」と礼を言いたいのだが・・・その礼を込めて麻琴を呼び出してこうすることしか出来ない。

しかし麻琴からしたら突然どうしたんだろうと疑問に思うに違いない。なにか都合のいい話題は無いだろうか・・・と坂木も炭酸飲料を口にする。

「・・・対番に対して、何か困った事は無いか?」
「へ?」
「いや、無いならいいんだ」

どうも、坂木の様子がおかしい。
首に手を当てて目を逸らす坂木はどう見ても挙動がおかしいのだ。麻琴は疑問に思いつつも乙女の近況を思い出す。

「特にこれと言って・・・指導は減りましたし、彼女は出来っ子だと思います。 以前、同期の子が指導に耐えきれず泣いてしまった時があったのですが率先して声を掛けたりなど周りをちゃんと見ていたり、疑問に思った事はすぐに質問してくれます。」
「・・・そうか」

坂木は少し黙ったあと

「あまりお前と話すタイミングが無いと思っててな。お前の対番の渥美から話は耳に入っていた。 頑張ってるみたいだな」

坂木も気にしてくれていたのか、麻琴は今まで心の中にあったモヤモヤがそれだけで晴れ笑みがこぼれる。

「そんな、時間を作ってくれてありがとうございます。 坂木さんも、1学年を沢山抱えてて大変ですよね・・・」
「ああ。さすがに6人面倒を見るのはな・・・しかも今年は曲者揃いだ。この間のヘルウィークはなかなか終わらねぇし、あと特に近藤。アイツは・・・」

坂木は眉を寄せぼやくが、その顔は嬉しそうだ。楽しそうに語る坂木の横顔を眺めながら麻琴も笑みを浮かべ相槌を打つのであった。

避雷針と不安



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