「菫〜こっちこっち!」
「待ってよ〜」
一条菫は友人に連れられて防衛大学校の開校祭にやってきていた。正直最初聞いた時は興味が無かったのだが、同世代の若者がシワひとつない制服を着こなし背筋を伸ばし上級生にも敬礼をしている姿を見てド肝を抜かれてしまった。
「凄い人・・・」
「2万人くらい来るみたいだよ〜。私こっちに来たら絶対防衛大の開校祭行ってみたかったの!棒倒しとか!」
「棒倒しって、あの運動会でやるやつ?」
「そうそう。まあそんな甘っちょろい物じゃなくて、ここの人らはガチだから!」
マジで乱闘だよ!と説明され菫ははぁ・・・と首を傾げる。
模擬店で売り込みをしている生徒たちはとても楽しそうでその中にも自分と同じ女子もいる。
「(あんな小さい子も居るんだ・・・凄いなぁ)」
大柄な男性の中、とても小柄な女子も楽しそうに呼び込みをしているのだ。
「あわよくば、防大生との出会いもあるよ!」
「それが目的でしょ・・・」
「へへへ・・・あ、ねえねえ学生舎の見学行こうよ」
入ったのは1大隊と呼ばれる学生舎・・・部屋に入るととても綺麗に整頓された実習室や居室掃除の実演もしている。
「じゃあ、あとは頼むぞ」
「はい!」
そんな声が聞こえて部屋から出てきた学生は駆け足で薫達の目の前を走ってくる。
「こんにちは! 楽しんでいってください!」
そう声を掛けてきた学生・・・タレ目の三白眼で爽やかな笑顔を向けて頭を下げると階段を降りていった。
「・・・・・・」
菫は一瞬だけだったが先程の学生の顔が忘れられず、顔が赤くなってしまった。友人はそれを見ると
「今の人、なかなかかっこよかったね」
「う、うん・・・」
「あの部屋から出てきたから、あの部屋に住んでる・・・?のかな。見てみる?」
「見る!」
部屋に入るととても綺麗に整頓されており、壁には部屋のメンバー紹介があった。
「坂木さん・・・」
先程の学生は、坂木龍也と言うらしい。
怖い先輩・・・と書かれているがそうは見えなかった。
「なに、菫のタイプだった?」
「・・・そうかも」
「ええっ、じゃあ早く追いかけなきゃ! あ、そう言えば恋の片道切符なんてのもあるからその中に坂木さんって人居るかもよ?」
「う、うん・・・」
一度外に出て見るが、坂木の姿は無かった。
恋の片道切符という防大生の連絡先が書かれた掲示板を見ても、坂木の姿はない・・・無理か、と菫はため息をついたが。友人はあっ!と声を出して菫の肩を叩いた。
「菫、あそこ!」
振り向くと、そこには坂木と女学が歩いていた。
今しかない、菫は坂木に近づくと
「あっ、あのっ!」
坂木と女学は何だ?と振り向いた。
***
一旦休憩となり、麻琴は開校祭を回っていた。知念とは行き違いになりほかの女子も各校友会や展示に忙しい・・・ステージでは応援團展示として岡田達が声を張り上げている声が遠くからでも聞こえてくる。
「あのーすみませーん」
「はいっ」
振り向くと、3人ほどの男子大学生が麻琴を見て
「ほらやっぱ可愛いじゃん!」
「ねーキミ何年生?」
「い、1年ですが」
「一緒に写真撮ってもらってもいいスか?」
「はい、もちろん。構いませんよ」
通りがかった近くの学生が撮りましょうか?と声を掛けたためスマホを渡すと麻琴の肩に手を乗せ写真を撮り始める。
「(ううっ、開校祭ってこういう事もしなきゃいけないんだ・・・)」
「真壁さんって言うんだね、下の名前は?」
「麻琴です」
「麻琴ちゃんかー!可愛い名前だね〜!」
「ねえねえ、次敬礼して撮りたいんだけど教えてくれる?」
「はい」
敬礼の仕方を教えていると背後から
「・・・失礼、お写真撮りましょうか?」
「へ?」
全員が振り向くと、そこには背後から鬼が見える笑顔の坂木が立っていた。
慌てて麻琴とスマホを持っていた学生は脚を揃え背筋を伸ばすとピッ!と敬礼をする。
「「ちわっ!」」
「・・・岡村学生、スマホを貸しなさい。私が撮影を代わろう」
「え、いや坂木さん・・・」
「い い か ら」
「・・・はい」
真壁すまねぇ、と岡村と呼ばれた学生は麻琴にアイコンタクトをすると坂木はとても笑顔で
「はい、撮りますよ〜真壁学生、笑顔笑顔」
引きつった麻琴の写真が出来上がったのだった。
「・・・ったく、1人でウロチョロすんな」
「す、すみません・・・」
坂木の隣を歩く麻琴。
絡まれている所を助けてもらい、正直嬉しくなり麻琴は坂木を見上げる。
「何だよ、腹減ったのか?」
「え?!は、はい・・・」
「仕方ねぇな・・・ついてこい」
そこからは少しの時間だが坂木と2人で開校祭を回ることが出来た。
「こぼすなよ」
「ふぁい!」
「飲み込んでから喋れ」
歩き食いは禁止・・・椅子に座りフランクフルトを頬張りながら麻琴はニコニコと返事をする。
そんな麻琴を見て坂木も口元が緩みかけたが、
「っと、そろそろ戻んねぇとな。お前も模擬店当番だろ?」
「はい!」
立ち上がって1大隊の模擬店へ歩いていると
「あっ、あのっ!」
顔を上げると白のワンピースに黒のロングヘアーの女性が立っていた。坂木の知り合い・・・?と麻琴は首を傾げると坂木も不思議そうな顔をしている。
ワンピースの裾を掴みながら女性は坂木を見ると
「お忙しい中申し訳ありませんっ、あの、連絡先・・・こ、交換して頂けませんか!」
「は・・・い?」
「え゛っっ!」
坂木もまさかの申し出に驚き、麻琴は口を塞いだ。少し沈黙があった後
「・・・すみません、こういう事慣れてないものでして・・・・・・私でよければ」
坂木はポケットからメモ帳とペンを取り出すとサラサラと名前と電話番号を書き始める。
そんなやり取りを、麻琴はあたふたと眺めることしか出来ない・・・
「一条菫と申します。 あ、ありがとうございます!あの、坂木さんは明日の棒倒し参加されますか?」
「ええ、私は猿・・・棒の上に立つ役割ですので」
菫と呼ばれた女性はパッと顔を輝かせると
「では、明日もお邪魔させていただきます!」
「はい。是非いらしてください。・・・すみません、我々は次の仕事があるので失礼致します」
敬礼をして、麻琴も震える手で敬礼をすると坂木の背中を追いかける。
そんな坂木の背中を見つめながら、麻琴はもやもやや焦りが生まれた。
「坂木さん・・・も、モテモテですね!」
「あぁ? あそこで断ったら申し訳ねぇだろ」
「へ?」
「ただでさえ防大生は他の大学生より忙しいんだ、ロクに連絡もできやしねぇよ」
「で、でもデートとか誘われたら・・・」
そう聞くと坂木は頬をポリポリとかいて、
「・・・まあ、一度くらいはな。仕方ねぇ」
「仕方ない、ですか・・・」
「真壁?」
デートに誘ってOKされたら、期待させてしまうじゃないか・・・と言いそうになり麻琴は口を噤んだ。
自分だって岩崎とのデートを断れなかったではないか。人の事は言えないし、言える関係性でもない。
「い、いえ!なんでもないです! 一条さんでしたっけ?可愛らしい方だったじゃないですか!何事も面と向かって話さないとお互いの事、分かんないですし・・・?いいと思います!」
帽子を深く被ると麻琴は
「ほらほら坂木さん、芹澤さんに怒られます!急ぎましょう!」
返事を待たず麻琴は駆け足で模擬店へと帰ったのだった。