防衛大学生活が始まって1週間・・・そして2週間が経過した。

先輩達より早く食堂へ向かい朝食の準備・・・そして先輩達が全て白米を食べてしまうため麻琴達はいつもパンとおかずのメニューだ。

口の中の水分を取られながら麻琴と知念は押し込むようにパンを食べながらふと顔を上げる。

ここ最近顔を合わせていた同期の学生達・・・最近顔を見なくなった。ただ自分たちより遅いか早いのだろうと思っていたのだが・・・退校だ。

女子学生も知ってる顔が数名居なくなった。

入校式後の夜から続いている反省文、腕立て、少しでも先輩が機嫌を損ねると追加される反省文・・・それに耐えられず逃げ出す生徒が後を絶たない。それだけではなく、防大はトイレ以外はプライベートが無くそれもストレスを溜める要因となる。


そして、沖縄から来た麻琴の同室である知念・・・慣れない土地、慣れない環境、怖い先輩達・・・身体と頭が着いて行けず精神的なストレスで睡眠不足。おかげで知念の心は折れかけており以前の元気はなくなってしまっている。

正直麻琴も他人の心配をしている場合ではない。今自分も、反省文を書いている最中なのだ。持っているペンに思わず力が篭もる。

「みやちゃん、お風呂行くけど・・・」
「ああ、うん・・・ごめん!これ書いたら行くから麻琴は先に行ってて!」

笑顔で言われるが、その顔には疲労感が伺える。
麻琴は頷くとお風呂セットを持って居室を後にした。


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知念を元気づけるためにはどうしたら良いのか・・・風呂から出た麻琴は風呂セットを持ちながら濡れた髪をそのままにして浮かない顔をしながら走っているとフロアの階段口、目の前から降りてきた学生に気づくのにギリギリになってしまった。


とっさに麻琴は手すりを掴んで壁に寄り、相手の顔を見ると

「ばんはっ!(うげっ)」

慌てて頭を下げて挨拶をした。
相手は鬼の坂木、風呂上がりだと言うのにまた嫌な汗をかいてしまう・・・と頭を下げながらそんな事を考えていると坂木はチッと舌打ちをする。

「真壁・・・腑抜けた顔してんじゃねぇか」
「すみません!か、考え事を!」
「あぁ?考え事しながらてめぇは戦場走るのか?そんな事してたら殺られるぞ。 俺が敵だったらお前はもう死んでんだ。気ぃ引き締めろ。分かったか!」
「はい!以後気をつけます!」

反省文だろうか・・・ずしりと身体が重くなった気がした。しかし坂木はふぅ、と息を吐き顎をクイッと動かすと

「場所変えるぞ、ついてこい」
「へ・・・」

人目のない所で怒られる・・・麻琴は白目を剥いた。


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連れてこられたのは自販機の前・・・坂木は1000円札を自販機に押し込むと適当にボタンを押し、麻琴を見下ろすと

「選べ」
「え、あっ、いただきます!」

乳酸菌飲料を押すとガコンッと音を立てて落ちてくる。麻琴はありがとうございます、と受け取り坂木は炭酸を選んだのかペットボトルからは空気が抜ける音が聞こえた。

壁に寄りかかりクイッと飲むと、麻琴を見下ろす。

「・・・で、何考えてたんだ」
「はい?」

ぽかーんと麻琴は首を傾げるとイラッとしたように坂木はつり上がった眉を寄せると

「話してみろってんだ」
「はい!あの・・・同室の、同期が心配で」
「同期?」

麻琴は知念の事を話すと

「・・・なるほどな。まあホームシックってやつだ。あとメンブレ気味だな。それにしても沖縄とは、また遠くから来たな。」
「みやちゃ・・・知念学生は、故郷の海を守りたいのでここに来たそうです」
「てことは、海自希望か」

こくり、と麻琴は頷く。

「せっかくここまで来たので、辞めては欲しくありません。・・・・・・あの、坂木さんは何処出身なのですか?」
「オレか? 高知だ。お前は?」
「私は静岡です・・・坂木さんもホームシックになりましたか?」

坂木は少し考えた後

「・・・ねぇな。」
「そう、ですか」
「お前はならねぇのか、ホームシック」
「んー・・・むしろ親が心配です」
「は?」

麻琴は苦笑いすると

「・・・うち、上に兄が2人いるんですけどどうしても女の子が欲しかったみたいで。やっと3人目で私が生まれたので父が目に入れても痛くないくらい溺愛してきて。 」
「いい事じゃねぇか」
「いやあ・・・いい事ばかりでは無いです」

色々思い出してまた苦笑いすると坂木は

「まさか家出たいからここに来たって訳じゃないよな?」
「若干それもありましたが、憧れの人が居るんで!」
「自衛官でか?」
「はい!」

キラキラした目で言われ、坂木もとある人物が脳裏を過り軽く鼻で笑う。

だいぶ話が逸れてしまったな、と坂木は麻琴を見ると

「同期を心配するのはいいが、自分は大丈夫なのかよ。」

積み重なる反省文・・・それはストレスから耐える訓練も兼ねられている。当然麻琴も反省文が溜め込まれているはずだ。

麻琴ははぁ・・・と今から処理する反省文を考えながらため息を着くと

「もちろん、余裕なんてありません。・・・でも余裕が無い時こそ周りを見なきゃと思うんです。じゃないと、もしもの時皆で生き残れないですから」
「真壁・・・今のお前らの状況、理不尽だと思わなかったか?」
「理不尽・・・確かに」

顎に手を当てて麻琴は何かを考えると坂木を見つめて

「でも、私たちの職業って理不尽だらけですよね?」
「・・・と言うと?」
「いつ来るか分からない有事・・・その理不尽の中でいかに冷静に指揮出来るか。上に立つ者だからこそ周りを支えて、理不尽の中でも冷静に対応する頭を養う。・・・今はその訓練だと思っています。」

その言葉に坂木は若干だが目を見開いた。

昔・・・坂木が1年だった頃、同じ部屋になった同期や先輩を思い出して目を細めると・・・麻琴の首に掛けてあったタオルを引っ掴み、頭に載せガシガシと拭き始めた。

「同室の奴は家族と思え。お前がその同期を支えてやれ。そいつがまた失敗しねぇように協力するんだ。・・・分かったらとっとと髪の毛乾かして反省文書け!」
「は、はい!」

入校日以降は怖い人だと思っていたが、こうして対番でも部屋っ子でも無いのに話を聞いてくれる・・・案外いい鬼なのかもしれない。


「(失敗しないように協力・・・)」


麻琴は頭を下げると駆け足で部屋へと戻った。

「みやちゃん!」
「麻琴?」


相変わらずぐったり気味の知念。それに反して麻琴はにこにこしており冷蔵庫に入れたジュースと隠していたお菓子を持って知念の机にドン!と置いた。

何なんだ?と麻琴を見上げて首を傾げると、

「みやちゃん、一緒に反省文書こう!」
「え・・・」

麻琴はニッと笑うとやがて知念もつられて笑う。
狭い机で2人は肩を並べるとペンを持ち、反省文を書き始めた。

「麻琴はなんの反省文?」
「廊下で止まったことに関しての反省文。20枚」
「私たちマグロか何かと勘違いしてるよね。」
「ぷはっ、マグロ!」

けたけたと2人で笑い、狭い狭いと愚痴を零しつつも、反省文を書いたのだった。



***


次の日の夜・・・
麻琴は全員の部屋を周り1年生は集まって欲しいと声をかけた。

反省文やプレス・・・溜まった作業が多いのに何なんだ・・・と半ばイラついている学生もチラホラ伺える。

その視線が痛くビビるな、麻琴は声を張り上げると

「私は!真壁麻琴といいます!静岡県御殿場市から来ました!」

突然の自己紹介に全員は何だ?と首を傾げるが

「反省文反省文、腕立て腕立て、正直もう限界だと思いませんか!?」

麻琴は外から聞こえるように声を張り上げると全員は顔を青ざめて

「お、おい声でけぇよ!」
「先輩達に聞かれたらお前、シバかれるぞ!」
「シバき上等! でもね、私たちは何しにここに来た!? 人の上に立つ人間になるんだろ! だったらこんな理不尽な状況に心折れてんじゃないよ!嫌なら辞めちまえ!!」

シーンと静まり返り、麻琴はまた息を吸い込み

「この先、我々が本当の自衛官になればいくらでも理不尽な目に遭う!そんな時に自分らが周りに気を使えなくてどうする! それで人の上に立つつもりか!? この負のループから抜け出すためには男も女も関係ない!全員で助け合うんだ!」

そう言い切るとふう、と息を吐いて

「・・・まず、部屋を出る前お互いの服装をチェック。心配なら部屋長、サブ長にチェックしてもらう。・・・いいか、先輩達にまけねぇぞ!!」

言い切った・・・と麻琴は肩で息をすると突然前にいた男子学生が手を挙げた

「俺は松原竜二! 神戸の震災で自衛隊の活動に感銘を受けて、いつか自分も人の役に立ちたいと思った!!・・・こんな所で挫けてたまるか!」

そして知念も手を挙げると

「知念宮子です!沖縄の海を守りたくてここに来た!!私も!先輩達に負けない!!」

そう拳を突き上げると全員は顔を見合わせて

「俺も、負けたくねぇ! 絶対卒業するんだ!」
「私だって生半可な気持ちでここに来たわけじゃない!」
「全員で協力して負のループから抜け出すぞ!」

おぉー!と拳を突き上げていると


バァン!!


勢いよく扉が開かれて全員が反射的に整列すると、そこには竹刀を持った坂木が立っていた。

「おい!!ぎゃぁぎゃあうっせんだよ! 首謀者は誰だ!」
「はい!私です!」

麻琴はすかさず手を挙げると坂木は麻琴に近づいて見下ろす。一触即発な雰囲気に全員は震え、麻琴は負けじと坂木を見上げると

「大声を出して申し訳ありません。 同期達に発破を掛けていました。 責任は私にあります!」

先輩に動じず睨みつけてくる麻琴。
・・・そういえば昔、坂木も理不尽な仕打ちをしてきた先輩に向かって同じような目をした事がある。

坂木は腕を組み麻琴を見下ろすと

「・・・分かった、真壁。今から腕立て100回だ」
「はい!」

麻琴は床に手を着いた瞬間、全員が床に手を着いた。

驚いた麻琴と坂木・・・するとタイから来た留学生のシンチャイがにっこりとカタコトで

「えっとー・・・こういうの、レンタイセキニンってやつですよね?」

全員がうんうんと頷くと、麻琴は笑い

「腕立て用意!」

いち! に! さん!と第1大隊の1年生全員が腕立てをし始める。

流石の異変に気づいた久坂教官が部屋に駆け込んでくると

「おいおい!何してんだ! 坂木、こりゃ一体・・・」

坂木は腕立てをする麻琴を見下ろすと

「連帯責任で腕立て100回させてる最中です」
「は、はぁ・・・?」


100回まで腕立てが終えた頃には全員へとへとになり坂木は竹刀を1年生に向けると

「おめぇら、自分達が吐き出した発言には責任持てよ!俺たちに食らいついてこい!容赦しねぇぞ!」

「「「はい!」」」




次の日から・・・バラバラだった1年は一致団結しお互いをフォローしながら声を掛け合う姿があった。


避雷針の発破



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