「あ、怒った」
千葉は真壁家の庭で花火をしている。
線香花火を犬のサスケと楽しむ麻琴を可愛い尊いと思いながらまたスマホで撮影していた所、今更返事が来たかつての後輩からのLINE。
・・・きっと彼は今頃スマホの前で舌打ちをしているだろう。そう思うとニヤニヤしてしまう。
「周くん、彼女?」
「んー?んなわけないだろ」
「彼女作ればいいのに・・・周くんならすぐ出来るよ」
確かに女性には困らないが、仕事柄秘密が多く出港の際も連絡無しで消えるため自然消滅が多い・・・仕事は理解すると言う相手が居ても結局は我慢の限界だと別れを切り出されるパターンが多い。
「カノジョ出来たらお前のとこ来れねぇけどいいの?」
そう意地悪く言うと、線香花火を持っていた手が震えてポタリと落ちた。麻琴は頬を膨らませてそっぽを向くと
「別にー私もう子供じゃないし」
「ふーん」
千葉はニヤニヤしながら麻琴の隣に座ると頭をワシワシと撫でてやった。
「で、麻琴は好きな男は出来たか?」
「えっ?恋バナするの?」
「何だよ、俺と恋バナしたくねぇの? 男目線からアドバイスしてやるよ。・・・そうだな、その坂木って奴の事話してみろよ」
坂木・・・麻琴は坂木の顔を思い出すとボフッと顔を真っ赤にさせて俯いた。
そんな麻琴を見て千葉は顔を青ざめさせると
「(マジかよ・・・)」
ごほん、と咳払いをすると麻琴がポツリポツリと喋り始めた。
***
「・・・ふーん」
脱柵に巻き込まれた麻琴。助けたのは坂木、校友会の剣道に入れたのも坂木、熱を出して看病したのも坂木、試胆会でペアを組んだのも坂木、遠泳の特訓に付き合ったのも坂木、腕時計をご褒美に買ってあげてどさくさに紛れ自分もお揃いのを買っちゃってる坂木。
坂木、坂木、坂木、あれもこれも坂木だ。
話を聞き終えた後千葉は心底不機嫌だった。あの坂木がウチの麻琴を誑かしている。
しかも坂木本人は興味無いの一点張り・・・そろそろ本気でしまかぜで撃ち落としたくなってきた、と苛立ちを吐き出すようにタバコの煙を吹く。
「・・・で、お前はその坂木が好きってことか」
「すすす、好き?!」
「(自覚ないのかよ)」
顔を真っ赤にさせた麻琴はサスケを撫でながらうーんと唸る
「わかんない・・・好きって何?」
「難しい質問だな・・・」
千葉は麻琴から顔を逸らして煙を吐き出し、灰皿に煙草を押し付けると
「恋愛すると、一緒にいたい、相手の特別になりたい、肉体的な関係になりたいと望み始める。 お前は坂木とそうなりたいか?」
真面目な顔をした千葉が麻琴を見下ろすと、麻琴は頬を赤くして
「それもまだ・・・分かんない・・・」
「んー・・・じゃあ坂木の顔を見たらドキドキするか?」
「ううん、怖い」
なんだそりゃ、と千葉はズルッとコケそうになる。
「この夏休み坂木に会えなくて寂しいとかは?」
「えっ?んー・・・校友会で会うから別に、かな」
「ドライだなお前・・・じゃあ今頃何してんのかな?って気になったりは?」
「へ・・・」
確かに・・・坂木は今頃どうしてるのだろう。
千葉は追い討ちをかけるように
「実家に帰ってるならまあ同級生とも会うわな。そしたら地元の女とかといい感じになって連絡先交換して、その後開校祭とかクリダンとかで一緒に踊ったり、卒ダンもその女連れて来るんだろうなー」
わざとらしくそう言うと、麻琴は固まった。
すると途端にモヤモヤとした感情が生まれる。坂木の隣に、知らない女性・・・そうだ、少し前に坂木が電話していた相手が彼女だったらと思った時と同じ胸の痛みだ。
「周くん・・・」
「ん?」
「胸が痛いです・・・」
麻琴は俯いて胸を抑えると、サスケが大丈夫か?と鼻を擦り寄せる。
「(アイツはそんな柄じゃないから心配無用だけどな。 話聞く限り、アイツも麻琴を特別視してるみたいだし・・・)」
ちょっとイジメすぎたな、と千葉は苦笑いすると落ち込む麻琴の頭を撫でて肩を抱き寄せた。
「・・・周くん、私坂木さんにどんな顔すればいいかな・・・」
「普通でいいだろ」
「普通がわかんなくなって来た・・・」
「ははは。でも麻琴、お前の本来の目的を忘れるなよ。恋愛しに防衛大に入校したわけじゃないだろ?しかも内恋はよしとされてない。お前の立場や、その坂木の立場ってのもある。分かるよな?」
「はい!」
「防大生たるもの、何事も全力だ。恋愛もこっそり全力でやれよ」
「うん!」
麻琴は大きく返事をすると、サスケもワン!と大きく吠える。
麻琴は恥ずかしそうに俯くと
「周くん、ありがとう。兄ちゃん達にこういう話しづらいし、防大でも話せないし・・・」
「まああそこは常にネタに飢えてるからな。少しでもボロ出しゃすぐネタにされる。メールでも出回るから気をつけろよ」
「う・・・気をつけます」
麻琴にも春が来た・・・嬉しいような寂しいような。
「(泣かせたらタダじゃおかねーからな、いごっそう)」
千葉はまた麻琴の頭をポンポンと撫でると何本目かの線香花火をつけてやった。
***
部屋に戻った麻琴はふぅ、とベッドに寝転がり千葉がお土産で買ってきてくれた海上自衛隊ベアを抱きしめ、スマホの待ち受けを開いた。
麻琴を担いで親指を立てる坂木の姿・・・まだ夏休みが始まったばかりだと言うのに坂木の声が聞きたくて仕方がない。フォルダを開けば、校友会で行った歓迎会の写真・・・
そして、LINEを開くと坂木のアイコンは背筋の写真だ。 水泳特訓の時に少しだけ触れ合った身体を思い出し、千葉が言った「肉体的な関係」という言葉を思い出すとまた顔が赤くなりクマに顔を埋めると
「むむ、むりむりむり!私の変態!破廉恥!馬鹿!変態!スケベ!最低!う〜!!サスケー!」
「ワン!」
サスケを呼べば、しっぽを振ってどうした?と見上げてくる。
そんなサスケに抱きついていると
ピコン
携帯が鳴り何だ、と見ると
「わわわ・・・」
その相手は坂木だった。
何だろう、何かしただろうか・・・すると今度は
〜♪
電話が掛かってきた。
「ひ、ひいぃ・・・」
麻琴はクマを抱きしめて恐る恐る通話ボタンを押すと
「も、もしもし・・・」
『おう、オレだ。 悪いな、今大丈夫か?』
「はい!大丈夫です」
思わずベットの上で正座をしてしまう。
スピーカー越しから聞こえる坂木の声はちょっと違うように聞こえ、こんな声だったか?と頭の処理が追いつかない。
『校友会の合宿だが、時間変更があってな。さっきメッセージ送ったからちゃんと見とけよ』
「はひぃ!了解です!」
『・・・何かお前、様子おかしくねぇか?』
「いえ!電話でびっくりしてしまって」
そう言うと坂木の笑い声が聞こえ、耳元がこそばゆくなってしまう。
『で、ぐーたらしてないな?』
「んーと・・・兄の友達が来てるのでお買い物したり、一緒に線香花火しました」
ゆるい1日を話すと坂木は一拍黙り込むと
『へー・・・仲良いんだな』
「はい。小学生の頃からの付き合いで、長期休みの日は毎年遊びに来てくれているんです!もう1人のお兄ちゃんみたいな方です。」
自分の話ばかりでは・・・と麻琴はドキドキしながら
「坂木さんは、何してましたか?」
『オレか? オレは釣りだな』
「釣り・・・?お好きなんですか?」
『ああ。防大の方でも休みがあれば行くな。』
「そうなんですね。今日は釣れました?」
『まあぼちぼちだな。 刺身にして食った』
「わあ、いいなぁ」
麻琴はそう言うとまた電話越しで坂木は笑い
『今度そっちでも釣ったら捌いて食わせてやるよ』
「わ!ありがとうございます!」
『明日は高校の同級生と飲み会だな』
「飲み会・・・」
千葉の言った通りだ。
女の人も来るのだろうか・・・しかしここで女の子も来るんですか?なんて野暮な事は聞けない。
「楽しそうですね」
『はっ、野郎ばっかりだけどな』
野郎ばかり、つまり女性は居ない・・・!よし!と麻琴はサスケに向かってガッツポーズをするとサスケはワン!と吠えた。
『そういやお前ん家、犬居るんだったか?』
「はい!セントバーナードで、サスケって言います」
『お前そこはヨーゼフって名前だろ』
「あははっ、候補にはありましたよ」
坂木との会話が楽しい。
先程の緊張感も忘れ、麻琴は笑いながら坂木と会話し、坂木も話をしては笑ってくれる。
とめどなく止まらない会話に、時間を忘れてしまう。1時間くらいだろうか・・・坂木がおっと、と言うと
『ほら、消灯時間だ』
「えー」
『馬鹿。夏休みだからって夜更かしはすんなよ。ほら、もう寝ろ!』
「はーい。 おやすみなさい」
『おう、おやすみ』
長い通話が終わり、熱を持ったスマホと同じように麻琴の顔も熱くなると思わず枕に顔を埋めてジタバタと足をばたつかせた。
***
ただのメッセージだけで良かったはずなのに、なかなか既読がつかない事に不思議と焦った坂木は電話をしてしまった。
自然にポンポンと出てくる会話・・・そういえば麻琴とこういうプライベートな話をしたのは初めてかもしれない。防大内では分刻みの行動やそもそも学年が違うので会うとなると食堂や廊下、校友会のみで時間は限られている。
少し名残惜しかったが、坂木は通話を切ると
「・・・お兄ちゃん」
振り向くと、妹の乙女が目をキラキラとさせていた。
「何だよ」
「電話の相手、彼女?」
「あぁ?んなわけねぇだろ」
「えぇー? でもお兄ちゃん、楽しそうだった」
すると乙女はあっ、と手を合わせると
「あの時の真壁さんって人?」
進路について坂木に電話したとき「真壁」と呼ばれた相手、電話越しに聞こえる声は女の子だった。
堅物な兄と随分と仲良しそうだったので気になってはいたのだ。
「・・・ちげーよ」
「その間は怪しい」
「うっせ!ガキはもう寝ろ!ちなみに、防大は内恋禁止だからな!テメェもハメ外すんじゃねーぞ!」
「こら龍也!近所迷惑だよ!」
突然の母からの叱りに坂木はグッと押し黙ると煙草を携帯灰皿に押し込んでリビングに戻るのだった。