12月の土曜日・・・クリスマスダンスパーティー当日だ。開始は13時から15時までで、横浜の某スカイビルにあるホールを借りてのイベントだ。





「(オレは何してんだ・・・)」

何だかんだ岩崎に乗せられ、坂木はあれよあれよと会場前に到着していた。

このようなイベント、本当に柄ではない・・・ダンスも必至事項だったので覚えただけでクリダンなどというイベント事の参加は防衛大に入ってから初めてだ。

「おい坂木、姿勢が悪くなってるぞ」

その隣でニコニコと笑う岩崎を見てまたため息を着いた。 時刻は午後12時・・・ここまで来てしまったのだ、腹を括るしかない。坂木は息を吐くと

「こんにちは!」

後ろから複数の声が聞こえ振り向くと、そこには1年女学・・・その中に麻琴も混ざっていた。

同期の知念と一緒らしく、その隣で麻琴は恥ずかしそうに小さい身体をもっと小さくさせている。

「こんにちは!皆似合うね、綺麗だよ」
「ありがとうございます〜!」

岩崎はさらっと女学を褒め、坂木は隣で頷くだけ。他の学生が受付の列に並んでいる間に岩崎はこっそりと麻琴に近づくと

「真壁、凄く似合うぞ」
「えっ、あ、ありがとうございます!」

麻琴は顔を赤くして頭を下げる。
その格好は普段とは違い珊瑚色のチュールワンピースを着ている。

岩崎の後ろにいた坂木と目が合い、麻琴は坂木に近づくと

「坂木さん、どうですかね・・・?」

ふだんしないメイク、髪の毛もヘアアレンジされ、可愛らしいドレスを着ている麻琴。 ここまで女は変わるのか・・・と、正直見違える変身ぶりに坂木は正直に

「・・・誰か分からなかった」
「ええっ!そんなにですか?」
「ああ・・・」

それを見ていた岩崎は小声で「もっと褒めろ」と囁く。そんなアドバイスをしてくる岩崎にこいつは敵なのか味方なのかどっちなんだと戸惑ってしまう。

坂木は照れが先行してしまい恥ずかしくなると

「く、食いこぼしてドレス汚すなよ!」
「はい!気をつけます!」
「お次の方どうぞ〜」
「あっ、はい!」

麻琴何事も無かったかのように受付の人と話し始める。



そんな2人のやりとりみていた岩崎はため息を吐くと

「坂木・・・こういうのに関してはお前口下手だな。」
「・・・うっせ」

もちろん可愛いと思ったし似合ってると思う。もちろん言葉にして伝えたかったが喉から出かけても留まってしまった。






13時になりパーティーが始まった。
司会役のアカシア会の男子がにこにこしながら

『テーブルに置かれたカードをめくって、同じ番号の方がペアです!』

麻琴も目の前にあったカードをめくると5番・・・誰だろう、とキョロキョロしていると

「真壁!」
「えっ!」

相手は岩崎だったようで、カードを持ちながらいつもの無駄な動きをすると

「良かった、真壁とはあれっきりだと思ってたから嬉しいよ!」
「よろしくお願いします!」

坂木はと言うと、一般枠の女性が相手らしく踊り方を教えている。少しもやっとしたが、気を引き締めなければ!と拳を握ると岩崎の手を取った。



何度も練習した聞き覚えのある曲を聴きながら、岩崎にリードされて踊る。

「真壁、改めて言うけど似合ってるよ」
「ありがとうございます。部屋長が選んでくれたんです」
「確か梅原さんはアカシア会の部長だったね。さすが、見立てがいい。そういえばもうじき要員決めだな。真壁はもう決まってるのか?」
「いえ、それがまだ迷ってて。でも陸は無理かな・・・と薄々は」
「ははは! 真壁なら小柄だから船の中でも動きやすそうだな。海はいいぞ!護衛艦の勤務になると住民票が船の名前になるんだ」
「えっ、そうなんですか?」
「ああ!かっこいいだろ?」
「はい。でも、変更があった時手続き大変そうですね」
「その辺は事務方がやってくれるそうだから心配は要らないそうだよ」
「へぇ・・・それは助かりますね」


岩崎とそんな他愛もない話をしていると


「わっ!ごめんなさい!」
「はは、大丈夫ですよ。ステップも上手になってきてます」
「ありがとうございます!」

ダンスをした事がない一般枠の女性・・・坂木は普段見せない爽やかな笑顔で対応をしており麻琴は一瞬だがチラッとそちらを見てしまった。

それを見た岩崎は笑うと

「真壁は坂木が大好きなんだな」
「えっ!?や、その・・・」
「良いんだよ。 真壁、坂木の事は好きかい?」

岩崎の真っ直ぐな目を逸らすことが出来ず麻琴は驚いて脚を間違えそうになったがすかさず岩崎がフォローに回る。

グッとこちらに引き寄せられ、岩崎は顔を近づけると

「で、どうなんだ?」
「・・・・・・はい」

小さくそう答えると岩崎はそっか、と優しく笑うと


「オレは真壁が好きだ」


突然の告白に麻琴は声も出ず驚いて見上げる。

「・・・でも、それも今日で断ち切ろうと思ってね。だから最後に真壁と踊れて良かった」
「岩崎さん・・・」
「最初は意地でも・・・って思ったし坂木にも宣戦布告して発破をかけたが、人の恋路を邪魔するほどオレは下衆な男じゃない。それに、オレという存在がいた事であいつも少しは素直になっただろ?」

その言葉に麻琴は小さく頷く。
岩崎はそんな麻琴を見て悲しく笑ったが気を取り直してニッと笑うと

「真壁、最後のお願いだ。この時間だけはせめてオレを見ててくれないか?」

吹っ切れたような顔をした岩崎を見上げると

「岩崎さん、ありがとうございます」

それは色んな意味を含めたお礼。
岩崎はそれを聞いて笑うと

「どういたしまして。ほら、真壁。キミは笑っていた方がいい」
「・・・はい!」

麻琴は岩崎の手をキュッと握り返すと笑みを浮かべた。







自由時間になり麻琴はシンチャイに見つかり「真壁〜踊ろ〜!!」と誘われめちゃくちゃに振り回された。

見かねた松原がシンチャイを止めてやっと解放されると、麻琴は休憩しようと壁際に寄った。

ふわふわした感覚のまま麻琴はパーティーの風景を眺める。テーブルで話をしたり、踊り続けているペアもいる。

「もうへばったのか」

顔を上げると腕を組んだ坂木が立っており、そのまま麻琴の隣に立つ。

「人が多くて疲れちゃいました」
「確かに。オレも人が多いのは苦手だ」
「坂木さん・・・踊れるんですね」
「あ?だから言ったろ、人並みには踊れる。・・・昔タッパのある先輩に肩脱臼すんじゃねえかってくらいめちゃくちゃ振り回されてな。嫌でも覚えた。」

振り回される坂木・・・想像すると笑えてきてしまい麻琴は俯いてクスクスと笑えば笑うんじゃねぇ、と坂木は肘で小突いた。

『えー早いものでこれで最後になります!最後のペアになる相手は好きな人と組んでください! たまたま隣に居た人でもいいですし、思い切って気になる人を誘って見てくださーい!』
「・・・・・・」
「・・・・・・」

司会者は意図して言ってはいないはずだがその言葉に坂木と麻琴はビクッと肩を揺らし、おずおずと顔を見合わせた。

「真壁」
「はい・・・」

坂木は麻琴を見下ろしていたが目をそらすと

「・・・お前、電話した日の事覚えてるか?」
「覚えて、ます」
「はっ、寝ぼけてなかったみたいだな」

麻琴はこくこくと頷く。
あの日病院いた麻琴に電話を掛け「オレと踊るか」と誘った。

ダンスの練習でもお互い意識しすぎて型を組むだけで精一杯だったのだが、坂木は麻琴の目の前に手を差し出した。

「・・・オレと踊るか」

差し出された大きな手を、麻琴は掴むと

「はい」

重なった手を坂木は折れないようにそっと握ると麻琴も握り返し手を引かれる。


中央まで行くと坂木は麻琴の背中に手を添えて引き寄せ、麻琴も坂木の肩に手を添えた。
一気に近づいた顔と密着した身体、心臓の音が聞こえてしまうんじゃないかと麻琴も坂木もぎこちなくなってしまい照れを隠すように坂木は見下ろすと

「真壁。お前、足踏むんじゃねぇぞ」
「そ、そう言う坂木さんこそ!ちゃんとリードしてくださいね!私こう見えて上手いですから!」
「あ?誰に言ってんだお前」

通常運転になりお互い吹き出して笑うと音楽が始まり足を踏み出す。

「(ううう・・・緊張する)」

ランダムで選ばれるペアだったがまさか坂木と本当に踊れるとは思っていなかった。
緊張のあまりガチガチになっているのに気づいた坂木はため息を着くと

「おい、ガチガチじゃねぇか。お前呪われてんのか?」
「だだだ、だって」
「組むからには優秀賞狙うぞ」
「優秀賞?」

首を傾げると坂木は顎でクイッとした先を見る。アカシア会のメンバーがボードを持ってダンスを見ているのだ。

「まあ、景品には興味無いがここまで来たんだ。せっかくならてっぺん狙わねぇと元が取れねぇ」
「なるほど・・・燃えますね」
「だろ?」

ニッと笑う坂木に麻琴も釣られて笑う。

「あと・・・」
「ん?」

坂木は麻琴を見下ろすと

「今日のお前は・・・なんだ、その、か・・・」
「か?」
「か、かぁ・・・」
「(カラス?)」


首を傾げ続きを待つと耳元で


「・・・・・・似合ってる」


音楽でかき消されそうな程の声量だったが麻琴にとって十分すぎるほどの破壊力だった。一瞬足が止まりそうになり顔が真っ赤になる。坂木の口からそんな言葉が出るとは思わなかった。

「あ、ありがとう、ございます・・・」
「おう・・・」
「ごめんなさい、手汗が・・・」

すると坂木がその手をギュッと握ると

「オレもすげぇから気にすんな」
「う・・・はい」
「おら、集中しろ」

添えられていた背中をポン、と叩かれれば麻琴ははい!と返事をした。いつの間にか身体の緊張は無くなりスムーズに動ける。

それを見ていたアカシア会の部員は坂木と麻琴に目をつけた。

「梅原さん、あの二人息ぴったりですね」
「ああ、3年の坂木と1年の麻琴だね。」
「ほんとだ。上手ですね〜」

練習が終わっても部屋で教えて欲しいと聞いてきた麻琴。 その練習の成果が生かされ、坂木も麻琴をリードして引き立たせている。

「ん〜!あの二人アカシア会入って欲しいですね!」
「あはは!残念。あの二人は剣道だよ」

一時距離が空いてしまった2人だがあの日、坂木を司令外出させて良かった。梅原は満足そうに頷くとボードにペンを走らせた。





曲が終わり、坂木と麻琴はぐったりとした。

「・・・つ、疲れた」
「本気出しすぎた・・・」

麻琴は近くにあった新しいグラスにミネラルウォーターを注ぐと坂木に手渡せば一気に水を飲み干した。

『お待たせしましたー! 今年のクリスマスダンスパーティーの優秀ペアは・・・坂木学生、真壁学生ペア!』
「あ?」
「へ?」

全員がこちらを見て、坂木も麻琴もお互い顔を見合わせる。まさか本当に優勝するとは思わなかった・・・空いた口が塞がらず立っていると

「ほらほら、お前たち前に出ろ!」

そう言って2人の背中を押したのは岩崎。
坂木と麻琴は前に出て呆然としたまま景品を受け取る。

『景品は陸、海、空のくまちゃん人形でーす!』
『もうひとつはモバイルバッテリーでーす!』
「「(どういう組み合わせ・・・)」」

坂木と麻琴は会釈をして受け取ると拍手が沸き、写真撮りまーす!と一眼レフを持った部員に声をかけられあれよあれよと終わってしまった。

お開きとなったクリダン・・・坂木はクマの人形を3匹麻琴に突き出すと

「ほら、やるよ」
「ありがとうございます・・・あ、でも私物・・・」
「あぁそうだったか」

1年生は下宿がないので私物を持つ事が出来ない。坂木は紙袋に戻すと

「お前が2年になったらだな。オレが預かっておく」
「すみません。お願いします。」

頭を下げると麻琴ー!と知念に呼ばれてしまった。他の1年はもう居らず、既に制服に着替えている頃だ。

「私、着替えに行くので。坂木さん、ありがとうございました。」
「おう」

麻琴は顔を赤くして坂木を見上げると

「坂木さんがリードしてくれたおかげです。あと、褒めてくれてすごく嬉しかったです!」

そう言い切ると麻琴は頭をペコペコして背を向けると更衣室へと走っていった。
取り残された坂木はそんな背中を見送るとやれやれと苦笑いしこの荷物を置きに下宿へ戻ろうと会場を出ようとすると

「坂木〜」

名前を呼ばれ振り向くと、麻琴の部屋長である梅原が立っていた。

「梅原さん」
「良かった、まだ帰ってなくて」
「? 何かありましたか?」

まだドレス姿の梅原はニコニコしながら小さな封筒を差し出してきたので反射でそれを受け取る。

「それ、もうひとつの景品」
「へ? ・・・開けてもいいです?」
「もちろん」

坂木は小さな封筒から中身を出すと、人気テーマパークのチケットだった。目をパチパチさせながらそれを見つめ、梅原を見る。

「・・・これは」
「オカピーのペアチケット。君ら防大生同士だから、後でこっそり渡そうと思って」

内恋の事を言っているのだろう。坂木はお気遣いありがとうございます、と頭を下げると梅原はそのチケットをグッと指で挟むと

「ただし条件がひとつ」
「へ?」
「麻琴と行きなさいよ」
「・・・・・・分かりました」
「有効期限は1年だからね。それまでに隙を見て連れてってやりなさい。あの子行きたがってたから」
「はい。ありがとうございます」

再び頭を下げると梅原は鼻歌を歌いながら更衣室へと入っていった。

再び残された坂木はチケットを見つめ

「1年・・・か。 アイツが2年になってからだな」

2年生になれば私服解禁もされ、少しは気持ちに余裕が出来るだろう。それでもお互い要員の訓練がありスケジュールを合わせるのが難しいかもしれないが何処かで隙をみつけるしかない。

「(それか春季休暇使うかだな・・・その方が防大生が少ないだろう)」

どちらにせよ、期限は1年以内・・・坂木はポケットにチケットを入れると会場を後にした。

避雷針とクリダン



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