「真壁、動くなよ」
坂木の顔が近づき、突然の事に麻琴は心臓が早く鳴った。
・・・そのまま坂木は麻琴おでこをガシッと掴むとマジックのキャップを片手で開けてハチマキに何かを書き始めた。
「(ちちちち、近い!)」
吐息が掛かるほどの距離まで近づき、麻琴はギュッと目を閉じる。
「・・・できたぞ」
坂木はゆっくりと手を離すと、麻琴の乱れてしまった前髪を手ぐしで直してやる。
「あ、ありがとうございます・・・?」
何が起きたのか麻琴は疑問に思いながらお礼を言うと坂木は麻琴の頭をガシガシと撫でくり回す。
「最後の気合いだ!」
麻琴を門の前に立たせ、背中を軽く押せばポンドの門に足を踏み入れる。
「真壁!頑張れよ!」
振り向けば坂木は笑顔でこちらを見ている。麻琴はまた顔を赤くなり、慌てて帽子をかぶり敬礼をすると
「ありがとうございます!ぶっ壊れてきます!」
「おう!」
麻琴はそのまま背中を向けると11クルーが待つ列へと向かう。
「ごめん、お待たせ!」
走ったせいなのか、いや先程の坂木のせいだ・・・帽子を外して麻琴はパタパタと手で扇ぐと全員はそのおでこに書かれたメッセージを読んで爆笑し始めた。
「真壁、公式だな」
「えっ何が?」
松原の言葉に首を傾げ、作業着から小さな手鏡を取り出すと
テメーが11クルーの挺指揮だ! 頑張れ避雷針!
殴り書きされたメッセージ。それを読んだ麻琴はあたふたとし、全員はニヤニヤしながら冷やかしたのだった。
11クルーは何とか決勝まで漕ぎ着ける事が出来た。 スタートの合図で麻琴が指揮を取り、全員はそのリズムで櫂を回す。
遠くでは太鼓の音と、一大隊の応援の声が聞こえてくる。相手の2大隊とは僅差の状況、松原は波の動きを見てハッと息を呑むと
「しまっ・・・高い波が来るぞ!備えろ!」
「おう!」
大きな水しぶきと共にカッターが浮き上がり叩きつけられる。 パンチング状況による大きな揺れに麻琴も耐えているとジャージの腰を松原にガシッと捕まれる。
「真壁、踏ん張れ!悪い、今のでロスが・・・」
松原は途端に焦り歯を食いしばると、草間や他のクルー達は笑顔になり
「大丈夫!ロスがあるならスピードを上げればいい!」
「お前ら・・・」
「真壁、もっとスピード上げてもいいぞ!」
「了解! みんな、リズム上げるからね!」
「おおー!」
「あと少しだ!気合い入れろ!」
パンチングのロスを何とか取り戻し全員が掛け声を上げながら、相手の第二大隊とほぼ同着でゴールをした。
「やったか!?」
「いや、同時にも見えますが・・・」
応援に混ざっている坂木達は遠くに見える自分たちのクルーを見て眉を寄せる。結果がどうなったのか、ざわつく一大隊・・・すると教官達を乗せたボートからメガホンのスイッチが入れられた。
《ビデオ審議に入るため暫く待つように》
カッターに乗った麻琴達も手を組んで教官たちのボートを見つめていると、海要員の教官が立ち上がりメガホンを構えた。
《審議の結果・・・優勝、2大隊!》
その言葉を聞いた瞬間、遠くにいた2大隊からは「よっしゃぁ!」と歓声が上がり櫂を立てる。遠くの応援席からは拍手が沸き、麻琴達11クルーは拳を握った。
「くそっ、艇首ギリギリだったのか・・・!」
「あの時波に打ち上がらなかったら、もしかして・・・皆、すまない。」
松原や周りのクルーが俯く姿に、麻琴は拳を握ると
「・・・俯くな!」
そう声を張り上げる声は震えており、泣きそうなのを堪える。
「っそうだ!俺達は全力を尽くした!!・・・胸を張ろう!」
草間も俯きながらもそうは言うが、同じく声が震え涙が零れそうだ。麻琴は後ろにいる松原をバシバシと叩くと
「ちょっと、泣かないでよ!」
「まだ泣いてねぇ!」
すると遠くから
「一大隊!お前らよくやった!」
「早く帰ってこーい!!」
大きな拍手が聞こえ、全員がやっと顔を上げると一大隊が手を振っていた。
「・・・とにかく、戻ろう。」
松原はそう言うと全員は重い身体で櫂を回したのだった。
ポンドに戻ると、4学年やレギュラーになれなかったメンバーが待ってくれていた。
松原を先頭に坂木の前に立つと
「坂木さん、皆さんすみま・・・」
「遅せぇとおもってたら、テメェら!なんだそのシケた面はァ!背筋伸ばしやかれ!」
すみませんでした、といい切る前にそれを遮った坂木腹から声を出し激を飛ばすと、全員は驚いて背筋を伸ばす。
やっと全員と目が合った所で坂木は
「努力に憾(うら)みなかりしか・・・海上自衛隊幹部候補生学校で教わる五省のひとつだ。 お前らが日々努力し、周りと助け合いそして本番で全力を出しているのはオレたちにも充分伝わった。 確かに金クルーは逃したが、お前たちにしか得られなかった感情や経験が出来たはずだ。」
全員は目を赤く腫れさせながら頷くと坂木はキッと眉を吊り上げると
「この悔しさは忘れるな! その気持ちをバネに、次は開校祭の棒倒しでは優勝だ!!いいな!」
「「「はい!!ご指導ありがとうございました!」」」
「分かったらとっとと学生舎に戻るぞ!」
坂木の掛け声に全員は返事をし、走って学生舎へと戻って行くのだった。