《本日は2月14日 身に覚えのある者はー・・・》


そのアナウンスが聞こえると何名かの学生は廊下を走り、坂木もメールをチェックすると椅子から立ち上がった。

「何だよ坂木もか」
「あぁ? いつものアイツだ」

同期の問いに帽子をかぶりながら真剣に答えると「シスコンだ」と聞こえたが無視だ。


2月14日、それはバレンタインデーである。






2月に入り、定期試験期間に入った。

この時期になると校友会も休みとなり空き時間は全て試験勉強に注がれる。

「(今回も上位を狙う!)」

麻琴は拳を握ると鞄を持って図書館へ向かった。





いつも自習をしている席へ向かうと、そこにはもう先客が居た。

「岡田さんだ」

教科書とノートを開き、スっと伸びた綺麗な姿勢でペンを走らせている。

「岡田さん、こんにちは」
「真壁か」

岡田は顔を上げ、麻琴は敬礼をすると席を探す・・・が、岡田はこちらをじっと見つめてくる。

「???」

何だろう、首を傾げると岡田は隣の椅子を引くと

「何だ、分からない所は無いのか」
「えっ」

以前も自主勉強中に岡田が席に座っており勉強を教えてくれた・・・岡田も忙しいのではと遠慮していたのだが確かに分からない場所は多々ある。

「・・・良いんですか?」
「ああ。 前回同様、粗方抑えてあるからな」
「ありがとうございます!」

引かれた椅子に座るとお願いします!とノートを広げた。

岡田の教え方は相変わらず分かりやすく麻琴は分からなかった場所がどんどん解消されていく。

「岡田さん、ありがとうございました!」
「気にするな。お前は要点を掴めている。これなら次の試験も上位に食い込めるはずだ」
「はい!頑張ります!・・・あ、そうだ」

麻琴は鞄からゴソゴソと取り出すとお菓子の袋を取り出した。

「岡田さん、どうぞ!」

手渡されたチョコを岡田は驚いて受け取ると

「すまん、有難く貰おう」
「ふふふ、バレンタインですからね!」
「だから男勢がそわそわしていたのか」

岡田はじっとチョコを見つめると

「真壁、坂木にはあげたのか?」
「え゛っ!?いや、まだ・・・いや、まだってのは校友会の時に男性陣をまとめて・・・」
「まとめていいのか?」
「う゛っ」

麻琴は胸を抑え、岡田は手を顎に添えると

「そうか、坂木が持っていたのは真壁からじゃないんだな」
「へ?」
「バレンタインの場合、外部から宅配で運ばれてくる。 あいつはシスコンだから毎年妹から送られてくるんだが、今回は箱が2つだった」

シスコン、箱が2つ・・・情報過多で麻琴は混乱する。 確かに仲がいいのは口調やら電話越しに聞こえた会話で把握はできる。 優しい坂木だから、妹も坂木の事が大好きなのだろう。

しかしそれより

「な、なぜ私だと」

自分が坂木が好きな事がバレている・・・?震え声で麻琴は岡田を見上げると

「ん? お前たち、仲がいいだろう」
「えっ・・・あ、あはは!なるほど!(岡田さんって鈍い・・・?)」

危なかった、と麻琴は安堵の息を着く。
しかし、引っかかるのはもうひとつ持っていたと言われる箱・・・麻琴の頭に一条が過ぎりキュッとシャーペンを握った。








「はぁ・・・どうしよう」

風呂から上がり麻琴は持っていた箱を眺め、談話室の椅子に座りため息をついた。

休養日を利用し兄たちや父親の分、千葉の分は買って宅配した。そして自分用ですと誤魔化しながら坂木のやつ(4人のより1番高いものとは内緒だ)も買っておいたのだ。

完全に渡すタイミングを逃し、あと2時間で就寝・・・いっそ諦めてここで食べてしまおうか、とリボンの紐に手を掛けようとすると

「何やってんだお前」
「うぎゃっ!」

突然声を掛けられ振り向くと坂木が髪を拭きながら立っていた。慌てて麻琴は箱をタオルで隠して入浴用のカゴに入れると

「あ、あはは!休憩中です!」
「そうか。」

坂木は頷くと併設されている自販機に小銭を入れ飲み物を買う。

そんな後ろ姿を眺め、カゴに入れたチョコを見る。渡すなら今しかない・・・その途端ほっぺたにペットボトルを押し当てられ麻琴はまた「うぎゃっ」と声を出した。

「ほら飲め」
「ご馳走様です!」

麻琴が普段から飲んでいる乳酸菌飲料・・・覚えててくれている、それだけで口元が緩みそうになり坂木は隣で水をグイッと飲むと

「試験勉強で疲れたか?」
「はい。ちょっとだけ!あ、今日は図書館で勉強してました」
「ああ、だから・・・」

「見当たらなかったのか」そう坂木は言いかけてしまいゴホン、咳払いをする。 麻琴はペットボトルを持って脚をプラプラさせながら

「岡田さん凄いですよね。 もう試験の内容は抑えてるって言ってました」
「ああ、なんたってアイツは首席だからな・・・岡田と話したのか?」
「はい。 図書館で試験の範囲を教えて貰いました。凄く分かりやすくて、今回も上位狙えそうです!」

キリッとした顔で麻琴は拳を握ると坂木は複雑な心境でそうか・・・と頷いた。

「(岩崎の次は岡田か・・・?いや、岡田は鈍い所があるからな、クソ真面目だしそういう目では見てないはずだ)」
「坂木さん?」

考え込んでいると坂木は名前を呼ばれああ、と顔を上げる。

「とにかく、身体冷やす前に戻れよ。」

そう言って坂木は立ち上がり、飲みきったペットボトルをゴミ箱に捨てに行く。その隙に麻琴は今だ!と素早い動きで坂木のお風呂セットのカゴの中にメッセージカード付きのチョコレートの箱を隠すように突っ込むと坂木のタオルで隠しカゴを掴む。

「私も戻ります!」
「おう、サンキュ」

坂木は麻琴からカゴを受け取ると2人で各自の居室へと戻って行った。



坂木と別れ、麻琴はバクバクと胸を抑えながら

「(わわわわ・・・渡せた!渡したっていうか、突っ込んだというか!とにかく、ミッションコンプリート!)」

麻琴はスキップをしながら居室へと戻って行った。



一方坂木は廊下を駆け足で走りながらため息をついた。

「(何ガッカリしてんだオレ)」

バレンタインなので麻琴から何かあるのかと思った。麻琴の事なので忘れているのか?

少し重い足取りで居室へと戻りカゴに入れていたタオルを洗濯しようと持ち上げると

「・・・ん?」

見慣れない黒い箱が洗面用具の間に挟まっておりそれを手に取った。某有名ショコラティエの高級チョコで、可愛らしいマスキングテープで留められたメモ帳を見つけると慌てて箱をシャツの中に隠し、トイレへ駆け込んだ。

駆け込んだ洋式トイレは誰もおらず、坂木はそのメモ帳を開いた。犬の可愛らしいメモ帳と麻琴の字で

“坂木さんへ
お世話になっております。
日頃の感謝を込めて贈らせていただきます。
良かったら食べてください。

試験頑張りましょう!
麻琴より”


「・・・はっ、いつもおせぇんだよ」


クリスマスの時もギリギリだったため坂木は思わず笑いが漏れた。

そしてメモの最後に本当に小さい字で追伸があり、それを読んで坂木は固まった。


“追伸 : 大隊が変わったら坂木さんと離れちゃうのかなって思うと寂しいです。4年になってもよそ見しないでくださいね”



坂木は顔が熱くなるのを感じ、ポケットに箱とメモを優しくしまうとバンッとトイレから飛び出しほてった熱を冷まそうとバシャバシャ顔を洗ったのだった。






★ おまけ ★

次の日・・・朝の乾布摩擦を終え、麻琴は戻ろうとすると

「真壁」
「岡田さん!おはようございます!」

麻琴は挨拶をすると岡田はコソッと

「坂木の荷物、ダンボールの件覚えているか」
「は、はい・・・」

ドキッと心臓が大きく鳴る。
岡田はめいいっぱい溜めたあとボソッと

「あれはA〇azonの箱だった」
「へ?」
「坂木はUSBメモリを買ったそうだ」

あそこの梱包は過剰だからな、と岡田はそう言うと親指を立てて学生舎の中へと入る。

取り残された麻琴は

「よ、良かった・・・」

力が抜けそうになったが久坂からの「早く入れよ〜」と言う声に尻を叩かれ学生舎の中へと入っていった。

避雷針と2月14日



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