「失礼致します! 121小隊真壁です!」
教官室に向かうと、そこには教官の高杉、久坂、吉田が強ばった表情をしていた。
何かしただろうか・・・思い当たる節はない。麻琴は動揺していると
「真壁、落ち着いて聞いて欲しい。」
「先程、ご家族から連絡が来た。君のお兄さんが仕事中に事故にあい緊急搬送されたようだ」
「え・・・?あ、の、どっちの兄でしょうか・・・私には兄が2人・・・」
「消防士のお兄さんが居るね?」
「はい・・・長男です・・・」
ピッとテレビを付けるとヘリコプターからの中継が流れる。
工場からの火災、その際の爆発で消防士が数名巻き込まれたとの報道が流れ麻琴は脚に力が入らなくなってしまった。吉田はそんな麻琴の腕を掴むと
「おい、真壁!」
「離校許可を取る。真壁、すぐに御殿場の病院へ向かいなさい」
「真壁、荷物まとめろ!急げ!」
「高杉3佐、俺が連れていきます!」
「頼むよ、久坂1尉」
ふらつく麻琴の背中を押しながら久坂は麻琴の居室まで向かった。
廊下を走りながら久坂は麻琴をチラッと見下ろす。
「真壁、大丈夫か」
「は、はい・・・大丈夫です、兄は、強い人です。」
俯きながら目が虚ろになってしまっている。
居合わせた上級生に久坂は「欠礼は見逃せ、緊急事態だ!」と言いながら走り居室へ向かうと麻琴は慌てて制服に着替え何日かの着替えを手伝ってもらいながらまとめた。
状況が分からないメンバーに久坂は「後で高杉教官が説明する」と言い残すと麻琴を引きずって部屋を出た。
***
「坂木さん、お店詳しいですね!」
「いえ、後輩たちを外に連れ出すのも我々上級生の役目ですのでリサーチは必須です」
「防大生の方って大変なんですねぇ」
クレープを片手に菫はニコニコと坂木の隣を歩く。
あれから麻琴に酷く当たってしまったがもう遅い。あれから自然と麻琴を避けるようになってしまい、麻琴も目を合わせなくなってしまった。
岩崎の宣戦布告を受け取っておいて、なんてザマだ。坂木はもやもやが増していくばかりだった。
一条菫は有名なお嬢様女子大学の学生で、両親は医師らしい。おかげか立ち振る舞いもテーブルマナーもしっかりしており育ちのいい女性だった。
年齢は麻琴と同じ19歳・・・
麻琴から香る柔軟剤の香りとは違い、菫から香るのはブランド物の香水の香りで・・・違和感しかない。
「(アイツとは大違いだな)」
脳裏にチラつくのは麻琴の笑顔ばかりで、小さいくせに大口をあけてもりもりと男に負けないほどご飯を食べる姿、お菓子を渡せばキラキラとこちらを見上げて喜ぶ姿。
背負った時のビックリするくらいの軽さや一緒に釣りをした時の楽しそうな無邪気な笑顔。
そして最後に突き放してしまったときの顔を思い出すと眉を寄せてしまった。
「・・・坂木さん?」
「ああ、すみません。 どこか行きたい場所はありますか?」
誘われたから出掛けたものの、坂木は心ここに在らずという感じでデートが終わってしまった。
近場の駅まで送ると菫は
「ありがとうございました。楽しかったです」
「いえ、こちらこそ。ありがとうございました」
菫は手を振るとICカードを取り出して改札をくぐって行った。
「・・・歩いて帰るか」
ポケットに手を入れて下宿先まで歩いて帰る。少し頭を冷やし・・・帰ったら麻琴に謝ろう。
拒絶されてしまったら、そこまでで麻琴には近づかないようにする。それでいい。
夜の20:00、坂木は下宿先で制服に着替えて防衛大の門をくぐり1大隊の階段を登っていると
「階段だからな、落ちるなよ!」
「はい・・・」
何だ?と坂木は顔を上げるとそこには血相を変えた久坂が麻琴の鞄を肩にかけて、その片手は麻琴の腕を掴み引きずるように階段を駆け下りていた。
坂木は慌てて敬礼をすると久坂も敬礼を返すと
「悪いな、欠礼は見逃せ!緊急事態だ!」
「は・・・」
今まさに会おうとしていた麻琴の目は虚ろで久坂に引きずられながら1大隊を出て行った。
それから消灯の際高杉がやって来て全員を集めると
「えーニュースでもありましたが、静岡県御殿場市の工場で大規模な火災がありました。 真壁学生のお兄さんは消防士で現場にいた所、爆発に巻き込まれたそうです。」
その言葉に全員は動揺し、坂木も息が止まりそうだった。麻琴の兄、消防士・・・半年前に会ったあの爽やかな男性を思い出す。
「真壁学生は離校許可を取らせました。よって、しばらくの間真壁学生は不在です。 当番などは各自で話し合うように」
その言葉に1年は動揺したが、はい!と返事をするとその場で解散となった。