夏季休暇が迫り、防衛大の学生たちはやや浮き足立ち始めている。

課業後行われる校友会でも、夏季休暇はどこに行くかというのが話題になっており麻琴も先輩達の輪に入って談笑をしていた。

「私、何か飲み物買ってきます。リクエストありますか?」
「助かる〜!」
「何でもいいよ。これお金な」

そう言って4年の先輩は財布から5千円を取り出すと麻琴に手渡し、ご馳走様です!と頭を下げるとPXへと向かうため武道場を後にした。







「はーーーっ、もう〜暑い〜」


外に出れば強い日差しとやかましい程の蝉の鳴き声・・・麻琴は首にかけていた手ぬぐいを頭に被せあまり意味の無い日除けをしつつ、汗でまとわりつく袴を引きずりながら走っていると武道場の壁に凭れた坂木を発見した。

麻琴は坂木さーん、と声を掛けようとしたが

「・・・われ、それ本気で言いゆーのか?」

どうやら電話を掛けているらしく、麻琴は咄嗟に口を塞ぎ、建物の影にしゃがみ込んだ。

「はぁ・・・そがな生ぬるい場所やないぞ」
「(そがな?)」

坂木の口から方言が出ている・・・確か高知県出身。伝達のやり取りがあるため、この国防界では標準語を使わないといけない・・・坂木の土佐弁はレアだと麻琴は聞き耳を立ててしまった。

「入れるかどうかはわれ次第や。・・・ちっくと待ってろ」

あれ、会話が終わった・・・と麻琴は顔を上げると白目を剥いた。

・・・そこにはスマホを片手に鬼の顔をした坂木が仁王立ちしていたからだ。

「ほぉ、真壁。 盗み聞きたぁいい趣味してんじゃねえか?あぁん?」
「ひぃー!ごめんなさいごめんなさい!」
「チッ・・・また掛け直す。ああ、おう。じゃな。」

画面をタップして通話を切ると麻琴は震えながら

「坂木さんの方言が珍しくってつい・・・」

そう正直に言うと坂木はため息をついて

「・・・で、こんなとこで何してんだよ」
「あっ!そうだ、飲み物を買いに!」

忘れてた!と麻琴は立ち上がると坂木は

「ついてく。荷物重いだろ」
「あ、ありがとうございます・・・」

袴を揺らしながら坂木は歩き始め、麻琴はその一歩後ろを歩く。

「(電話の相手、誰だったんだろ・・・彼女?)」

だとしたらとんでもない邪魔をしてしまったのでは?申し訳なさと同時に、少し胸が痛くなる。

「(ん?何で私凹んでるんだ?)」

道着の襟を掴み、麻琴は俯いていると大人しくなった坂木はこちらを見て

「・・・気持ち悪ぃくらい静かだな。具合悪いのか?」
「い、いえ!あの・・・お電話の邪魔しちゃってごめんなさい・・・」

麻琴は眉を下げると坂木はああ、と鼻で笑うと

「気にすんな、まあちょっとな・・・」
「喧嘩ですか?」
「はっ、喧嘩じゃねぇよ。 なあ、真壁。お前兄貴2人居たっけか?」
「はい。2人です」

坂木はあの時会った消防士の長男を思い出す。あの感じだと、次男もシスコンだろう。
この厳しい防衛大に入る・・・次男も自衛官ならその厳しさは分かっていたはすだ。

「お前の兄貴達は防衛大に進学するのを反対しなかったか?」
「へ?あー・・・あはは、私本当は高校出てそのまま自衛官になろうとしてたんです」
「へぇ」
「そしたら兄達がお前には無理だ、絶対脱柵するってからかってきて!」

・・・結果的には脱柵を止めた側の人間になるのだが、坂木はプンプンと怒る麻琴を見て笑う。

「なんか兄より下っ端ってのが気に入らなくて、だったら同じ土俵で防衛大目指してやろうって思ったんです!」
「じゃあ、お前は陸上要員か?」

1年生の後半あたりでは陸海空の要員を決める時がある。そこから要員が決まれば各要員の訓練が始まってしまう・・・麻琴の兄は確か陸のはず、しかし麻琴は意地悪そうに笑うと

「それは秘密です」
「あ?陸じゃねぇのか」
「内緒です〜」
「生意気だな」

そう言ってほっぺを抓ってやれば麻琴はいてててと坂木の手を掴む。

「でも、なんで坂木さんそんな話を?」
「ん?ああ・・・ちょっとな。」

悩み事だろうか・・・麻琴は首を傾げていると

「・・・知り合いが防衛大に入りたいって言い始めてな」
「え、いいじゃないですか。」
「悪くねぇが、来年4年になるオレが居たら贔屓してると思われるだろ? それじゃあそいつの為にならねぇ」
「なるほど・・・じゃあ、その方に条件を付けてみては?」
「条件?」

はい!と麻琴は指を出すと

「防衛大内では赤の他人、って事で。 まあ教官たちには入学前にバレますが、そこは伏せてくれってお願いしたら秘密は守ってくれますよ?」

麻琴は出した指を口元に持っていく仕草をする。なるほど、と坂木は納得したが・・・

「待て、ってことはお前の兄貴防衛大にまだ居るのか?」
「・・・へっ!?」

麻琴は口を抑えると首を振って

「い、いえ!何年か前に出ました。坂木さんが入ったタイミングでは4年生だったかと」
「マジか・・・」

自分が入った当時、あの背の高い部屋長が脳裏に過ぎり、もう1人その隣に立つ仏のように穏やかだったサブ長を思い出す。

確かその人の苗字も・・まさかな、と坂木は首を振ると麻琴はそれに気づかず話を進める。

「久坂教官も兄を知っていたので秘密にしてくれとお願いしておきました。なので、坂木さんも同じようにすれば、配慮はされると思います。」
「・・・そうか。 参考になった」
「はい!あ、でも・・・その子がくじけそうになったら坂木さんこっそり助けてもいいと思います」
「は?」
「あ、いえ・・・その・・・」

麻琴は赤くなる顔を手ぬぐいで隠すと

「私・・・坂木さんに助けて貰ってばかりだったのですごく心強かったっていうかですね、その・・・すみません!何言ってんでしょう、私ったら!」
「あ、ああ・・・そうか・・・」

そんな顔をされてはこちらも照れてしまう。坂木も顔が熱くなるのはこの猛暑のせい・・・と言い聞かせると太陽を睨みながら

「・・・・・・暑ぃな」
「・・・はい、暑いです」





そんな会話をしていたらPXに到着してしまった。
鼻歌を歌いながら飲み物をカゴに入れていく麻琴をチラリと横目で見る。

「(・・・ふざけてる奴だと思ったが、意外とちゃんとしてんだな。)」

実際、麻琴の周りの評価は良い方で出来っ子と呼ばれる部類だ。

以前同部屋のシンチャイがニコニコと「真壁みたいな小さい子が先頭に立って頑張ってると、自分たちも頑張らなきゃって思うんです」と言っていたのを思い出す。

富士登山の演習でも登山経験が少ない中、予備で持っていた酸素ボンベや自分の酸素ボンベを消費してまで同じ班の仲間を頂上へと連れて行ったと聞いた。おかげで班長は立場が無かったらしいが、そこでも班長のフォローは怠らなかったらしい。

麻琴は周りと比べ背が低くギリギリ合格ラインの150cm・・・そんな麻琴が先頭に立って身体を張っている姿を見ると誰もが負けてられるかと闘志を燃やし始め・・・おかげで今年の1年は勢いがある。
坂木のちょっとした悩み事だったが、麻琴は親身になって答えてくれる。自分の知らないところで同期にもこうやって話を聞いていたのだろう。

今後上に立つ者として、大切なスキル。


「お前は小さくてデカイな」
「・・・え、なぞなぞですか?」
「ハッ、違ぇよ」

坂木は思わず笑うと、ドリンク棚からエナジードリンクを抜いて籠に突っ込んだ。


避雷針と土佐弁



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