クリスマスダンスパーティーが終わり、第3学年と第4学年は冬季定期訓練へと行ってしまう。期間は1週間だ。
第3学年は訓練の合間に硫黄島へと向かう。当時第二次世界大戦の激戦地であった硫黄島に赴き、過去の戦跡を学ぶのだ。
麻琴達第1学年は変わらず防衛大で椅子に座った座学だ。
「(坂木さんまだかなぁ〜)」
そしてその3年生が硫黄島研修から帰ってくる日・・・坂木との間で微妙に空気が変わったのは最近の出来事だ。
そして12月といえばクリスマス・・・明確な関係性ではないがプレゼントなどはした方がいいのか?しかしこの狭い防衛大の中でそんな事をすればすぐに噂が広まってしまうだろう。仮にプレゼントしたら「浮かれてんじゃねぇ」って言われそうだ・・・そう思った麻琴だが用意だけはしたい、と土曜日外に出る事にした。
今年のクリスマスは土曜日の休養日とかぶる。前の日の金曜日は女学で集まってクリスマスパーティーをする予定のため、そのプレゼントを探しに麻琴と知念は買い物に出ていた。そしてそのプレゼント予算は500円が目安だ。
「ねぇ麻琴!これ可愛い!」
一緒に買い物に来ていた知念が駆け寄ってきて麻琴もうんうんと頷く。
知念はすぐに決まったらしく、麻琴も急がねば・・・と辺りを見渡すとペットボトルに装着するタイプの加湿器が目に付いた。 値段は600円と少しオーバーだが、乾燥するこの時期貰って困るものでは無いだろう・・・と麻琴はそれを手に取るとレジへと向かった。
店を出て知念と歩いているとふとメンズ向けのショーウィンドウに飾られていた商品に思わず立ち止まってしまい知念は首を傾げると
「麻琴?そこメンズだけしかないよ?」
「う、うん・・・」
挙動不審になる麻琴を見た知念はあっ、と何か勘づくと
「お兄さんにプレゼント?」
「え!?・・・そ、そうなの!」
「麻琴の所仲良いよね〜ほらほら、お店入ろう!」
知念は麻琴の腕を掴んでズルズルと店の中に引きずり込んだ。
***
12月25日・・・校友会は午後15時まで。
この後予定がある部員は足早に武道場を後にし、特に予定がない麻琴は最後になり、のんびりと片付けをしていた。
「んーーー寒いっ!足痛い・・・」
この時期になると武道場は冷えるため、足が冷える。麻琴はPXで買ってきたホッカイロを足に当てて暖めていると
「真壁」
「はい!」
顔を上げると同じく残っていた坂木が道着を着たままこちらにやってきた。その手にはビニール袋が下げられており麻琴の隣に胡座をかくとぽん、と目の前に置いた。
「ん」
開けてみろ、と顎でくいっと袋を指すと麻琴は袋に手を伸ばして中を覗き込む。
「わっ・・・かわいい!」
「・・・PXで売ってた」
中に入っていたのはコンビニスイーツのクリスマスケーキだった。抹茶のホイップをツリーに見立てたものや、サンタの顔をした白いケーキ、赤いムースなどもある。
「4つあるから好きなの2個選べ」
「ありがとうございます!え〜迷うなぁ」
麻琴はニコニコしながらケーキを眺め、どれにしようか吟味している。
そんな姿に坂木は口元が緩んでしまうがクイッと角度を修正してへの字に戻すと
「と、とっとと選べ!」
そう言うと放置していた防具を鞄に仕舞い始めた。
***
麻琴が選んだのはサンタの顔をしたケーキと赤いゼリーが乗ったムースにした。坂木は抹茶のツリーケーキと白いムースだ。
「いただきます! あ、坂木さん幾らしましたか?」
「あ? 先輩の奢りだ」
そう言ってツリーにグサッとスプーンを刺すと麻琴はごちそうさまです!と嬉しそうに笑うと食べるのが勿体ないと言いながら恐る恐るサンタにスプーンを刺す。
「おいひい!」
麻琴はふにゃりとした顔になれば、坂木は買ってきて良かったと心の中で安堵の息を吐くと抹茶を口に入れる。
ほろ苦い抹茶の味と中のクリームが丁度よく口の中に溶けていく。お互い夢中になり無言で食べていると麻琴は顔を上げて
「坂木さん、甘いの平気なんですね」
「ん?ああ。 最初はそこまでだったが、すげぇ疲れた訓練とかで教官が差し入れしてくれたケーキがめちゃくちゃ美味くてな。そこで目覚めた」
「ふふ、目覚めたんですね」
ふふ、と笑い坂木のケーキを見る。
「そっち抹茶ですか?」
「おう」
そう答えると麻琴はじーっと見つめてくる。坂木は何かを察するとスプーンで掬うと
「食うか」
「えっ!?」
差し出したスプーン、それはすなわち・・・しかし断る訳には、と麻琴はそのスプーンに乗る抹茶ケーキを恐る恐るパクッと食べた。
「美味いか」
「はい・・・ほろ苦甘です」
麻琴は顔が赤くなり正直抹茶の味どころでは無い。 おすそ分けして貰ったのだから、と麻琴も震える手でサンタを刺すとそれを掬い
「坂木さんもどうぞ・・・」
「ん?ああ、悪ぃ・・・な・・・」
口を開けたが坂木は固まった。
これは俗に言う関節キス&あーんなのでは?
坂木は妹である乙女のノリでつい麻琴にやってしまい、やっちまったと心の中で頭を抱える。見た目平然としたまま坂木はそのスプーンでサンタを食べると武道場の床を眺めながら
「・・・甘いな」
「はい」
お互い無言の空気になってしまい坂木は
「すまん、つい妹のノリで」
「へ?」
「いや・・・妹が、いてな、俺・・・」
主語と述語がおかしくなりながらもそう言うと麻琴は理解し、坂木に妹がいると言う初耳情報を聞くとへぇ、と頷き
「坂木さん、妹さん居るんですね」
「ああ。お前の1個下だ」
鬼の妹・・・どんな顔だろう。坂木に似ているのか・・・?色んな顔パターンを模索していると
「だからってお前を妹としては見てないからな」
「?は、はい・・・」
そりゃそうだ、と麻琴は疑問に思いながらも頷くと坂木は
「・・・意味わかってんのか」
「ん?意味?・・・・・・あ」
周りから散々兄妹だと茶化されており、坂木も最初は乙女と重ねている部分はあったがそうではなく、ちゃんと女として見てくれている・・・そう言う意味なのだろうか。
静岡であった件も思い出し、麻琴は俯くと
「恐らく・・・把握しました」
「そうかよ(オレも何言ってんのか訳わかんなくなってきた)」
「私も同じく・・・坂木さんを兄としては、見てないです」
そう言うと坂木は理解しそっぽを向くと
「・・・おう、把握した」
「はい・・・」
それからはお互い何も言わず下を向いてケーキをつつき、時間を掛けて平らげた。
***
食べ終えた後お互い着替え、坂木が先に更衣室へ出てきた。
まだ麻琴は着替えているらしく女子更衣室の電気は点いている。坂木は自身の手荷物の中にあるとある物≠鞄越しから撫でた。
一方麻琴も、着替え終わり鞄から出したある物≠ニ睨めっこしていた。
「買ったはいいものの・・・」
坂木に渡すクリスマスプレゼント。
正直渡すタイミングが無くここまでズルズル来てしまった・・・緊張や照れ、渡した時に迷惑にならないか後先のことまで不安になる。
麻琴はそれを鞄にゆっくりとしまうと、電気を落として更衣室を出た。
「おまたせしました!」
「忘れもん無いな」
「はい!」
坂木は武道場の鍵を取り出して2人で施錠確認をする。武道場を出れば外はもう16時にもかかわらず少し薄暗くなっていた。
ひやりとした風が頬を掠め坂木は鍵を掛けると
「さみぃな」
「あっという間に12月ですね」
防大内はクリスマスという訳か、周囲には人っ子一人居ない。誰ともすれ違わないまま2人は無言で学生舎へ向かう帰路へとついている。
このまま学生舎に着いてしまえば、プレゼントを渡すタイミングを完全に逃してしまう。
麻琴はギュッと拳を握る。心臓がうるさいくらいに鳴り、息を吸うと「あの、」と声を絞り出し坂木を呼び止めた。
「あ?忘れもんか?」
「えっと、はい・・・」
そう言うと坂木はため息をついて言わんこっちゃねぇと呟くと、来た道をくるりと振り返って戻ろうと背中を向けた。
「ほら戻るぞ」
「坂木さん!」
「あ?・・・・・・は?」
振り向いて麻琴の顔を見て固まる。
麻琴はラッピングされた箱を坂木に突き出して頭を下げていた。
その手は震えており、耳まで真っ赤だ。状況が理解できない坂木は差し出された箱と麻琴を交互に見る。
「あ、あの・・・クリスマスなので、日頃お世話になっているから、坂木さんにっ・・・」
頭を下げながら麻琴はしどろもどろにそう言葉を紡ぐ。坂木は何も言わず、麻琴から箱を受け取るともう片手で麻琴の手首を掴んだ。
「え、え?」
「・・・戻るぞ」
坂木はこちらを見ず、手首を掴んだままずんずんと来た道を引き返す。
あっという間に武道場に到着し、坂木は鍵を開けると麻琴を押し込んで中に入れた。
パチン、と再び蛍光灯が点き出入口の段差の所で坂木はドカッと座り腕を組むとふぅ、と息を吐いた。
麻琴は座らずに坂木の前に立って鞄の持ち手をギュッと握る。
怒らせてしまっただろうか、麻琴は俯くと
「おい、突っ立ってねぇで座れ」
「はひい!」
慌てて麻琴は隣に座ると、坂木はゴソゴソと鞄を漁り
「ん」
麻琴の膝の上にピンクの可愛らしい袋がポンと置かれた。
それが一瞬何か分からなかった麻琴は首を傾げる。その袋には若い女子なら聞いたことのある憧れブランドの袋だ。
「これ・・・」
「今日はそう言う日だろ」
やるよ、と呟くと坂木は頬をポリポリとかいた。
***
クリダンの帰り道、着替える麻琴と会場で別れた坂木はイルミネーションでライトアップされた街を歩いていた。周りはカップルだらけで身体を寄せ合い、坂木に至っては防衛大の制服の上に支給されたコートのため隠れてはいるが浮いてしまう。
本格的な寒さではないにしろ頬にあたる風は冷たく、坂木は少し眉を寄せているとふと通りかかった店を見て足が止まった。
もうすぐクリスマス・・・妹の乙女に毎年送っているが今年は何にしようか悩んでしまう。そしてもう1つ脳裏に過ぎるのは麻琴の顔だが
「(気が早すぎるだろ)」
と言いつつも、坂木は店の扉を押してしまっていた。
「いっらっしゃいませ〜」という女性店員の声ともちろん店内は女性率が高く、中にはカップルもおり商品も見ている。店員はキチッと制服を着た防大生の学生が来たことに少し驚いていたがニコッと笑うと坂木に駆け寄った。
「いらっしゃいませ。何かお探しですか?」
「えっと・・・プレゼントを」
防大での鬼の顔とは違い少し戸惑い気味に坂木は帽子を外すと店員はなるほどと頷く。
「只今人気なのは冬限定のアクセサリーですかね」
そう言ってガラスのショーケースを見せられるが坂木は固まってしまう。もちろん買えない値段では無いのだが、アクセサリーまでは重すぎやしないかと顔が引き攣りかけた。
店員は首を傾げ
「・・・彼女さん、ですかね?」
「その・・・後輩なんですが。」
「後輩さんなんですね」
防大内では内恋は緩くなったもののやはり顰蹙を買う。お互い好意はあるものの、周りの風紀のため付き合うと言う事が出来ない、ふわふわした状態の関係性。
誰にもバレないようなものをプレゼントしたいと坂木は店員に相談すると、気づけば店員が2人に増えており真剣に話を聞いてくれていた。
「秘密の恋なんですね!」
「全力で探しましょう!」
「ありがとうございます・・・その、変じゃないですか?付き合ってないのにプレゼントって」
そう言うと店員2人はぶんぶんと首を振ると
「私は良いと思います!」
「そうですよ、好きな人から貰ったら脈アリだと思いますし!」
脈アリ・・・坂木は真剣に話を聞きなるほど、と相槌をうつ。やはり女性のリアルな声は参考になりプレゼントしようか迷っていたが踏ん切りが着いた。
「女性って不安になる時が多いので口に言えないのなら態度で伝えましょう!」
「特殊な環境なら尚更ですね!」
「なるほど・・・」
「それに、女心は秋の空って言いますから他の男に取られちゃいますよ!」
それを聞くと坂木はピクッと反応し目付きを変えると
「これにします」
とある物を指さした。
***
いざ渡そうとなるとタイミングを逃してしまい麻琴に先を越されてしまった。
ポンと目の前に置いた袋を見て麻琴は目をパチパチさせて驚いている。
「これ、私に?」
「・・・じゃなきゃ買いに行かねぇよ」
わざわざ買いに行ってくれたのか・・・麻琴は袋を抱きしめると
「坂木さん」
麻琴は坂木を見上げ、頬を赤くして微笑むと
「ありがとうございます・・・嬉しい」
「おう・・・お前も、ありがとな」
「開けていいです?」
こくりと頷くと麻琴はそっとリボンを解き袋に手を入れるとビニール越しに柔らかい感触。ゆっくり抜くと中身はマフラーだった。ワンポイントで控えめに小さくピンクのリボンが付けられており派手すぎないデザインだ。
坂木は視線を逸らしながら頬をかくと
「・・・色は良く分かんねぇから店員さんに相談したが・・・まあ、それなら普段使えるだろ」
「わあ、かわいい!ありがとうございます!」
麻琴は頬を緩ませるとマフラーを抱きしめる。良かった、と坂木はホッと心の中で胸を撫で下し麻琴から受け取った箱を持ち上げる。
「見てもいいか」
「き、気に入って貰えるか分かりませんが・・・」
手の平サイズの箱。
リボンを解いて蓋を開けると中身はネクタイピンだった。坂木は思わず「おお」と声を上げると
「丁度タイピンが馬鹿になったから買おうとしてたんだ」
「ほ、ホントですか!」
「おう、丁度今日にでもPXで買おうとしてた。 ありがとな。月曜日から使わせてもらう」
「よ、良かった・・・」
麻琴はほっとして力の抜けた笑顔を見せると坂木も笑みを浮かべ箱を鞄の中にしまい込むと
「忘れもんはもう無いな、ほら帰るぞ」
「はい!」
「気ぃ緩ませてんじゃねぇぞ!」と怒られると思ったが、思い切って買ってよかった。麻琴はにやにやしながら坂木の後ろでプレゼントが入った鞄を抱きしめる。
坂木もまた、あの時思い切って店に入って良かった・・・と口元を緩ませたが
「あ」
何かを思い出し突然立ち止まったため麻琴は坂木の背中にドスッとぶつかった
「へぶっ」
「悪ぃ」
「ど、どうしましたか?」
坂木は口元を抑えると
「・・・妹のプレゼント買い忘れた」
「た、大変!!」
乙女、すまん。
坂木は心の中で謝り倒したのだった。