残念ながら準優勝となってしまった一大隊だが、他の学年は温かい拍手や声援で出迎え、2学年の肩を抱きながら学生舎の中へと入っていく。


麻琴も永井達や同部屋の先輩たちに頭を撫でられながら励まされているのを坂木は眺めていると、岩崎が隣にやってきた。

「声掛けなくていいのか?」
「あぁ?オレの出しゃばる所じゃねぇよ」

と言いつつも、その顔色はあまり良くなく心配そうに麻琴を見つめている。
練習期間中、クルーの為に考え行動していた麻琴。それを近くで見ていたからこそこのような結果になってしまったのは辛いものがある。

「これも経験だ。・・・これでカッターも終わったんだ。アイツも立派な防大生だよ」

坂木はそう言うと目を伏せて自身も一大隊の中へと入っていった。






***





「はあぁ・・・」


沖田蒼司は深くため息をついた。

海上自衛官の父親に憧れ・・・自身もそうなりたいとこの防衛大学校に入校したはずなのだが、自分のあまりにも不器用さに毎日指導され、部屋長の坂木にも叱られてしまっている。

おまけに2年生がカッター訓練を終えて指導できる立場になった瞬間、監視の目が増えた。募る憂鬱感に再びため息が出かかった瞬間、ぼーっとしていたせいで階段から降りてくる上級生に気づかず顔を上げた頃にはすれ違うギリギリの所だった。

「こっ、こんにちは!」

まずい、と沖田の心臓はバクバクと鳴り嫌な汗が流れる。 周りがこの生活に慣れてきているのに自分だけはまだ・・・これじゃまた反省文だ、と慌てて敬礼をすると

「はい、こんにちは」

柔らかい声が聞こえ見下ろすと、そこには小柄な女学生がにこっと沖田を見上げていた。

182cmある沖田より頭ひとつ分小ささ・・・長身の沖田から見たらどの女性も小柄に見えるのだがこの女学生はずば抜けて小柄に感じる。

「えーっと、確か君って同じ小隊の子だったよね?」
「えっ?」
「113小隊の真壁麻琴です」

そう言って麻琴と呼ばれた女学生はにこっと再び微笑むと

「顔が暗いけどどうしたの?」
「えっボク、顔暗かったです?」
「うん。その顔で歩いてちゃ他の人に目をつけられちゃうよ。そうだ、今時間ある? 」
「はい!」

じゃあおいで、と手招きされ談話室の方へと案内された。




「はい、どうぞ」
「いただきます!」

渡されたジュースを受け取り沖田は口に含める。柑橘系の味が口に広がり、ふぅと息を吐くと

「落ち着いた?」
「はい・・・」
「良かった。沖田くん、何か悩んでる事があったの?」

沖田はグッと唇を噛むと俯き、持っていたペットボトルをグッと握ると

「ボク、何してもダメダメで・・・何しても空回りしちゃうんです」
「うんうん」
「慌てすぎちゃってアレやったらコレ忘れちゃったり」
「うんうん。あるよね、そういう事」

隣で麻琴はコクコクと頷くと

「真壁さんでも、そういう時がありましたか?」
「もちろん! むしろ、まだまだだと思ってるよ。私も大変だった時期とか悩んだ時期はあったけど、話を聞いてくれる先輩とか同期が居たから頑張れた所もある。誰しも最初は上手くいかないよ。身体で覚えるしかないね、こればっかりは 」
「身体で覚える・・・」
「まずは1つの動作を確実に!終えた作業には一呼吸おいて全体を確認。周りに追いつけなくて焦るけど、そういう時こそ落ち着いてね」

そう言うと麻琴はニコッと笑い

「ちなみに沖田くんの部屋は?」
「115号室です」
「115・・・あっ!坂木さんとこの!この間ベッドを飛ばされてた部屋だね」

坂木・・・再び顔が明るくなった麻琴とは対象に沖田の顔は震え上がりガタガタすると

「坂木さん、怖くて・・・いや、ボクがダメダメだからですけど・・・」
「坂木さんは確かに厳しい人だけど、絶対に見捨てない人だから。私も最初は怖かったなぁ」

1年の頃を思い出して麻琴は懐かしそうに目を細めると沖田は首を傾げた

「? 最初はって、今はもう怖くないんです?」
「もちろん、今でも緊張感はあるよ。ふふ、そのうち分かるよ」

少し頬を赤らめた麻琴の言っていることはまだ理解出来ないが、いつか分かる日が来るのだろうか・・・麻琴は腕時計を見ると「あっ」と声を出す。

「もう行こうか、沖田くんも作業残ってるし」
「はい!あの、真壁さん・・・ありがとうございました!」

頭を下げる沖田にいいよいいよ、と手を振ると

「沖田くん、人を叱るって凄くエネルギーを使う事なの。坂木さんがずっと沖田くんに指導するってことは、大事にしてるって事だと思う。 何も言われないのはそりゃ確かに楽だけど、それは無関心と同じことだと思うな。」
「無関心・・・」
「言われるうちが華。ってね! とにかく、まずは確実にこなしていく。慌てず落ち着いていこうね」
「はい!」



***



部屋に戻ってきた沖田はニコニコとしながら麻琴に買ってもらったペットボトルを眺める。
怖い者だらけの防衛大学校だとは思ったが、あのような先輩も居ると思うと少し心が軽くなった。

麻琴に言われた通り、ひとつずつこなしていこう!と小さく拳を握り心の中で決意をしていると、

「沖田、どこいってたんだよ?」

同部屋の近藤が首を傾げると沖田はえへへ、と笑って

「ちょっと先輩とお話してて」
「先輩?」

先輩達に怒られてばかりの沖田。先輩と叱られる以外で会話するなど珍しい・・・と、目を見開く。同じく席で読書をしていた坂木と西脇も、珍しい事もあるなと聞き耳を立てていると

「真壁さんっていうボク達と同じ小隊の人なんだけど、すっごく優しくて! 色々アドバイス貰ったからボクそれを意識してやってみようかなって!」

真壁、同じ小隊・・・それを聞いた坂木はピクッと反応し本から顔を上げると普段寄せらた眉のシワが一層と深くなる。

名前を聞いた近藤も、どこかで聞いた事のある名前・・・と着校日の日、PXで会った小柄な女学生を思い出した。

「真壁さん?もしかして、あの小柄の?」
「そうそう!すっごく優しかった!えへへ・・・」
「(クソッ、沖田め・・・!)」
「真壁さんかぁ〜俺も乾布摩擦の時に顔合わせたことあるけど、1番小さいよなぁ。先輩だけど、可愛いって思ったよ」
「確かに、可愛らしい人だよな」
「えー俺はチラッとしか見た事ないなぁー」

盛り上がる1学年達。
麻琴が可愛らしい、そうだろう。と坂木は心の中で頷いていたが、後ろにいた西脇がコロコロと椅子で移動させながら

「・・・おい、坂木。お前相槌うってるぞ」
「・・・・・・っ」
「(コイツの可愛いは妹目線なのか異性目線なのか・・・ま、絶対口に出さんだろうなぁ)」

ヒソヒソ声で教えられた坂木は小さくゴホンと咳払いをし、西脇は苦笑する。
勤労感謝の日、立場が逆転した日があったが確かに麻琴は優しく指導してくれた。きっと妹の乙女にもあのように指導してくれたに違いない。

・・・しかし、沖田にもあの笑顔を向けたと思うと思わず舌打ちをしそうになり、代わりに本は変形し小さく貧乏揺すりをしてしまう。

これは完全に嫉妬だ。大丈夫だ、と坂木は落ち着けと深呼吸しようとすると、沖田が爆弾を落とした。

「それに、真壁さんってばいい匂いするんだ〜!!」
「はぁ?!」
「おいおい沖田、お前変態だろ」
「いいにおいだぁ〜!?」

流石にそれは・・・と原田は焦り、武井はブチギレていると近藤が冷静に

「ああ、確かに真壁さんっていい匂いするよな。柔軟剤かな?制服に静電気付くし・・・その対策かも。」
「ね!お花みたいな匂いするよね〜フローラル!!」
「お花かぁ〜」
「フローラル・・・」


全員がほわんほわんと妄想していると


バァン!


突然坂木が机をぶっ壊すのでは無いかという程の爆音を立てると1年全員がビクッと飛び跳ねる。
ギギギ・・・と振り向けばそこには鬼の形相をした坂木が全員を睨みつけると

「テメェら・・・真壁をいやらしい目で見てんじゃねぇだろうなぁ・・・?」
「そ、そんな!」
「滅相もございません!!」
「ははは! 真壁は坂木にとって妹みたいなものだからな!」

妹・・・?近藤は目を見開いてチラッと坂木を見る。
坂木の妹は、近藤と同期である岡上乙女・・・ですよね?と、とある日の出来事を思い出していると坂木は近藤を睨みつけて目で黙らせる。

「あの〜妹みたいってのは・・・」
「ああ、真壁も今や出来っ子だが入校当初はお前達みたいに上手くは行かなかった。しかし、同期の士気が乱れた時に1年全員呼び出して発破をかけドンチャン騒ぎしていた所を坂木に乱入され、坂木と睨み合いのタイマンを張った女学だよ」
「部屋長とタイマン・・・?!」

なんて恐ろしい事をする・・・と全員が震え上がっていると坂木はフッと笑い

「あれか、懐かしいな。 いいか、真壁は小さくて大きいヤツだ。見た目で判断するんじゃねぇ。」

小さくて大きい・・・矛盾した言葉を言われ、近藤は首を傾げる。

「沖田、真壁の期待を裏切るような事はすんじゃねぇぞ。」
「はい!」
「よし、分かったら全員腕立て30!!」
「え?!」
「理不尽!!」
「うるせぇ!それとも空気椅子が良いのか?!好きな方を選べ!!」


115号室からは阿鼻叫喚、坂木の怒る声、西脇の大笑いする笑い声が廊下に響いた。

避雷針とダメっ子



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