夏休みはまだあれど、校友会の合宿のためすぐに防衛大に戻ることになった麻琴。
「んじゃあ周、頼むよ」
「おう」
「悪いね周くん。助かるよ」
「気をつけてね」
「はい!お世話になりました!」
千葉もまた横須賀の基地に戻るついでに麻琴を送ってくれることになった。両親と兄ふたり、サスケに見送られ麻琴は千葉のバイクに乗せられ再び神奈川へ向かった。
防衛大付近の小原田台緑地付近にバイクを止めると、麻琴はバイクから降りてくるりと回ると
「周くん、大丈夫?」
千葉は麻琴が被った帽子をクイッと整えると
「不備なし」
「送ってくれてありがとう!周くんも頑張ってね」
「おう。お前も頑張れよ」
麻琴は敬礼をし、千葉も海自用の脇を締めた敬礼をする。
すると千葉の背後から見覚えのある姿が歩いてきた。
「あっ坂木さん! 周くん、あの人だよ」
「うわ、やべっ」
「ん?何で?」
「・・・何でも。んじゃあ俺行くわ。頑張れよ、麻琴」
千葉は麻琴のほっぺたを突っつくとじゃあな、と手を振り地面を蹴った。すれ違い様に千葉は坂木をチラッと見る。睨まれるような視線を受け、ヘルメットの中で笑うとアクセルを捻りスピードを上げて小原台緑地を抜けた。
「坂木さん!こんにちは!」
こちらに向かってきた坂木に向かって敬礼をすると坂木も敬礼をする。
チラッと遠くに見えるバイクを振り向くと
「・・・今の兄貴か?」
「いえ。兄の友達です」
電話で話していた相手。にしても随分と親密に麻琴に触れていたなと坂木は眉を寄せる。
しかもバイクで2人乗りして御殿場からここまで来た・・・モヤモヤしてしまう。
「・・・坂木さん?」
「なんでもない。おら、今日から合宿だからな。ビシバシ行くぞ」
「ヒイィ・・・!」
今日からまた、鬼の雷が落ちる日々が始まる。
「ほら!あとちょっとだ!」
蝉が鳴く観音崎へ続く坂道を麻琴たち剣道部はひたすら走り続ける。汗が流れ、首に掛けているタオルで拭っても噴き出した汗は止まらない。
「真壁!へばんじゃねぇ!」
「はい!」
どこからそんな元気があるのか、坂木は竹刀を振り回しながらこの炎天下を走り回っている。4年生が引退に近づく中、次の部長は坂木という話もあるほどだ。
何事にも全力な坂木。千葉にも防大生たるもの何事にも全力、そしてこっそり恋愛にも全力の言葉を思い出す。坂木を幻滅させたくない、麻琴は脚に力を入れると
「へぶぅ!!」
「真壁ー!!!!」
「大丈夫かー!?」
「真壁が転んだぞー!!」
全力で転んだのだった。
「チッ・・・」
「す、すみません・・・」
全員が走っていく中、坂木は麻琴を背負って観音崎まで歩いていた。
「あの、坂木さん!私大丈夫です、歩けます」
「あ?黙って背負われてろ」
「うう・・・重いですし」
「別に重くねぇよ。むしろもっと食え。筋トレにもなりゃしねぇ」
張り切るつもりが空回りして転び、手の平と膝を負傷してしまった。救急箱は先に行った観音崎の頂上にあるらしく、そこまで行かなければならない。
歩けると言ったのだが両膝が血だらけのため見かねた坂木が背負って歩くと言い出したのだ。
「全くお前は・・・合宿開始早々やらかすな」
「ごめんなさい・・・」
「別に責めてねぇよ」
風に乗ってふわりと香る洗剤とタバコの香り。
麻琴は嗅いだことのある匂いだな、とスンと鼻を鳴らすと
「・・・坂木さん、洗剤はN〇NOXですか?」
「当たりだ。よく分かったな」
「へへ・・・いい匂いです」
「は・・・」
すると麻琴は顔を真っ赤にさせてあたふたとすると
「す、すすすすみません!!へへへへんな意味じゃ・・・」
プップー!
「わあっ!」
突然後方から聞こえたトラックのクラクションに驚いた麻琴は思わず坂木の首に腕を回してしまった。
途端に背中に柔らかい感触がして坂木は一瞬何だ?と立ち止まった。どうやら麻琴の胸らしく顔に熱が集まった。
「(ただのおんぶ、ただのおんぶ・・・)」
坂木はそう言い聞かせながら歩くが、風に乗って麻琴の使っている柔軟剤の香りが鼻をくすぐる。
・・・当の本人はというとあれから落ち着いてるのか通りがかった店のガラス越しから見るとぼけーっとした顔で海を眺めているではないか。
「(〜〜〜クソ!のんびりしやがって!)」
坂木はこの状況を何とかしようと脚に力を入れると突然全力で走り始めた。驚いた麻琴はびっくりして坂木の首に再び腕を回す。
「さ、坂木さっ・・・は、走ったら疲れちゃいまっ・・・わわわ」
「ハイポートだ!」
「え!私小銃ですか!?」
坂木は理性と猛暑と戦いながら観音崎の頂上を目指して走ったのだった。
「はぁ、はぁ・・・」
「おー坂木、お疲れ様!真壁、怪我大丈夫か?」
「な、なんとか・・・」
麻琴は慌てて坂木にスポーツドリンクを渡すと一気に飲み干した。
「坂木さん、ほんとにすみません・・・」
「気にすんな。いいトレーニングにもなったし・・・ほら治療してこい」
「はい!」
麻琴は2年の先輩の所へ行くと救急箱を借りて治療を始めた。
観音崎の頂上ではご褒美としてバーベキューが振る舞われ、坂木も同期と混ざって肉を焼いている。
自分は走ってないからな・・・と麻琴は少し遠慮がちになっていると女性の先輩が麻琴を見ると
「ほら麻琴!早くしないと食べちゃうよ!」
「は、はい!」
呼ばれたからには行かなくては・・・麻琴は立ち上がると女性グループの方に混ざった。
「はいお皿」
「ありがとうございます!」
「麻琴はまだ未成年だからりんごジュースね」
「いただきます!」
「いっぱい食べなよ〜」
普通に対応してくれる先輩たちに麻琴は少しホッとしていると突然ずいっと顔を近づけ小声で
「麻琴、最近坂木とどうなの!」
「え?」
「同期との内恋はアレだけど先輩との内恋っていいわよねぇ〜」
「え?」
「いやぁもうアンタら見せつけてくれるよねぇ!」
「もう付き合っちゃえば?」
「ま、ままま、待ってください!」
麻琴は慌ててお肉を飲み込むと小声で
「坂木さんは私が怪我をしたので仕方なく介抱してくれただけです!」
「えーでも内恋否定派の坂木が女学に構うって無いよ?」
その言葉に先輩たちはうんうんと頷く。
そんな事を言われてしまっては、期待してしまう・・・麻琴は俯くと
「そんな風には、見てないと思います・・・私が鈍臭いので仕方なく坂木さんは目をかけてくれてるんです」
少しだけ芽生えた恋心、坂木が否定派なら望みは薄いだろう。箸を止めて俯いた麻琴を見た先輩たちは苦笑いし、トングを掴むと肉を全部麻琴のお皿の上に乗せ始めた。
「とにかく食べな!合宿はまだまだ続くからね!」
「治る怪我も治んないよ!」
「ジュースのおかわり、ここ置いとくよ!」
「あ、ありがとうございます!」
麻琴は大量に置かれる肉をひたすら食べまくった。