防衛大学校・・・略して防大、防衛大とも呼ばれ、在校生からは「小原台刑務所」という名で恐れられている。

神奈川県横須賀市に構え、日本の省庁大学校。海抜約85mの小原台にある防衛大学校の敷地は65万平米の広さだ。

1952年に設立され、1954年に現校名になった。

ここでは自衛隊の幹部自衛官を育成する教育・訓練の場である。

学生でありながら給与が発生する特別職国家公務員だ。



防衛大学校に入る者は様々な理由だ。
家の家計を支える者、災害派遣を通して自衛官に興味を持った者、純粋に国を守りたい者、安定した職業に就きたい、体力には自信がある、重火器を触ってみたい、親が自衛官などなど。


そして今年も、新入生を迎える春が訪れた。



***



4月1日

午前8:25分・・・

8:30〜から11:00の間に来ればいいと案内には書いてあったが兄にフライング気味でもいいから早く行けと言われ早朝の新幹線を手配されてしまった。

高校を卒業して晴れて防衛大学校に入校した真壁 麻琴。 彼女は静岡県の御殿場市からこの横須賀の防衛大学校へとやってきた。

桜が舞う花びらを目で追いながら、門の前に立つと目の前には本部庁舎が見える。スマホを取り出すと早速写真を撮り家族のグループLINEに送る。



> ついた

>おー良かった。道迷わなかった?

>ぐーぐる先生のおかげ

>今日着校日か。がんばれよー



家族は5人。
麻琴の家は全員公務員一家だ。

父親は警察官、母は教師。
麻琴の兄である長男は消防士、次男も防衛大学校卒の陸上自衛官・・・そして麻琴も自衛官を目指している。

最初は高卒ルートで自衛隊に入隊しようとしたが兄達から甘やかされてきたお前には無理だ。どうせ泣きながら脱柵して俺達に連絡がくる・・・など散々からかわれ、兄と同等になってやる!という意地で必死に勉強して防衛大学校への切符を掴み取った。


自衛官である兄も流石に防大に受かった事は驚いていたが

「お前・・・防大まじでキツいんだからな?ビービー泣くなよ?」
「泣かないもん!」


そんなやり取りは進路決定した数ヶ月前の出来事。


防衛大学校に入る前に何かしておいた方がいいだろうか?と兄に聞くと意味深な笑顔で

「ん?・・・まあ、特に何もねぇな」

と笑うだけだった。




.
.
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麻琴が入る大隊は第1大隊・・・色は赤だ。シンボルは龍らしく、大きな龍の旗がはためいている。

真壁 様着校 対番学生玄関まで”

アナウンスで自分の名前を呼ばれた後、しばらくすると1人の女子学生が案内でやってきた。

「初めまして、3年生の渥美なぎと言います!真壁さんの対番学生です。」
「は、初めまして!静岡県御殿場私立 御殿場高校から来ました真壁麻琴です!宜しくお願い致します!」

背筋を伸ばしてそう言うと渥美はにこにこと握手をして学舎の中へと案内された。

「対番って本来は2年生がやるんだけど場合によって3年生が受け持つ時があるんだよね。2年生の女子が少なくて新入生に行き渡らなくて・・・3年生の私とあと何人かが対番を受け持つことになったの。」

対番・・・先輩が後輩にマンツーマンで見る教育係だ。教える側の学生は対番学生と呼ばれる。

通常は同郷の人が対番になってくれるらしく、渥美もまた静岡県出身の学生だった。

対番学生は何があっても絶対に自分の味方になってくれる・・・というのが防大生の認識で厳しい防衛大学校生活において唯一甘えられる存在で1年生は対番学生なしでは生きていけない。

普通の学校と違い、防衛大学校の上下関係は厳しく4年神様、3年人間、2年奴隷、1年・・・などと言う自虐ネタがあるほど。対番学生から上級生に対しての所作や服装の整え方、掃除、食事などなど・・・過保護なほど教わるのだ。この対番関係は、厳しい防衛大学校を卒業後した任官後もずっと続く切っても切れない大切な存在である。


今日は入校式ではなく着校日・・・主に制服のサイズ合わせ、官品の受け取り、身体測定、説明やら防大内のルールを教えてもらう日だ。

必要なものは対番学生がお金を出してくれるらしく麻琴正直戸惑っていた。

今日会った相手に突然物をねだるなど・・・制服を身にまとった麻琴は連れていかれたPXの前でおろおろしていると


「・・・遠慮なく買ってもらえ。そんでお前が対番学生になった時に同じ事をしてやればいいんだ」


隣から聞こえてきた低い声に麻琴は首を動かすとそこには1人の男子学生が立っていた。
渥美と同じ3年生・・・麻琴は慌てて背筋を伸ばし敬礼をすると男子学生は僅かに微笑み

「敬礼は完璧だ。だが惜しいな。帽子が2mmズレてる。あと襟章が曲がってる 」

そっと微妙にズレていた帽子をクイッと直され、襟章を直してくれた。ありがとうございます!とまた御礼を言うと男子学生は無駄のない綺麗な動きで敬礼を返してくれた。

「坂木龍也、渥美学生と同じ3年だ。宜しくな。」
「ありがとう坂木」
「おう。ってかお前対番になったのか」
「うん。男と違って女は少ないからね〜」
「はっ、頑張れよ」

手を挙げて坂木と呼ばれた学生は背中を向けた。
そんな後ろ姿を麻琴はぼーっと眺めていると渥美はニヤニヤとしながら

「なーに麻琴ちゃん、坂木に惚れた?」
「へっ?」
「年下にはモテるんだよねぇ・・・あんな感じで面倒見はいいし。」
「はぁ・・・(なんかお兄ちゃんに似てたな)」

からかったりはするが、結局麻琴に甘い兄たちを思い出して麻琴は少しだけホームシックになりかけた。

渥美はよし!と腰に手を当てるとズボンのポケットから紙を取りだした。

「じゃあ気を取り直して、まあこんな事もあろうかとリストを作っておいたの。これを元に必要なもの買ってくよ!」
「はい!お願いします!」

長い着校日は終わり・・・ふと外を見ると既に夜。
明日からは行進の練習も入るそうだ。


防衛大学は1〜4の大隊で構成されており、その中から4つの中隊からまた3つの小隊に別れている。
各大隊間では年間を通して運動や学業など様々な競走が行われており優劣を競う。某魔法使い小説の寮対決のような感じだ。

麻琴は第1大隊、第2中隊第1小隊のため、121小隊・・・に配属されている。

麻琴が案内された部屋は上級生と同期を合わせて4名の部屋で構成されていた。防衛大学校は倍率も高いが女子が圧倒的に少ない。

名札を見ると
4年 真下 澪
4年 柳 鈴
1年 知念 宮子
1年 真壁 麻琴

部屋の前では1人の学生と、対番学生らしき上級生が立っており渥美を見ると敬礼をしてきたので2年生だろう。

「おまたせ」
「いえ!」
「ここが麻琴ちゃんの部屋ね。この子は同期の子」

同期と呼ばれた学生は麻琴より背が高くショートヘアの似合う学生だ。小柄な麻琴は見上げると

「真壁麻琴です!」
「知念 宮子(ちねん みやこ)です!」

教えられた通り敬礼をするのだが渥美と知念の対番学生は吹き出すと

「同期同士はやらなくて大丈夫だよ」
「まあ最初はやっちゃうよね」
「私もやりました」

くすくす笑われてしまい麻琴と知念も釣られて笑うと、部屋の中にいた団子に結った学生が顔をひょこっと出した瞬間、渥美と知念の対番学生は慌てて敬礼をしたので4年生・・・麻琴と知念も慌てて敬礼をした。

「こんばんは!」
「はい、こんばんは。 部屋長の真下です。ほらほら廊下で立ってないで、部屋入りなよ!荷物重いっしょ」

ニッと笑うと他の同室の先輩が麻琴と知念の荷物を軽々と持ち上げて部屋に持ち込んでいく。

「ありがとうございます!」
「いえいえ、私はサブ長の4年柳です。よろしくね。」
「「よろしくお願いいたします!」」

頭を下げて慌ててお礼を言うと渥美は

「じゃあ私もこれで!また明日ね、麻琴ちゃん」
「はい!ありがとうございました!」

挨拶はしっかりと、と兄に唯一言われたアドバイス。麻琴は頭を下げると部屋に入った。




***




「ぐっ・・・(覚える事が多すぎるっ!)」

麻琴は机の前で頭を抱えていた。

防衛大学校に入るためには、覚えることが多い。小型辞書のような冊子をドスン!と置かれ全て覚えろと言われた時は白目を剥いた。

宣誓文や防大の学生歌などの丸暗記、「学生綱領」と呼ばれる謎の文章、作業服の着こなし、学生の名前と名札の見方、果ては朝の起床動作まで全て完璧に覚えなければならない・・・

同室の部屋長である真下は笑うと

「その文章をデータ化すると200MBあるらしいよ」
「よく覚えたよね〜私達」
「にひゃくめがばいと・・・」


麻琴と知念は頭をまた抱えたのだった。




***




4月5日・・・防衛大学校入校式。

入校式は地獄だ。
パレードという名の地獄の行進が始まり整列休め!とずっと同じポーズ。そして炎天下で行われているため途中で倒れた新入生もおりそれに備えてか救急車が外で待機していた。


その後の入校式は防衛省や自衛隊の高級幹部、各国の駐在武官も出席する式典。


「宣誓!」
「私は、我が国の平和と独立を守る自衛隊の使命を自覚しー」



***



「おーい麻琴〜」


入校式を終え声が聞こえて振り向くと、麻琴の家族がこちらに向かって手を振っていた。

食堂では各々家族とお茶を飲み、麻琴も椅子に座ると

「いやぁ懐かしいな!また戻ってくるとはなぁ」

そう言う自衛官の兄は懐かしそうに食堂を見渡した。兄はマスクをしてカラーサングラスを掛け、キャップをかぶっている。

「・・・兄ちゃんどうしたよ、その格好」
「あ?俺が卒業したのは3年前だからな・・・ふつーに後輩がゴロゴロしてるんだぜ?バレたら大変だ」
「別に良くない?久しぶりの再会でしょ?(ってか逆に目立つよ・・・)」

そう言うと兄ははぁ・・・とわざとらしくため息を着くと

「あのなぁ、そうしたらお前の為にならんだろ」
「私のため?」
「色々あるの。 麻琴、俺が防大OBってお漏らししてないだろうな?」
「してないよ」

OK、と兄は満足そうに頷いた。



***



門まで見送りに来た麻琴は

「じゃあね」
「おう!本番はこれからだ。・・・頑張れよ」
「帰りたいって泣くんじゃねーぞ!」

兄2人からガシガシと頭を無造作に撫でられ母親と父親にも抱きしめられると4人は背中を向けて歩き始める。

麻琴はそれを見送るとよし!と気合を入れて学生舎へと戻った。


.
.
.




「日夕点呼ォ!番号ー!!」


「腕立て30回!」


「全然できてねぇ!対番学生どいつだ!ちゃんと教えてんのか!!」


「廊下は走れ!廊下は非武装地帯!!戦場だと思え!!」


入校式の夕方・・・優しかった先輩はどこへやら、何処からそんな声が出るのかという声量で罵声を浴びさせられ新入生は半泣きで点呼をやり直しさせられる。


これはトレーニングの一環として、同じ動作を繰り返すことによって脳を使わずとも反射的に出来るようにするのが目的だ。

麻琴も怒られる学生の1人だ。
1人がミスをすれば連帯責任として冷たい廊下で腕立てをさせられる。

麻琴の目の前に立ち止まった足が見えた。

恐る恐る見上げると、着校日に会った坂木と呼ばれた学生・・・しかし、その顔はあの時の爽やかさは微塵もなく麻琴と同じように目の前で腕立てをすると

「おい!真壁!そんなもん腕立てじゃねェ!顎を床までつけろ!!」

鬼の形相でそう叫んできた。

「ははは、はい!(鬼じゃん!!)」
「あと20回!」

1人でも失敗すると連帯責任となり全員が罰を受ける・・・麻琴は必死に食らいついた。

下手をすれば対番学生である先輩にも指導不足とみなされ先輩にまで二次災害が起こる。それだけは避けたい・・・と麻琴は冷や汗を流しながら腕立てをする。


まずは3回ノック、これは大きめではなく小さめと言うのが決まっており中から返事があれば入室が許可される。 その後は身体が全て入り切り、脚を60度に開き手は拳握った状態で

「121小隊1年 真壁学生は・・・」
「声が小さい!」


全員の部屋へ入室要領演練・・・どの学生も全員駄目出しをくらい、麻琴は頭の中で復唱し繰り返したが声が小さい!と怒られるの無限ループだ。



それは消灯時間まで続き、麻琴と知念は喉はガラガラ、身体はクタクタになりながら部屋に戻る。

出迎えてくれた真下と柳が苦笑いして

「お疲れ様」
「はぁ、はぁ・・・げほっ、げほっ」
「はいお水、はいのど飴」
「喉スプレーもあるよ!」
「あ、ありがとうございます・・・!」
「喉が痛い・・・!」

麻琴と知念は水を飲みのど飴を直ぐに口の中に突っ込んだ。

そんな2人を見つめながら先輩達は

「学生舎で1番自分が安全なのはこの部屋。廊下を出たら戦場だからね・・・それは覚えておきなさい。」
「この厳しい防大生活で唯一の味方は対番、この部屋のメンバー、あとは校友会の人達かな・・・」
「何かあったら悩まずに対番の先輩や私達に相談しなさいよ」
「ほらほら、筋肉痛和らげるストレッチ教えてあげるから。」

厳しかった言葉ばかりの後にこの甘い優しい言葉・・・麻琴と知念は半泣きで頷くと

「はい!ありがとうございます!」
「ありがとうございます!頑張ります!」


・・・こうして、麻琴の本当の防衛大学校生活が始まった。


防衛大学校



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