金曜日・・・あれから麻琴から連絡が来て兄が目を覚ましたとの報告が来た。復帰は来週の月曜日から・・・日曜日には防衛大に戻ってくるらしい。
その連絡を受けた麻琴の部屋長である梅原は、坂木を呼び出した。
「やあ坂木学生。いらっしゃい」
梅原はクイッとメガネを上げると
「真壁が日曜日に戻ってくるらしい」
「はい、自分も聞きました。」
「ってな訳で、はいこれ」
スっと差し出されたのは数枚のプリントとクリップに挟まれた新幹線のチケット。
「・・・えっと」
さすがの坂木も戸惑っていると梅原はニヤニヤとしながら
「分からない? 司令外出だよ」
「・・・・・・・・・はい?」
「まあプリントをよく読みなさい」
坂木はプリントをめくると、日曜日のスケジュールが書かれていた。
司令外出のミッション、それは真壁麻琴の回収及び麻琴のメンブレを治すこと・・・それまで帰校は禁止。制限時間は点呼まで。
梅原は回転椅子でくるくる回りながら坂木を見上げると
「久しぶりの司令外出でしょ?燃えるねー」
「・・・分かりました。失礼します!」
日曜日、坂木は急遽静岡県御殿場市へ行くことになった。
集中治療室から出た琢己は思いのほかピンピンしており防火服のおかげで火傷などは軽傷で済んだ。てっきり火傷まみれかと思ったのだが、破片や瓦礫の落下物飛散のせいで大怪我を負ったそうだ。
骨折もあるのでしばらく仕事復帰は出来ない・・・琢己は麻琴を見ると
「ほら俺はもう大丈夫だから、お前もとっとと防大に戻れ」
「うん・・・」
心配そうに見ている麻琴に琢己は苦笑いすると
「連絡はするから、な?」
「はい・・・」
「んじゃ俺は麻琴送ってくるわ。」
「おう、琢磨頼んだ。じゃあな、麻琴。頑張れよ」
「うん」
握っていた手を離せば、麻琴は琢磨に背中を押され病室を後にした。
「こっからは大丈夫だよな?」
「うん」
「電車乗り間違えんなよ〜」
到着したのは御殿場駅、荷物を持った麻琴はうん、と頷きながら車を降りる準備をする。
「着いたら連絡しろよ」
「うん、ありがとう」
幾分か元気になった麻琴を見送り、琢磨は再び病院へと戻った。
***
麻琴は荷物を肩に掛けて壁に寄るとスマホを確認する。まずは、沼津まで行って三島から新幹線・・・ルートを確認して切符を買い、改札へ行こうとすると
「おい、欠礼!」
突然、聞き覚えのある声がして麻琴はビクッとして振り向くと
「っさ、さかきさ・・・ん?」
何故か、この御殿場駅に坂木龍也が立っている。
龍の刺繍がされたスカジャンと黒のスキニー、そして不機嫌そうに仁王立ちして腕を組む姿。
麻琴は慌てて駆け寄って敬礼をすると・・・
「・・・幻ですかね?ホログラム?」
「あぁ? 違ぇよ本物だ!」
「えぇーっ!?なな、なんでここに居るんですか?!・・・はっ、まさかあの一条さんと御殿場までデート!?」
順調ではないか、と麻琴は菫を探すためにキョロキョロとすると坂木は溜息をつき
「一条さんは居ねぇよ」
「え?じゃあなんで・・・」
「・・・・・・きた」
「へ?」
ボソボソと言うのと、電車のアナウンスや発車音で聞き取れない・・・首を傾げると坂木はものすごい形相で麻琴を睨むと
「迎えに来たって言ってんだよ!」
「・・・・・・・・・えっ!」
わざわざ御殿場駅まで、片道2時間かけてやって来てくれたのか。途端に麻琴の顔も坂木の顔も赤くなりお互い俯く。
「・・・おら、電車乗り遅れんだろ。っと、その前に」
坂木はスマホを取り出すと
「一応証拠としてな、富士山をバックに2人で撮ってこいって言われてる」
「へ?」
「司令外出だ・・・お前の部屋長からな」
「梅原さんが!?」
富士山が見える場所まで移動し、スマホをインカメにして構えるがお互い距離感があり上手く入らずお互い顔が半分写る状態で富士山が写った。
「真壁、全然入ってねぇ」
「あの、坂木さんは自撮り下手ですか・・・?」
「あぁ?オレが自撮り慣れしてたら気持ちわりぃだろ」
「(確かに・・・)」
仕方ない坂木は再びスマホを構えると麻琴の肩をグイッと抱き寄せ身体を密着させた。
「坂木さんっ?!」
「い、一瞬だけだ!我慢しろ!」
転びそうになり坂木の身体にしがみついてしまう。ドキドキと鳴る心臓・・・意識しすぎてしまい、坂木に聞かれてしまいそうだ。
不慣れながらも撮れた写真は見事に富士山を背景にツーショットを撮れたが、これはこれで密着度が高すぎる。
それを2人は無言で眺めると
「・・・最初の写真で勘弁してもらうか」
「は、はい。・・・あの坂木さん。撮った写真、私も欲しいです」
「おう、分かった」
坂木はスマホを操作するとすぐに麻琴に送信した。送られた写真を見て麻琴は嬉しそうに笑う。またこうして、坂木の隣に立つことが出来た。その嬉しさと同時に鼻の奥がツンとし・・・
「おい真壁・・・」
「す、すみません・・・」
麻琴は笑いながら泣いていた。
突然の事に坂木も戸惑い、遠慮がちに肩に手を置く。
「いきなり泣くなよ、どうした」
「いえ、その・・・嬉しくて。坂木さんの、隣立てたなぁって・・・」
そう言うと坂木も驚いたが照れくさそうに首に手を当てると
「・・・だから言ったろ、オレのせいだって。つか何だ、あのザマは。めちゃくちゃ先輩達に呼び出されやがって」
「(誰のせいだと・・・)」
「明日もそんな調子だったら久しぶりに腕立てと反省文させっからな!いいな!」
くるりと駅の方へ向かうと坂木は逃げるように早歩きになる。
2週間ぶりだろうか・・・そんな短い期間だったが久しぶりと感じられるやり取りに麻琴は口元がニヤけると急いで坂木を追いかけた。
乗り換えた新幹線の中。
麻琴はスマホをつけて先程撮った写真を見るとまた口元が緩んでしまう。
そんな麻琴を見ると、坂木は肘掛けに寄りかかり頬杖を着くと
「(お前、そんな顔されたら)」
岩崎の「真壁はお前しか見てなかった」と言う発言がチラつき、写真をみて嬉しそうにする麻琴の顔。
少し前まで自惚れていた自分がバカバカしいと思っていたのに、また期待してしまう。それに、もう鼻が慣れてしまった麻琴の香り・・・自然と落ち着く自分がいる。
「(オレは真壁の事・・・)」
もう今回の件で自覚してしまった。
途端に坂木も顔が熱くなった気がしてペットボトルを掴むとそれを頬に押し当てる。
「ん?坂木さん、顔赤いですね」
「・・・暖房効きすぎなんだよ」
「えぇ?そうですか?」
こてん首を傾げる麻琴。
なんだコイツ、確信犯か?
今は無性に麻琴が可愛い。
「(厄介だな・・・)」
内恋なんて絶対しないし、恋愛自体も興味なく柄ではないと思っていた。・・・このまま卒業まで、意地でも貫くしかない。そしてその間に麻琴に近づく男共(主に岩崎)から守る。
勝負は卒業式・・・それまで言葉にするのは我慢しよう。
そんな固い決意してる横で麻琴は呑気に窓の風景を見て「熱海行きたい、部屋会熱海にしてくれないかな」など独り言を言っている。
「(こいつ、呑気にしやがって)」
景色ばかり見てんじゃねぇ。と、悔しくなった坂木は無防備に置かれた麻琴の手を取ると、ぎゅっと握った。
「・・・坂木さん?えっ!」
「静かにしろ」
突然の事に驚いた麻琴は顔を赤くする。
こっちを見つめてくるが、坂木はぷいっと顔を反らす。
麻琴も同じ気持ちであって欲しい。少しでも自分を意識してほしい、自分だけを見て欲しい。口では言えないなら態度で示すまでだ。
すると麻琴も弱々しくだが控えめに、きゅっと手を握り返してきたためぴくっと反応してしまう。チラッと隣を見れば茹でダコのように顔を赤くさせ俯いた麻琴。
「・・・真壁」
「はい・・・」
「資料には校内における男女交際については特に制限はねぇ。たが内恋・・・何となく良くねぇのはお前も分かってるよな」
もちろん在学中同じ中隊で婚約した上級生を何組かは知っている。内緒にしていてもバレるのだ。
こくこく、と麻琴はこちらを見ずに涙目で頷く。
そんな顔も可愛い・・・坂木は軽くため息を着くと
「嫌なら振りほどいていいんだぞ」
試すように言うと、麻琴は首をふるふると振って坂木の手を強く握り返した。了承だと受け取ると今度は握っていた手を今度は絡めるように握った。
「・・・オレも我慢する。お前も、我慢出来るか?」
真っ直ぐ麻琴を見つめると、顔を赤くして涙目になった麻琴とゆっくりと目が合う。
「待ちます」
ハッキリとした返答に坂木は僅かに笑みを浮かべると深く背もたれに凭れるとふぅと息を吐く。
「・・・決まりだな」
「はい」
「今なら誰も見てねぇし・・・良いだろ」
そう言ってまた握る手に力を加えると、麻琴もこくりと頷いて握り返してくれる。
「真壁」
「はい」
「余所見すんなよ」
「坂木さんも余所見、しないでくださいね」
「おう」
会話が終わり、しばらく新幹線に揺られていると麻琴はペットボトルに手を伸ばして顔に押し当てると
「・・・暖房、効きすぎてますね」
「だろ?」
2人は横浜に着くまでの間、手を繋いだまま離さなかった。