合宿最終日は打ち上げをし、次の日である今日は何も無い休みだ。明後日からは中期が始まる。
麻琴はめいいっぱい息抜きをしようとベッドに寝転がるとスマホが鳴った。
《坂木龍也》
「んえっ!」
慌てて起き上がるとメッセージ画面を開く。
>今出れるか
その一言だけで、麻琴は両膝絆創膏を剥き出しにしたハーフパンツと肝臓くんTシャツのまま慌てて部屋を出ると男子棟と女子棟の交差点で坂木が立っていた。
「お・・・お待たせしましたー!」
「おう。 真壁、今外出れるか?」
「へ? はい。出れますよ」
坂木は周りを確認すると小声で
「着替えろ。釣り行くぞ」
***
「ウヒィ・・・」
「おい馬鹿、動くんじゃねぇよ。制服汚れんだろ」
ニョロニョロと蠢く餌・・・坂木はそれを針に刺すと手馴れた様子で掘りへと落とした。
・・・麻琴と坂木は釣り堀にやって来ていた。
小原台の海だと防衛大生達の縄張り・・・人目を避けるのと初心者の麻琴のために釣り堀へとやってきたのだ。
「坂木さん、これからどうすればいいんです?」
「掛かるのを待つだけだ」
「・・・それだけ?」
「それだけだ。 動かすなよ、魚が逃げる」
ビールケースで作られた椅子に肩を並べて座りながら無言で魚が掛かるのを待つ・・・
「坂木さんはいつから釣りを?」
「小学生くらいの頃だな。親父に連れられて休みの日はよく行ってた」
「へぇ・・・仲がいいですね」
「まあ悪くは無いな。でも防大に入ってからはロクに連絡取ってねぇし・・・しても返事は遅いだろうな」
「お仕事大変なんです?」
「ん、ああ。知らなかったか、オレはカンピン。父親が空自だ」
カンピン・・・官品とかけており、自衛官の娘や息子の事をそう呼ばれる。
麻琴はへぇ、と驚くと
「だから坂木さんは航空要員なんですね」
そう言うと坂木は少し照れたように頬をかくと
「いや、まあそれだけじゃ無くて・・・イーグルドライバーになりたいんだ」
イーグルドライバー、F-15(別名イーグル)と呼ばれる戦闘機を操るパイロットの事をそう呼んでいる。20mm機関砲を持ち、マッハ2.5で高速性・加速力、旋回性を持っている。
時速3000kmの速さで東京から北海道の千歳まで普通の旅客機だと1時間半かかるのを、F-15だと17分で到着するほどの速度だ。 戦闘機の訓練も厳しく、Gに耐える訓練もある。旅客機の離陸時に掛る圧力は1.2Gに対し空自は7Gを10秒耐え続けなければパイロットになる門は閉ざされてしまう。
ちょうど真上に、どこかの基地から飛んできた訓練中の戦闘機が音を立てて飛んでいくのが見え・・・坂木はそれを羨ましそうに見上げる。
「・・・あれがあれば、すぐに駆けつけれるからな」
麻琴も釣られて見上げると
「かっこいいですね」
「だろ?」
「・・・坂木さんが乗ってるところ、見たいなぁ」
へへ、と笑うと坂木は驚いて麻琴を見つめる。
「イーグルに乗れたら、招待してくださいね」
「はっ、仕方ねぇな」
呑気にそん会話をし、坂木もまた空を見上げながら
「お前の要員は・・・まだ秘密だったな」
「あ、はい。正直・・・おわっ」
返事をしかけたところで釣竿がグイッと引っ張られ、麻琴は肩を揺らす。とっさに坂木が麻琴の持つグリップに自分の手を重ねると
「そのまま巻き取れ」
「うぅ、重いー!」
「手伝ってやるから、ほら後ちょっとだ」
リールにも手を重ねるとそのまま回しながら巻き取り、マダイが糸と一緒に釣り上げられた。
「わあ、魚だ!」
「マダイだな」
ふと顔を見合わせると、お互い密着している状態である事に気づき坂木は慌てて離れると釣れたマダイをバケツに放った。
「待て待て、包丁の入れ方が違う」
「えぇ?」
防衛大に戻り、坂木と麻琴は調理室を借りて魚と格闘していた。
魚を捌ける坂木を横で見て「私も魚を捌ける女になりたいです!教えてください!」とお願いされこれも勉強だ、と包丁をバトンタッチしたのだ。
「刃先で切ると身も潰れるし刺身の見た目も悪くなる。こうだ」
「こう?」
「おう、上出来だ」
飲み込みも早く、1度教えてしまえば麻琴は手際よく出来てしまう。丸いお皿を囲むように切った魚を盛りつければ麻琴は旅館みたいですね!とニコニコする。
すると調理室に入ってきた4年の先輩がそんな坂木と麻琴を見ると
「おー兄妹揃って何やってんだ?」
「はい!坂木さんに魚の捌き方を教えて貰ってます!」
兄妹では・・・と坂木は否定しようとしたが、麻琴は気にしておらず先輩に切った刺身を見せている。
先輩は坂木を見てニヤニヤしており嫌な予感がする・・・と視線を逸らすと
「上手に出来てるなー。なあお兄ちゃん」
「は、はい・・・」
完全にからかいに来てる・・・坂木は濁すように返事をすると、先輩はカップ麺にお湯を注ぎ口笛を吹いて調理室を出ていった。
「(内恋って疑われるよりはマシか・・・)」
坂木は1人で納得すると手が生臭いと笑っている麻琴を見てまあいいか、と口元を緩めた。
「いただきます!」
麻琴はパクリと口に入れると目をキラキラさせながら坂木を見つめた。
「坂木さん!美味しいです!」
「そうかよ」
箸が止まらない・・・麻琴は頬を赤くさせて刺身をパクパクと食べているので坂木も箸を手に取ると1口入れた。
「うめぇ」
「んふふ、自分達が釣ったお魚のせいかもっと美味しく感じますね」
「はっ、だろ?」
麻琴は切った刺身を眺めながら
「夏休みの最後にリア充できました」
「大袈裟だな」
「大袈裟じゃないですよ。釣り楽しかったです!」
花が咲いたようににっこりと笑う麻琴。
そんな風に言われてしまっては、連れてって良かったと思う。
「・・・そんなもん、また連れてってやるよ」
照れ隠しにそう言うと麻琴はまた嬉しそうに笑い「はい!」と返事をすると2人であっという間に刺身を平らげた。
麻琴はスマホを取り出すと撮った写真を兄達に送るそうだ。
坂木もスマホを取り出すと
「(たまには連絡するか)」
宛先を父親にし写真を添付するとメールを送ったのだった。
明後日から中期が始まる。