防衛大にはサマーダンスパーティーの他に、12月はクリスマスダンスパーティーというイベントがある。
防衛大男子にとってはビッグイベントで、参加は抽選制のため倍率は高い。一方女子に関しては万年不足なので、防衛大女学の他に外部からの女性を招いたりもする。
この時期になると、1学年はダンスの練習もしなければならない。麻琴もクリダンに参加するためPX上の講堂で部屋長兼、アカシア会部長の梅原にダンスのレクチャーを受けていた。
他大隊1年生が集まり、集められた上級生がサポートに入る。
「参加名簿の中からペアを組んだので名前呼びますね」
次々と呼ばれていく中、麻琴は知念と誰とペアかな〜と話している。 そして少し離れた所で、サポートとして呼ばれた岩崎と坂木は小声で
「・・・坂木、残念だったな。練習で真壁とは組めないようだ」
「あぁ?」
「まあそれはオレもだが・・・お前の分も抽選掛けておいたからな。というか、アカシア会の知りいに手は回しておいた」
「お前・・・」
手が早すぎる・・・坂木はため息を着くと
「1大隊真壁麻琴学生と、4大隊荒木昌磨学生!」
「「はい!」」
麻琴は名前を呼ばれると2年生の荒木と呼ばれた学生によろしくお願いいたします!と頭を下げた。
練習から2時間・・・ステップに慣れてきた麻琴は強ばっていた表情が少しだけ和らいでいった。
それを見た荒木はクスリと笑うと
「真壁学生、どう?防衛大は慣れた?」
「はい。最初は不安でしたが、周りの同期や先輩のおかげで楽しくやれてます」
「そっかそっか。」
「荒木さんは4大隊ですよね?」
「そうだよ。1番奥だから移動が大変で大変で・・・夏とか風呂はいったばっかなのに学生舎戻ったら汗だくなの。風呂入った意味って・・・って思っちゃうね」
「それは嫌ですね・・・!」
そんな会話をしていると荒木の肩に誰かがぶつかった。
「あ、すみませ・・・ヒィ!」
ぶつかった相手は坂木らしく、鬼の顔で荒木を睨みつけると
「・・・おっと、荒木学生。ごめんごめん」
「こ、こちらこそすみません・・・!」
同じ大隊ではなくともその名を轟かせている鬼の坂木・・・荒木は麻琴を見てあははと笑うと小声で
「坂木さんって、1大隊だよね?怖くないかい?」
「へ?んー・・・怖いですが、優しい時もありますよ」
「へ、へぇ〜そうなんだ(めちゃくちゃ怖かったけど)」
麻琴はチラッと坂木を見ると、1年の他大隊の女学と楽しそうに踊っている。 しかも、普段見せないような爽やかな笑顔を見せておりその女学も頬を赤くさせているではないか。
「(私にはあんな顔しない!)」
もやもやとしたまま練習が終わり、ありがとうございました!と全員頭を下げると各自解散となり残って練習する者も居る。
「あのっ、坂木さん!練習のお相手して貰ってもいいですか?」
「私もお願いします!」
「次、私もお願いします!」
後ろから聞こえてきた会話に麻琴はチラッと振り向くと、他大隊の1年女学に囲まれた坂木。
坂木は飲んでいたペットボトルから口を離すと
「いいぞ」
「わーい!」
「やった〜!」
「よろしくお願いします!」
キャッキャと喜ぶ女学に麻琴はタオルで顔を隠すと頬を膨らませた。
「(坂木さん!私にダンス教えてくれるって約束したのに!!)」
これは完全に嫉妬だ。はぁ・・・と麻琴はため息を着くとポンポンと肩を叩かれ振り向くと、誰かの人差し指で頬をツンッと突かれた。
「やあ真壁」
「岩崎さん、びっくりしました・・・」
「ずっと唸ってるから何事かと思ったんだ」
唸っていたのか・・・麻琴は口を抑えると岩崎はくすくすと笑いチラリと坂木を見ると
「坂木は年下には好かれるからね」
「そうなんですね・・・」
これでは坂木との練習は無理そうだな、と肩を落とすと
「真壁、良かったらオレを練習台にしてみるか?」
「えっ」
「坂木じゃなくて申し訳ないけど」
「そ、そんな事ないです!!むしろ、有難いです!」
麻琴は慌てて首を振る。
確かに、あの練習だけでは不安が多かったし荒木とは違う相手とも練習した方がいいだろう。
「それに、オレも参加するつもりだからリハビリって事で。付き合ってくれないか?」
「岩崎さんも参加されるんですね。ではお言葉に甘えて、お相手よろしくお願いします!」
「任せろ」
差し出された岩崎の手に自分の手を重ねる。
「真壁、もう少し近くに寄るんだ」
「は、はい!すみません!」
「これくらいがベストな距離感かな」
そう言って岩崎は真壁の腰に手を回すと自分の方に引き寄せた。一気に近くなった顔に麻琴は照れてしまい、岩崎も笑うと
「あはは、緊張してるか?」
「は、はい・・・」
麻琴の反応を楽しんでいるようで岩崎はうんうんと頷くと
「じゃあゆっくり動くから。せーの」
岩崎のカウントに合わせて脚を動かす。
最初はぎこちなかったが、段々調子が出てきてステップが踏みやすくなった。荒木とは違う感覚に麻琴は不思議そうな顔をしていると岩崎はフフン、と笑う。
「踊りやすいかい?」
「はい!」
「それは良かった。 紳士たるもの女性をエスコートしなければいけないからね。動きを合わせるのもその内さ」
どうやら岩崎が麻琴の動きに合わせていてくれたらしい。ありがとうございます、と見上げると
「うん、真壁はやっぱり笑っている方がいいな」
「え?」
「あれから坂木とは仲直り出来たんだろう?」
仲直り・・・麻琴は頬を赤くさせると小さく頷いた。それを聞いて岩崎は嬉しそうに笑うと
「で? 坂木は告白したのか?」
「えっ!?そそそんな・・・されて、ないです・・・」
「はぁ?根性無しだなあいつ」
岩崎は呆れたようにため息を着くと麻琴はぼそぼそと
「されてはいませんが・・・余所見はするな、と・・・」
「え?・・・ぷっ、ははは!」
突然笑い始めたので麻琴は顔を上げるとごめんごめん、と岩崎は笑いをこらえるために顔を伏せる。
「随分と遠回しだな。 お互い生殺しって訳か」
「生殺し・・・ふふ、そうですね」
「あいつは決めた事は曲げない頑固者だ。内恋もしないと決めたら貫くつもりなんだろう。まぁ巻き込まれてる真壁からしたらたまったもんじゃないが、風紀が乱れるとか、周りからの好奇な視線もある。真壁の事を大切に思って・・・君を守るための判断だろう。」
大切に思って、守るために。
それを聞いた麻琴は照れくさくなり俯く。
「それ以前に君と坂木はもう兄妹みたいな設定が周りに浸透してるから多少仲が良くても周りは違和感もたないがな。まあ、気長に待ってやるといいさ」
「・・・はい」
麻琴ははにかむと岩崎は
「はぁー・・・そんな顔されたらオレはあいつに勝てないな」
「う・・・」
彼もまた、麻琴に好意を寄せてくれている人物。坂木とは違い岩崎は物凄くストレートに言葉で表現してくれる。
「真壁が余所見するように、オレも頑張らないとな」
「はい!・・・ん?なんかおかしいですね」
「ぶはっ」
首を傾げる麻琴にまた笑いだした岩崎。
「はい!自主練終了!」
梅原のそんな声が講堂に響いた。
時間はあっという間に過ぎてしまい、自主練を終えた学生たちは各々頭を下げて解散をし始めている。
「真壁、もうお開きみたいだ」
「はい。お相手してくださってありがとうございます」
「オレも楽しかったよ。当日の真壁の着飾った姿、楽しみにしているからな」
岩崎はウインクをするとおや、と麻琴の背後に立っている人物を見て苦笑いすると
「真壁、お兄さんがお迎えに来たぞ」
「へ? ・・・ぎゃっ!」
振り向くと心底不機嫌そうな坂木が腕を組んでこちらを見ており・・・それを周りの学生たちはモーゼが海を割るように左右に距離を置きはじめる。
岩崎は麻琴に手を振り坂木の肩に手をポン、と置いて何かを喋ると講堂を出ていった。
恐る恐る麻琴は近づくと、小柄な坂木がより一層大きく感じ
「お、お待たせしました・・・?(待っててくれたのかな)」
「岩崎と随分と楽しそうだったな?」
ムスッとした坂木を見た麻琴もムスッとすると
「さ、坂木さんだって他の女の子にモテモテでしたね!」
すると坂木は眉をピクッと寄せると
「あぁ?お前が早く来ないからだろうが」
その言葉に麻琴は確かに、と図星を突かれる。持っていたペットボトルをキュッと握ると
「・・・私だって坂木さんと踊りたかったもん」
ぼそぼそと小さくそう言うと、坂木は「はぁ・・・」と大きくため息をつくと
「仕方ねぇな。ほら」
ほら、と顔を上げると坂木が両手を広げていた。麻琴はなんだ?と首を傾げると
「踊るんだろ、早く終わらせるぞ」
その言葉に麻琴はパッと笑顔になるとはい!と返事をして坂木に駆け寄るとその手を重ねた。
麻琴より一回り大きい手、何回か手が触れる機会があったが緊張してしまう。
それは坂木も同じで自分より小さく細い手を握ると片方の手は肩甲骨の辺りに添え自分の方に引き寄せると麻琴の小さい手が肩に触れる。
身体が密着し、制服越しでも体温が伝わりそうだ。 麻琴の身体は小さくて薄く柔らかく、力を入れてしまえば折れてしまうのではいかという程で、麻琴も坂木の鍛えられた肩に触れつい顔が赤くなってしまう。
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
坂木と麻琴はお互い緊張して、型のまま動かさず硬直してしまった。
「(緊張で動けない・・・!)」
「(あーくそ・・・)」
3分ほどそのままでいると坂木が
「・・・・・・真壁」
「・・・はい」
「・・・帰るぞ」
「・・・・・・はい」
お互い名残惜しくだが手と身体が離れる。
2人はそのまま肩を並べ、不完全燃焼な空気のまま1大隊に戻るのであった。